初めての
2人で自転車を引きながら、到着した我が家。庭には姉ちゃんの車しかないから、今家に居るのはおそらく姉ちゃんと婆ちゃんだけ。
「よいしょっと、湯花適当に停めちゃっていいよ?」
「うんっ」
父さんは今日仕事だし、母さんも居ないみたいだから……とりあえず俺の部屋で待ってよう。
「入って入って」
ガラガラ
「ただいまー」
「おぉ、お帰り」
玄関を開けた瞬間、目の前に現れたのはまさかの婆ちゃん。
うおっ、びっくりしたぁ。
その余りにも良過ぎるタイミングに驚いていると、ばあちゃんの視線はゆっくりと俺の横に。
「あら、初めましてかね?」
「はっ、初めまして! 宮原湯花と言います!」
婆ちゃんの言葉に即座に反応する湯花。けどその声は、何処か緊張しているような気がする。
「母さん達は?」
「今さっき、黒前に買い物に行くって棗と出たばっかりだよ? それにしても……ほぉぉぉ」
黒前に買い物? じゃあ帰ってくるまで、早くても1時間半は掛かるな。それにしても婆ちゃん、舐め回す様に湯花を見ないでくれよ……
「まぁ、男がモテるってのは誇れることだねぇ。孫のことならなおさら」
ん? 婆ちゃん? 何言って……ってこっち見たっ!
「でもまぁ、一途であれば尚のこと良いがねぇ」
はぁぁ? 一途って何のこと言ってんだよマジで! なんか変じゃないか婆ちゃん? 頼むから他におかしなこと言わない……
「それにしても、前の子は八重桜みたいにお淑やかで可愛い子だったけど……」
はっ!婆ちゃんのバカっ! 前って……叶のことじゃねえのか? よりによって湯花の前で……マズイっ!
「湯花ちゃんはコスモスのように透き通ってて、明るくて……もっと可愛い子だねぇ」
もっと……可愛い?
「あっ、ありがとうございます」
「ふふっ、孫のこと末長く宜しくね?」
すっ、末長く!? 何いきなり言ってくれてんだよっ!
「はいっ!」
はいっ!? 即答? しかもめっちゃ笑顔で? そりゃうれしいけど……何だこの状況! 俺が恥ずかしいんだけど!?
「ほっ、ほら。婆ちゃんももういいだろ? 湯花、行こう」
「それじゃあお邪魔します」
「ごゆっくりねぇ」
バタン
「ふぅ」
部屋に着くなり、俺はベッドにもたれかかるように座り込む。
いや、婆ちゃん何言ってくれてんだよ。しかも湯花の前で叶のこと匂わせやがって、湯花にとりあえず謝っといた方が良いよな?
「湯花、その……うっ!」
それは一瞬だった。湯花に一言謝ろうと視線を向けた瞬間、体全体に覆いかぶさるような柔らかい感触。そして強く感じる良い匂いと、体温の温もり。
はっ……湯花?
「海……ごめんね? 海が格好良いってことも知ってる。それにさっきお婆ちゃんに言われたことも嬉しかった。でも……ちょっと嫉妬しちゃった」
「湯花……」
そう口にした湯花は、顔をゆっくりと上げる。そして……
「海……好き」
甘い声と共に感じる、柔らかい唇の感触。
それを受け止めた瞬間、さっきまでのお互いがどこか少し緊張していた雰囲気は、一瞬で……飲み込まれた。
俺に覆いかぶさる湯花を抱き寄せると、それに合わせるように口の中でも……体の一部が触れ合う。それは優しく、そして段々と激しく。
「ん……んっ」
途切れるような湯花の声に、思い出すのは打ち上げパーティーの夜のこと。お互いがお互いを求め合おうとした、甘くて、独特で、経験したことのないクラクラするような感情。それを今俺は……いや俺達は……思い出している。
そして長い長いその後で、頬を赤らめ蕩けるような湯花を見たら……もう止まれなかった。
「湯花!」
俺は湯花を抱きかかえ、そのままベッドに寝かせると、もう1度お互いを確かめ合うように口づけを交わす。そして……
「湯花……」
「海……きて? ……んっ!」
俺達は……少しだけ大人になった。
自分のベッドに湯花と一緒に寝ている。それは夢のように新鮮な光景に見えるけど……腕に感じる湯花の重み。体中に密着する肌の温もり。それは間違いなく……現実だ。
「湯花……大丈夫だった?」
「うん。全然平気だよ」
「俺夢中で、その……さんか……」
「ギュッ」
うっ! この格好で抱き付かれたら、直接当たって色々ヤバいっ!
「それだけ私のこと思ってくれたんでしょ? それだけで胸がキュンってして……嬉しいんだ」
「湯花……」
「それに最後は私だって……って、何言わせるのさっ」
「いやいや俺は何も……」
「「ふふっ」」
「でも、私の方こそごめんね? シーツ汚しちゃった」
「大丈夫。湯花の一部だろ? 汚くなんてないから。それにバレないように洗濯するし」
「へへっ、お願いします」
「海? また……しようね」
「あぁ。湯花……大好きだよ」
「違うよ? 私の方が……大好きっ。んっ」
はぁ……なんて幸せなんだろう。なんて幸せな時間なんだろう。これが永遠に続けば……
バタン
ん? 外から聞こえるこの音は……
「あれ? 車の音?」
「あっ、帰ってきたかも……」
「かーいー! 居るんでしょ? 荷物運ぶの手伝ってー! あと湯花ちゃんいらっしゃーい!」
こっ、声でけぇ! 母さん!
「やっば! 急いで着替えないと!」
「そそっ、そうだね!」
姉ちゃんから電話が来て、湯花が家に来て、ちょうど母さんたちが居なくて、そして手元には前々から買ってあったアレがあって……まるで巡り合わせのように、結ばれる為の時間が生まれた……誕生日という特別な日。
そんな日に、お互いの初めてを好きな人にあげられるなんて……
「なぁ湯花?」
「どしたのっ? あっ、私のアレどこかにない? どこか……んっ」
「これからもずっと……よろしくな?」
「……一生……でしょ? ふふっ。こちらこそ、よろしくお願いします」
やっぱり最高の誕生日に違いないよ。
「かーいー! 早くしてぇ!」
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