第67話 遠い距離

 



 歓声が沸き上がる武道館。

 四方八方から聞こえる応援。

 それらが反響し合って、想像以上の熱が溢れる。


 それもそのはず。

 高校総体男子決勝。

 そして第4クォーター残り3秒。その点差はたったの2点。


 絶対王者と呼ばれる翔明実業に食らいつく黒前高校。

 最後の攻撃が今まさに始まる。


 そんな異様な雰囲気漂う中、私は1人端さらに端っこの席で……その試合を眺めていた。

 そして視界の中には……君がいる。


「海……」




 あの日。あの公園で全てを話し、海と別れてから……数ヶ月。

 私生活では何とか過ごせていたとは思う。


 流石に家族には、様子が変って言われて……結局全てを話した。

 母さんと父さんの一瞬見せた表情。

 それは自分のした過ちの大きさを、まざまざと見せつけられるようだった。

 どんな理由があれ、自分のしたことは最低だ。


 あの時、田川に胸を触られた瞬間……体を伝った寒気。目の前にいる田川が気持ち悪くて、手を払いのけて部室を後にした。


 幸いその日以降、田川が私に絡んでくることはなかった。

 あの出来事を盾に近付いてきたらどうしよう。そんな私の心配は結局は杞憂に終わった。


 でも、今思えば……それがダメだったのかも。それで安心しきった私は、あの全てを……なかったことにしよう。

 そう思ってしまった。


 海を悲しませたくない。

 海に嫌われたくない。


 自分の保身の為に、最低な行動を最悪な行動でごまかそうとした。


 でも、海は知っていた。




 あれから、海の連絡先を消して……話した通り私は姿を見せないと誓った。

 美月ちゃんが少し張り切りすぎちゃったみたいで……自分が何もしなくても、存在するだけで海に迷惑かけちゃうって思い知った。


 湯花ちゃんにも迷惑かけちゃったな。

 直ぐに電話したけど、いつものように明るく話してくれて……美月と仲直りしなよって言ってくれたのも湯花ちゃんだったね。


 湯花ちゃん。

 本当にいい子。そして最高の友達。


『叶ちゃん? 私、海のことが好き』


 そうだよね。海は格好良いもん。湯花ちゃんならすぐに分かると思ってた。

 それにどこか嬉しく思った自分もいた。


 ただ、自分はもう戻れない。

 海の隣には行けない。


 そう思うと、胸がまだ苦しい。


 でも、目の前の海はどうだろう。

 決勝の舞台で躍動する姿。あれは本来の海の姿。

 うぅん。違う。私が見たことのないくらい……輝いている。


 その理由は……深く考えなくても分かる。

 高校生活。部活環境。その全てが整っているからこそ充実している。

 そしてその真ん中にいるのは……


 その瞬間、黒前高校ベンチの真上で応援している……女子達へ目を向ける。すると、不思議とすぐにその姿はある。


 そう。その真ん中にいるのは湯花ちゃんなんだよね。


 ポツリと心の中で呟いた時だった。不意に湯花ちゃんがこっちに顔を向けた。

 えっ?


 思いがけない行動に、少し驚く。端で分かり辛い場所だし、分かる訳ない。

 そう思っていたけど……湯花ちゃんの目線は私から動かない。そしてゆっくり頷くと……優しく微笑んだ。


 とっ、湯花ちゃん? 気付いた? 嘘っ……海に言ったりしないよね?

 とっさに不安が募り、心臓が大きく波打つ。けど、当の湯花ちゃんは直ぐに応援モードへと戻っていた。


 あれ? 確かに目が合ったはず。しかも頷いてたよね? もしかして……

 その真意は分からない。けど、あの表情は……あの笑顔は……わたしもよく知ってる湯花ちゃんの笑顔。

 それを思い出すと、不思議と不安は消えていく。


 そうだね……ありがとう湯花ちゃん。

 見えないところでだったら、応援してもいいよね。

 自分勝手だけど……いいよね?


 そう自分に言い聞かせると、私はコートに立つ海に視線を向ける。


 決勝の舞台で躍動してる。

 今まさに海は輝いている。


 だから海……



「頑張って!」



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