第66話 それはまるで巡り合わせのように

 



 カランカラン


「ありがとうございましたぁ」


 店員さんの声を背に、店を出た俺達は、


「ふぅ」

「美味かったぁ」

「美味しかったぁ」


 これ以上ない満足感に包まれていた。

 いやぁ、食った食った。何種類制覇したかな? でもその全部が美味くて……まさに最高だっ!


「海。満足してくれたかな?」

「あぁ、大満足だよ。ありがとうな湯花」

「ふふっ、良かったぁ」


 振り返りながらそう言うと、満面の笑みを浮かべる湯花。その表情はいつにも増して、心地よく感じる。


「良いのか? お金まで払ってもらって……」

「もちろん。今日の主役は海なんだよ? これくらいさせてよ?」


 マジか? あのお弁当といい、スイーツバイキングといい、結構な金額じゃないか? けど……そう言ってもらえると素直に嬉しい。



「ホント……ありがとな?」

「全然だよ? それに……まだメインが終わってないよ?」


 メイン? もう十分祝ってもらった気がするんだけど?


「メイン?」

「誕生日と言ったら、プレゼントでしょ? 海、欲しい物決まった?」

「あっ……」


 ヤッ、ヤバい。デート楽しみ過ぎて、その辺全然考えてなかったわぁ。


「あっ……て、もう! ちゃんと決めておいてって言ったじゃん」

「ごっ、ごめん」


「ふふっ、良いよ。じゃあ海? 何か欲しい物とかないかな?」

「欲しい物……」

「何でも良いよ? あっ、あんまり高い物は無しね?」


 欲しい物か……そう言われてパッと思い付くものが無いんだよな。欲しい物……欲しい物……あっ。


「湯花」

「ん?」


「湯花が……欲しい」

「ふぇ!? わわわっ」


「ダメか?」

「くぅ……バカ!」


 えぇ! またもや怒られた? なんか今日俺ダメな日? 本気じゃないとはいえ、ちょいちょい湯花怒らせてる気がするなぁ。

 ……はっ! そうか! 湯花は欲しい物って言ったんだよな? 俺のバカ野郎、それで湯花なんて言ったら湯花=所有物って捉えちゃうじゃん。くっ、そりゃ怒るのも無理ないよ。


「そんなの付き合った瞬間から、海のも……」

「湯花ごめん! 言い方がまずかった」


「えっ?」

「ずっと俺の近くに居て欲しい。出来ることならずっと隣に……」


 そうだ、こう言えば良かったんだ。ったく、もうちょっと考えて発言しないとな? 湯花だから許してくれてる様なもんだぞ? 


「うぅ……」


 あれ? 様子が……


「海? お願いだからこれ以上……熱くさせないでくれるかな」


 熱く……? まさか体調不良だったのか!


「もしかして熱? お前具合悪かったのか! どれどれ」

「なっ……ひゃっ!」


 おでこに手を当てると、手に感じる体温は確かに少し熱っぽさを感じる。

 ちょっと熱い? もしかして我慢してたのか?


「湯花だ……」

「もう! 海のバカ! 早くプレゼント買い行くよ?」


 えっ? また怒られたんだが? しかもスタスタと1人で歩き始めたんですけど? ちょっとちょっと!


「待てよ湯花ー!」




 あれから数十分。やっと湯花の機嫌も落ち着きを見せた頃、俺はあるスポーツ用品店の前で佇んでいた。


 懐かしいなぁここ。確か入学早々、無理矢理湯花に誘われて遊んだ時……ここで湯花靴紐買ったんだよな? まさかあの時、俺の分まで買ってくれてるなんて思いもしなかったけど。


「お待たせー」

「おっ、お目当ての物あったか?」


 結局、今欲しい物と言われてもパッとは思い付かず……


『じゃあ、私がプレゼントしたいもので良い?』


 そんな湯花の言葉に甘える形になってしまった。てか、むしろ湯花から貰えるんだったらなんでも嬉しいんだけどね?


「バッチリ! それじゃあ、はいっ! 私からのプレゼントだよ?」

「こうやって渡されると嬉しいな。ありがとう」


 湯花から渡された綺麗にラッピングされてるプレゼント。青いリボンが、特別なそれだってことを強調してる気がして、顔も自然と綻ぶ。


「このラッピング店でやってくれたのか?」

「へへっ、それはさっき店の中で私が即席でラッピングしたの。下手くそでごめんね?」


 マジで? もしかしてそのショルダーバックに材料入れてたの? てか短時間でこれって凄くね?


「マジ? 湯花って何でもできるんだなぁ」

「そんなことないよ! 全然」


「ふっ、なぁ湯花? 開けても良いか?」

「うん」


 俺はそう言うと、優しくゆっくりと……そのラッピングを開けて行く。そして目に映ったのは……


「サポーター?」

「うん。この前少しひねったって言ってたじゃない?」


 確かに。けどほんの少しだぞ?


「けど……」

「軽くだから大丈夫……とかって思ってるでしょ?」


 ギクッ


「あのねぇ、捻挫は癖になりやすいんだよ? 初期予防が大事なんですっ!」


 ははっ。すごいな湯花。けど、そこまで気を使ってくれるなんて……うれしい限りだ。


「だな。ごめんごめん、油断してたよ。じゃあありがたく使わせてもらうよ」

「ふふっ」


「ありがとうな?」

「全然だよ。あっ、それともう1つ」


 そう言うと、湯花はもう1度ショルダーバックを開け……黒い袋を手に取った。

 ん? もう1つ? まじかよ。


 まさか2つももらえるとは思っていなかった俺は、申し訳なさと嬉しい気持ちに包まれる。

 そして、ゆっくりと受け取ると……徐に袋を開いた。


「これは……黒いリストバンド?」

「うん。黒前高校のチームカラーに、マークが青でしょ? 海ってなんか青ってイメージかなって」


 青? 青って落ち着いてる人のイメージだけど……俺と真逆じゃね? いやっ、湯花がそう思ってくれてるってことはそうなんだろう。けど、嬉しいんだけど、どうしてリストバンドなんだ?


「めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうな? でも湯花、なんでリストバンドなんだ?」

「それはね? 海。あの高校総体の時あったでしょ? 決勝、海が最後にスリーポイント打った試合」


 あぁ。当時は死ぬほどつらかったけど、今となっちゃあれを経験したからこそ……スリーポイントは勿論、全体的に上手くなれた気がする。


「覚えてるよ?」

「その後、海あんな感じだったからすぐには言えなくて……そのまま言いそびれてたんだけどさ?」


「言いそびれてた?」

「うん。海が最後外した理由分かったから」


 外した……理由? 確かあの時、指の掛かりも力加減もバッチリだったんだ。でも外れた……その理由を?


「マジか? けど、それとリストバンドにどんな関係が……」

「あのね? あくまで私の予想で確証はないんだけどね……海?」


「あっ、あぁ」

「あの時、最後のワンプレーが始まる……笛が鳴る直前にね……海、おでこの汗右手で拭わなかった?」


 あっ、汗!? ……全然記憶が無い。


「汗?」

「うん。多分無意識だったと思うよ? めちゃくちゃ緊迫した瞬間だったし。そして海の言う通りスリーポイントが完璧だったってこと、私は信じてるんだ。だとしたら……最後の最後に触れた汗。その水分が……海の完璧を崩したんじゃないかと思ってね?」


 マジか? 確かにあの時……俺はシュートを決める! それしか考えてなくて、それ以外のことあんま良く覚えてない。けど、湯花の言う通り直前に汗を拭いていたのなら……ふふっ、そういうことかぁ。


「そっか。湯花つまりこのリストバンドは、もう2度とあんなことにならないようにって……」

「お守り代わりにどうかなって? それに、シューターは指先命だからねぇ」


 指先命かぁ。なんだろう、湯花には普段の生活でも、バスケの時も……めちゃくちゃ支えられてる気がするよ。本当に……


「湯花……ありがとう。絶対着けるし、大事にする」


 ありがとう。


「ふふっ、どういたしまして。あっ……海? ちなみにこのリストバンドについては……私だけじゃない。私達からのプレゼントだよ」

「私達?」


「うん。あのね? 海がシュート外した原因……分かってたのは私だけじゃないんだ」

「えっ?」


 原因を分かったのは、湯花だけじゃない? どういう事だ?


「湯花それって……」

「あのね? 海……ホントは言わないでって言われてたんだけど、私嘘言えないからさ。だから正直に言うよ」


「なっ、なんだ?」

「これはね? 叶ちゃんにも言われたからなんだ」

「……叶?」


 叶って……ますます意味分かんないぞ?


「うん。叶ちゃんもね? あの試合見に来てたんだよ」

「はっ? 嘘だろ」

「本当だよ。観客席にいたの……知ってる。けど、叶ちゃんには口止めされてて……ごめんね」


 口止めって。てか、今更なんで見に来てるんだよ。けど、別に湯花を責めるつもりはない。


「いや。それで湯花責めるわけないじゃん。それで?」

「試合終わって、公園で海と話して……家に帰ったらさ? 叶ちゃんから電話が来たんだ」


「電話?」

「うん。厚かましいこと言ってごめん。けど湯花ちゃんなら、海がシュート外した原因分かってると思って……って」


 ……なるほど。なんとなく話が見えてきた。


「そして叶ちゃんも感じてたみたい。何気ない海の行動を」

「……なるほどな」

「ごめんね。リストバンドを買うっていうのは、もちろん私は決めてた。そして叶ちゃんも、買って渡したい。でも、私は姿を見せないって約束したから……って言ってさ。だから私……」


 このタイミングで、2人で選んで買ったリストバンドを渡したってことか。


「ありがとう」

「えっ? 海」


 まぁ、普通ならわざわざ叶のことをいう必要はない。もちろん湯花だって分かってるはず。でも、それ以前に湯花と叶は友達。

 そして湯花は嘘とか超絶苦手だ。だからこそ、この事実を言うのは勇気が必要だったと思う。けど、それを承知で話してくれた。

 そんな湯花を……責めるわけにも怒るわけにもいかないだろ? ただ、感じるのは……感謝だけだ。


「色々ありがとうな。叶の事とかも含めて」

「そっ、そんな」


「これもありがたく使わせてもらうよ」

「ほっ、本当? 良かった……」


「あぁ。あと、あいつにも言っといてくれ」

「えっ?」


「ありがとうってさ」

「うっ、うん!」


 やっぱ湯花は笑顔が一番だ。

 それにしても叶。試合見に来てたんだな。しかも原因まで

 正直、あの公園で別れてから日は経った。ただ、かといってどう反応していいのか分からない。


 勿論湯花とは連絡とり合ってるのは知ってるけど……まぁ、今回の件については、迷う余地もない。素直に受け取っておこう。

 ……ありがとう。叶。


 ヴーヴーヴー


 そんな良い雰囲気の最中、空気を読まないバイブ音。この長さ的に電話か?

 ったく、誰だよ!


「ん? 海?」

「あっ、ごめんごめん。多分電話……」

「そっかぁ、出なよー」


 言われるがままにポケットからスマホを取り出すと、画面に表示されていたのは……


「あっ、大丈夫」

「えっ?」

「だって姉ちゃんだもん」


 姉ちゃんって文字。

 まぁ早急な用でもないだろうし、今出る必要は……


「だっ、ダメだよ! 棗さんからなら尚更っ! 早く早く」

「えっ? おっ、おう」


 しまった。湯花のやつかなり姉ちゃんのこと慕ってるんだよなぁ。仕方ない。


 ―――もしもし―――

 ―――あっ、海? 今良い?―――


 ―――良くはないけど、どしたの?―――

 ―――あんた湯花ちゃんとデート中でしょ?―――


 なっ、なんでそれを!? 一言もそんなこと姉ちゃんに言ってないんですけど?


 ―――なっ!―――

 ―――この時間に帰って来ないってことは、それしか考えられないでしょうよ。まぁそんなことはいいとして―――


 ―――いいって……―――

 ―――あんた湯花ちゃんからプレゼントととか貰った?―――


 ―――もっ、貰ったけど―――

 ―――何貰ったの?―――


 はっ、はぁ? なんでそんなこと姉ちゃんに言わなきゃいけないんだよ!


 ―――そんなこと……―――

 ―――はいはい、私買うやつが被ったら、湯花ちゃんに悪いのよ! 早く言いなっ―――


 ―――くっ、サポーターとリストバンド―――

 ―――了解。あっ、あと近くに湯花ちゃん居るんでしょ? どうせなら晩ご飯誘えば?―――


 晩ご飯!?


 ―――はっ!?―――

 ―――はぁ? じゃないわよ。前に湯花ちゃんの家にお世話になったんでしょ? そのお礼もしたいし、あんたも湯花ちゃん居た方が嬉しいでしょうよ?―――


 ―――いやいや、俺が良くても湯花が……―――

 ―――了解、じゃあ私が湯花ちゃんに聞いてみるわ―――


 ピッ!


 うぉい! 切るの早過ぎ! てかまさか本当に……


 ヴーヴーヴー


「あれ? 電話……海? 棗さんからなんだけど……」


 マジで掛けて来やがった!


「えっと、端的に話すとだな、今日湯花もうちで晩ご飯どうだ? ってお誘いらしい」

「えっ!? 晩ご飯? うそっ! でも早く出ないと……もっ、もしもし。こんにちは!」

「…………えっ! 良いんですか?」


 マジで誘ってるよ……まぁ俺としては湯花居てくれたら最高なのは間違いないけど……


「私は全然……あっはい! それでは……」


 おっ、終わった?


「えっと……海? 本当に良いの?」

「湯花さえ良ければ俺は全然」


「私も……海さえ良ければ……てか、行くことになっちゃった」

「事後報告じゃん。ふふっ」


「だってぇ」

「でも、まさか夜まで湯花と一緒に居られるとは思わなかった。本当、今日は最高な誕生日だよ」

「私も……海を喜ばせようと思ってたのに、海以上に嬉しくなっちゃった」


 そう考えると……やっぱり姉ちゃんナイスなのか? ……いつかお礼言っとこう。


「少し緊張するけど……海が居るなら全然平気!」

「まぁ祖母ちゃんくらいだろ? 湯花のこと知らないの。大丈夫だって」


「でっ、でも……はっ! 何か手土産買わなきゃ!」

「そんなことしなくても平気だって」

「でもでも!」


 ふっ、結構テンパってるなぁ。でも、その表情もやっぱ可愛い。


「大丈夫だって、ほら」

「はっ……」


 その小さな手を包み込むと、俺はゆっくりとそれを引いて歩き出す。そして……


「じゃあ、行くか? 俺の家」

「……うんっ」


 お互いを確かめ合うように、その温もりを感じ合うように歩き出した俺達は、


 その日……



 少しだけ大人になった。



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