第50話 まさかの倍返し?

 



「おてょーさん?」


 そんなクリッとした、まんまるおめめで言われても……俺は残念ながら君のお父さんではない。


「キャハハハ」


 そんな純粋無垢な笑顔で笑われても、俺は何一つ面白い事なんてしていないと思う。


「ふふっ、海ってば千那ちなちゃんに気に入られちゃったね?」

「そっ、そうなのか?」


 そんな会話をしているのは宮原家のリビング。なぜそんなとこに居るのかなんてどうでもよくなるくらい、対面するその存在にめちゃくちゃ……癒される。


「きゃ……い?」


 うはっ! まさに天使じゃないか。天使そのものだろ。 

 それはまさに現世に舞い降りた天使で違いない。それくらい破壊力抜群なこの子の名前は宮原千那ちゃん。今年1歳になった湯花の妹であり、宮原家の次女。カタコトだけど、一生懸命に言葉を話す姿は勿論、その行動全てが可愛い。


「ふふっ、楽しそうだねぇ。海は子ども好き?」


 子ども? 特に苦手とかはないかな。公園で遊んでる元気な姿見てると楽しいし、逆に元気を貰うよ。それに赤ちゃんなんて最高過ぎるぞ。


「結構好きかもしれないなぁ」

「本当!? 好き……ね? うんうん」


 なんて湯花と千那ちゃんの3人で、超癒されタイムを満喫していると、


「はいはい、出来たよー」


 巴さんの声が後ろの方から聞こえてきた。


「はーい。海行こう? 千那ちゃんもおいでー」


 振り向くと、そこにはキッチンと大きなテーブル。そしてその上に置かれた料理の数々。

 いやぁ、まさか晩御飯ご馳走になるとは思わなかったなぁ……けど、巴さんと湯花に言われたら断れないし、良いよね。


「湯花、本当にいいのか」

「まだ言ってるのー? 全然大丈夫だよ。座って座って」

「えっと……じゃあ……」


 湯花に案内されるように椅子に座ると、湯花はその隣に。千那ちゃんは巴さんに抱っこされ……


「はい、じゃあどうぞ召し上がれ?」

「いただきまーす」


 あれ? そいえば湯花のお父さんとか、透也さん達はいいのか。まだ席に着いてないし……先にいただくのはマズい気がする。


「あの、湯花のお父さんや透也さん達は……」

「あぁ、大丈夫よ。お父さんも透也も真白ちゃんも旅館の手伝い行ってるから。そもそもこの時間帯はいつも私1人で居ることの方が多いのよ? 湯花達も普段ならまだ帰って来てないし」


 あっ、言われてみると確かに。


「なるほど」

「今日は3人で楽しい時間。だから遠慮しないで?」

「そうだよ。海」


 えっと、そゆことならお言葉に甘えて……


「じゃあ、いただきます」


 結構な料理だよな。どれどれ……この照り焼き美味っ! 甘辛でご飯に合う。味噌汁も丁度良いし、金平ごぼうも絶妙! これ巴さんが作ったんだよな? さすが湯花のお母さん。こんな先生が居るなら、湯花が料理上手いのも納得だ。


「海どう? お母さんの料理美味しいでしょ?」

「うん、美味しい」


「ごめんね? 湯花の手料理じゃなくて」

「いえっ、とんでもないです」

「お母さん、大丈夫だよ。だって……」


 ん?


「次は私の手料理食べに来てくれるでしょ? 海」


 なるほど、そういうことか。そんなの聞くまでもないだろ。


「もちろん。飛んでくるよ」

「にっしし」

「あらあら、火傷しちゃいそう」


 はっ! そうだった! 巴さんの居る前でつい……


「それで、いつからなの?」


 何時からって……そりゃ今の流れで気付かない訳ないよなぁ。


「ちょっ、お母さん!」

「あらいいじゃない。隠す必要もないでしょ? それに最近2人分のお弁当作ってたから何となくそんな気はしてたのよ」


「うぅ……」

「ふふっ。親に嘘はダメよ」


 くぅ……これは恥ずかしい。けど、巴さん相手に下手に嘘付いたらどうなるか知ったこっちゃない。ここは正直に……


「えっと、バスケ部の夏合宿の時からです」

「夏合宿? つい最近じゃない。てっきりもっとま……」

「おっ、お母さん? もういいでしょ? とっ、とにかく私と海はそんな感じだからっ!」


「ふふっ、はいはい。これ以上は止めとくわね? うみちゃんが1人の時にでも……」

「それもダメっ!」


 ふっ、なんだろう。これがいつもの宮原家の光景なのかなって想像しちゃうよ。 


「大体、うみちゃんって呼ぶのも禁止!」

「えぇ、どうして? 今まで何にも言ってこなかったじゃない。むしろ喜んでくれてたのに」


「ダメなものはダメ!」

「もぅ、どうして?」


「そう呼んでいいのは私だけなのっ! お母さんでもダメ、やっぱりダメー」

「ふふっ、はいはい。分かりました」

「絶対だからね?」


 呼んでいいのは私だけかぁ。その言葉だけでも、特別な存在だって言ってくれてるみたいでなんか嬉しい。


「わかったわよ。それより海君?」

「はい?」


「湯花とはいったいどこまで……」

「おっ、お母さんっ!」

「はははっ……」


 こりゃ完全に巴さんペースだな。あの湯花がこんなにも後手に回ってる姿はあんまり見たことない。けど、さっきの言葉といい、自分の知らない湯花の姿が見れるって……改めて自分の全てを曝け出してくれてるって気がして、なんか良いよなぁ。


「どうなの? 海君」

「シーだよっ!? 海?」


 うっ、うん。こんな状況も……ありかな。





「あぁぁぁ……」


 丸い月、立ち込める湯気、肩までつかればその気持ち良さが一気に全身に伝わり、視線の先には石白市を一望できる景色が広がる。そんな最高のシチュエーションで、そんな声が出ないわけがない。


 いやいやぁ、晩御飯ご馳走になって、まさかお風呂まで頂けるとは思いもしなかったよ。てか、やっぱここの露天風呂ロケーション良過ぎて最高だな。送別会以来だけど、距離がもっと近かったら週2、いや週3で通うよ。

 なんてことを考えながら、石白の夜景を眺めて完全にリラックス状態だった俺の耳に、


「ふふっ、海ったらおじいちゃんみたいだね」


 女湯の方から壁を越えて聞こえてきた声。それは勿論聞き間違えるはずもなかったけれど……

 んっ! 湯花……てか風呂大丈夫なのか? しかも露天風呂だし、風邪ぶり返さないのか。 


 嬉しさよりも心配になるのは当然のことだった。


「とっ、湯花? お前病み上がりだろ。露天風呂なんか来て大丈夫なのか」

「へーきへーき。熱はないし、鶴湯のお湯は熱の湯なんだよ? 湯上がりもポカポカしてるから湯冷めは滅多にしないよ」


 いや、確かにそうだけど……まぁ本人が元気そうならいいか。それに、一緒に風呂入ってるみたいでなんか良いかも。


「そっか、なら大丈夫か。それよりなんか悪いな? 晩御飯から温泉まで」

「全然だよ。お母さんも喜んでたし、それに……こっちこそごめんね」


 ごめん?


「ごめんって?」

「母さん達に海との関係言えてなかった。隠してるつもりはなかったんだよ。けど何ていうか、タイミングというか……いざ言おうと思っても恥ずかしくて……」


 なんだ、そんなことか。いやいや分かるぞ。俺だってよく考えると、両親はおろか姉ちゃんにすら言ってない。いざ面と向かって言うとなると……考えるだけで恥ずかしいし。 


「全然。俺だってタイミングわからなくて姉ちゃんにすらまだ言えてないからさ。だからある意味、湯花のお母さんに知ってもらえて良かったのかもしんない」

「ほっ、本当?」


「うん。それに湯花の顔も見れたしね」

「ふふっ、私も嬉しかった。海来てくれて」


「この前のお返しだ。しかも大したことできてないけどな」

「うぅん、そばに居てくれるだけで十分だよ」


 うっ、こいつ……よくそんな恥ずかしいこと言えるな。壁が無かったら絶対直視できない自信がある。


「そっ、そう言ってくれると嬉しいよ。俺だって会いたかったんだ」

「同じこと……考えてたんだね」


「だな。以心伝心ってやつかな」

「なんか照れるなぁ」

「自分で言っといてあれだけど、俺もだ」


 それにこうして2人で露天風呂入りながら話ができる。それはとても贅沢で、とても幸せな時間なんだ。


「お見舞いに来たのに、俺の方が癒されちゃったな」

「このまま泊って行っても良いんだよ?」

「はっ、はい?」


 ととっ、泊まるって! いやそりゃ一緒に泊まりたい。強いて言うなら湯花と一緒に添い寝したい。けど俺達まだ高校生だし……いや関係ないか? いずれは……そうしたい。


「冗談だよ。でもね……」

「湯花、今日はダメでも……俺は湯花と一緒にお泊りとかしたい」


「えっ?」

「当たり前じゃん、考えて見ろ。寝る時まで湯花が隣に居て、目が覚めたらその瞬間目の前に湯花が居るんだ。そんなの最高すぎる」


「海……」

「それに湯花の寝顔も独り占めできるしな」


「そっ、そうはさせないよ? だって私の方が先に起きて、海の寝顔ずっと見てるんだから。それだけは譲れないもん」

「じゃあ俺は湯花より遅く寝て、寝顔ずっと見てるから。これでおあいこだろ」

「もぅ、仕方ないなぁ」


 正直、いつになったらそんなこと出来るかなんてわからない。俺達は高校生だし、男女のお泊りなんていくら昔から知ってる仲とはいえ、お互いの親が良しとする可能性は低い。むしろ止めるのが普通だ。でも、それでもいつか……


「隣空けといてくれよ。いつ俺が行っても良いようにさ」

「ふふっ、いつでも空いてるよ。それより、私の方が先に行っちゃうかもね?」



 湯花と一緒に、そんな幸せな時間を……過ごしたい。



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