第49話 お見舞いとお見舞い返し
「あれ? 今日宮原さん居ないの?」
いつもの学食に集う顔馴染みのメンバー。だけど山形の言う通り、今日ここに湯花の姿はない。
「あぁ、風邪引いちゃってお休みだよぉ」
間野さんの言う通り、どうやら湯花は熱が出たみたいで学校を休んでいる。なので当然お弁当もないわけで、俺はかなり久しぶりに学食のしょうゆラーメン特盛りをすすっているわけなんですが……
「あれ? そう言えば最近海も風邪引いてなかった?」
ギクッ!
話振ってくるな白波!
「確かに。雨宮が治って、次は湯花ちゃん……何か心当たりとかあったりする?」
たっ、多田さん。こういうところでマネージャーの鋭い読みは止めてよ。せめて部活の時だけにしてくれ。
「いや? 特には……」
いやいや、本当はありまくりなんですけど、それを言えるわけないでしょ!?
――――――――――――
『あぁ、まだあっつ』
はぁ、完全にミスった。まだ暑いからって窓全開で寝てたら、布団蹴っ飛ばしてて寒さで目が覚めるなんて……原因はそれしか考えられねぇ。
とりあえず湯花には起きてすぐにストメしたから、お弁当のことは大丈夫だったよな? 午前中に病院行って点滴もして、大分熱も下がったし……明日には治ってるはず。
ガチャ
ん? 誰だ?
『海、大丈夫?』
はっ、はい? 湯花!?
『とっ、湯花? なんでここに……』
『心配だから来ちゃった』
『しっ、心配って部活は』
『1日だけなら……ねっ?』
まっ、マジか。わざわざ俺の為に部活休んで来てくれたのか……嬉しいんだけど、嬉し過ぎて顔熱くなってきた。
『ダメだった……?』
『ダメじゃない! めちゃくちゃ嬉しいよ。とりあえずそこ座って』
やべぇ、部屋散らかってなくてよかったぁ。
『良かった。あっ、具合はどんな感じ?』
『あぁ、点滴もしたし大分良くなったよ。明日には復活できそうかな』
『でも油断大敵だよ? しっかり治さなきゃ。そだっ、スポドリ買ってきたから飲んで飲んで』
スポドリまで? 優しさが……胸に染みるぜ。
『マジか、サンキュー』
『あとは……これも良かったら食べて』
ん? テーブルの上にタッパー? しかも黄色い?
『レモンのはちみつ漬けだよ。ビタミンとか疲労回復に良いかなって』
えっ、それってもしかして……
『もしかして湯花が?』
『だって心配だったから……朝作って、漬けておいたんだ。あっ、ちゃんと味見したから染みてるよ』
さらに手作りのはちみつレモン!? あぁ天国か。湯花のやつ最高すぎるだろ。可愛すぎだろ。しかも漬けておいたって……
『えっ……じゃあもしかして、わざわざ1回家に戻って?』
『ん? まぁまぁ、休んだ分良い練習になったよ! へへっ』
まっ、マジかよ? 嬉し過ぎるんですけど……よいしょっと、
『あっ、ダメだよ寝てなきゃ……』
『大丈夫、ありがとうな。それに湯花が作って来てくれたの早く食べたくてさ』
『てへへっ、じゃあ……あーん』
うおっ、つまようじで刺してあーんだと? これはヤバい……嬉し恥ずかしなんだけど。でもこの際甘えちゃっていいよな。
『良いのか? じゃあ……んっ!』
口に入れた瞬間、はちみつの甘さのあとにレモンの酸っぱさ! 甘酸っぱくてめちゃ美味い。
『めちゃくちゃ美味いよ』
『良かったぁ』
『めちゃくちゃ元気出た。にしても、こんなのまで作ってくれるなんて……』
改めて、湯花の料理スキルに感心しながら、テーブルのはちみつレモンに目を向けた時だった、
『海?』
そんな声に、視線を湯花の方へ向けた瞬間……
うっ! マジかっ!?
至近距離に湯花の顔があったかと思うと、唇に感じる柔らかい感触。それはさっき食べたはちみつレモンも相俟って、いつも以上に甘くて優しく感じた。
『ふふっ、これでもっと元気出たかな?』
湯花……ったく、やられたよ。
『めちゃくちゃ元気出た。ありがとう湯花』
――――――――――――
絶対あれじゃん! あのキスで湯花に風邪移しちゃったんじゃん! けど、こんなの言えるわけないでしょ。
「まぁ、今日行ってくるからさ? 状況教えるよ」
「雨宮? くれぐれも変な事しないでよー? 文化祭まであと少しなんだから」
うっ! なんだか最近多田さんの観察力に恐怖を感じるんですけど? もはや何があったのかすら理解してそうなんですよね。だだっ、大丈夫ですよ? 変なことはしませんから!
とまぁそんなこんなで、自転車ににまたがって湯花の家に向かってるわけだけど……やっぱ不思木監督って変わってるよな?
『文化祭は思い出の塊だ。だから火曜日から部活休みにするから、準備に励めよ?』
そんなのいきなり言われても……けど、そのおかげでこうして学校終わって直で湯花のところに行ける訳なんだけどね。
にしても、相変わらず石白駅から遠い! 良く自転車で通ってるよ、尊敬する。しかも宮原家に向かう道中、最後の難関地獄の坂……ふぅ、気合入れていくしかないっ!
…………よっしゃ! 1度も降りることなく制覇したぞ? ちょっとした達成感だわ。
それにしても、ここから眺める景色凄いな。所々から湯気が立ち上り、ほんのり漂う硫黄の香りも温泉街って雰囲気抜群。
そんな中でも有名なのが……ははっ、相変わらず立派な門だこと。そういえば、中学ん時の部活の送別会以来かな。ここ宮原旅館に来るのも。
立派な門を通り抜け、目の前に見えるのがザ・日本といった感じの宮原旅館。そんな3階建ての大きな旅館を横目に、俺はすぐ横に建てられている宮原家の玄関前に自転車を止めた。
とりあえずサプライズで来たけど、湯花居るよな? そうだと信じたい。
ガラガラ
「こんにちわー」
玄関を開けて挨拶をした数秒後、
「はいはーい。あら、うみちゃん! 久しぶりね?」
目の前の部屋のドアが開いたかと思うと、中から湯花のお母さんが出て来てくれた。
「お久しぶりです。あの……湯花の具合どうですか?」
「あっ、もしかして心配して来てくれたの? 文化祭近いから念の為今日も休むって言ってたけど……熱も下がったし、大丈夫だと思うわ」
そっかぁ、熱引いてるなら良かった。にしても湯花のお母さん相変わらず綺麗だなぁ。子ども3人居るとは思えないぞ?
しかも……なんか久しぶりにうみちゃん呼びされた気がする。まぁ最初に会った時から湯花の影響でその呼び方されてたけど、改めて言われるとなかなか恥ずかしい。
「今部屋で暇してると思うから、上がって上がって」
「それじゃあ、お邪魔します」
「部屋の場所は知ってるよね? 遠慮しないで入っちゃって」
えっと、部屋かぁ。階段上がって右だっけ。確か送別会の時にDVD借りに入ったことあったな。けど、湯花のお母さんいいんですか? 普通に部屋通しちゃって。
「えっ、良いんですか? 湯花のおか……」
「あら? 聞き間違えかな?」
……その刹那背中に感じる寒気。
はっ! そうだった。湯花のお母さん、若さを保つために俺達に名前で呼んでって言ってたんだ。送別会でお母さん呼びした奴への、笑顔の奥から放たれる鋭い威圧感……あれは恐ろしかったもんなぁ。
「えっと、
「ふふふっ、大丈夫よ? はいっ、行った行った」
「じゃあ……お邪魔します」
ったく、湯花のお母さんも相変わらずだなぁ。よいしょっと、階段上がって右側……ここだな?
ガチャ
「よう湯花。げん……っ!」
その瞬間、時が止まったかのような感覚だった。結果として、湯花は部屋に居た、居たんだ。そう……着替えの真っ只中で。
上半身はTシャツ姿、けど、問題はそこじゃない。すらっとした足が露わになってて、ズボンというものが存在していない。だからこそ俺の目線はそのグレーのパンツに1点集中。
ぱぱぱっ、パンツ!?
「かっ、海!?」
けど、そんな夢のような時間も、湯花の声で一気に現実へ引き戻される。
「はっ!」
慌てるように顔を見ると、どんどん赤くなってきた湯花の顔。その瞬間とんでもないことをしでかしたって理解したよ。だから、
「ごごっごめん!」
両手で目を隠すまでの反応速度は、過去最速だったと思う。
「もっ、もう……ノックぐらいしてよ」
「すっ、すいません」
「よいしょ。はい、いいよ?」
やばい……こりゃ怒ってるよな。確かにノックは必要だ。
なんて思っていたけど、恐る恐る両手を外した先に居た湯花は……いつもの笑顔を浮かべていた。
あれ?
「本当びっくりしたよぉ」
「マジでごめん。ノックもしないで……」
「全然だよ? それよりどうぞ」
湯花に言われた通り、ドアを閉めてゆっくり部屋の中へ入ると、
「えいっ」
突然感じる温もりと、体全体を包み込まれるような感覚。その心地良さに、お見舞いに来たはずの俺が癒されてしまう。
「湯花?」
「海が来てくれて嬉しいよ……」
そんな甘い声に、俺もゆっくりと湯花の体をギュッと抱きしめる。
「もぅ……来るってわかってたら、もっと可愛いパンツ履いてたのに……」
その言葉に一瞬、風邪がぶり返したかのように顔が熱くなったのは……言うまでもなかった。
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