第46話 この温もりを、あなたの心に

 



「おはよっ、海」


 朝の駅で交わされるいつもの挨拶が、


「おっ、おう。おはよっ」


 なんだか妙に恥ずかしく感じる。


「んー? どうかしたの? ふふっ」


 そんないつもの湯花の顔が、


「なんでもないぞ」


 妙に可愛く見える。


 改めて思うよ。俺は湯花が好きなんだって。

 そして改めて思う。どのタイミングで、どうやって……


 俺の思いを伝えればいいんだっ!


「よいしょっと。そういえば海、昨日のBリーグ見た?」

「ん? あぁ見た見た」

「ということは、最後のあれも見たよね? 最後の……」


「「逆転スリーポイント!」」


「いやぁ、あれは痺れた」

「だよねだよね? 鳥肌立っちゃったよ! それに……」





 ―――次は黒前高校前~黒前高校前駅です―――


 プシュー


「やっぱ戦略って大事だよね」

「だな。チーム全体で理解しなきゃいけないけど、そんな攻めが高校でも主流になるぞ」


「じゃあ、やっぱり私達も……」

「先取りしていかないとな?」

「だよねっ!」


 ……って! バスケの話で盛り上がってたらもう駅着いたんですけど。やっぱ登下校の時は無理か……しかも他の乗客も居るし。やっぱ2人きりになれる時間帯かぁ。





「走れー」

「集中集中!」

「声出してー」


 2人きりってなると、やっぱ居残り練習の時か。うん。今までずっと2人だけだったし、今からやる人が来るとは思えない。よっし、じゃあ決まりかな? よっと。


 ガタン


 あっ、やべっ……


「「リピート!」」

「やり直しだー」

「こらぁ! 雨宮!」

「あっ、雨宮ぁ……」


 やっ、やってしまった。白波はいいとして、野呂先輩にはいろんな意味で何されるかわかんねぇ!


「すっ、すいませーん!」





「へいへい海。いい加減勝負の時は普通のスリーにした方が良いんでないかい」

「くっ、良いんだよ。こうでもしないと予選に間に合わない。目に物を見せてやるからな」

「ほほぅ。海の番とはいえ、私あと2本で終わりだよ? それに対して海は残り4本。しかもこの状況においてもディープスリーを狙うなんて……ふっ、勝ったね」


 ちっ、湯花め! もう勝ちを確信してやがる。けど、そんなプレッシャーに打ち勝てなきゃ、ウィンターカップへは行けない。


「ふぅー」


 集中集中……


 よっと。


 スパッ


「17」


 良い感じ。このまま……


 スパン


「18」


 シュパッ


 来てる来てる。流れが来てる!


「19」

「はっ! マジ? まさか4本連続で……入れちゃうの?」


 もちろん当たり前だろっ!


 よっと。


 スッ


「よっしゃぁ、20! 俺の勝ちだ」

「やっ、やられたぁ」


「しかもネットの音も聞こえないくらい最高のスリーだぞ?」

「くっそぉ、悔しいー!」

「はっはっはー」


 ……って、なんかめちゃくちゃ楽しんでる。バスケに夢中過ぎて、なんかあんなこと言い出せる雰囲気じゃないんだけど。


「負けましたぁ。ふぅ……あっ、海」

「ん?」


「時間も時間だしお腹空かない?」

「あぁ、もう12時近いしなぁ。お腹空いた」

「お弁当……持って来たよ」


 はっ! おっ、お弁当!? そうだ、そうだ! キスの印象強くて忘れかけてたけど、そういえば湯花にお弁当作ってもらえることになってたんだ! 


「えっと……食べる?」

「本当に作って来てくれたのか」

「うん……だって約束したから」


 うっ! さっきまでの明るい表情からの照れとか……ギャップヤバいんですけど。めちゃくちゃ……可愛い。


「マジか。ありがとうな? 食べたいよ」

「じゃっ、じゃあ持って来るね」


 これはチャンスでは。お弁当食べて、感謝しつつ思いを告げる……最高の流れじゃん! これだ! これで行こう!




「美味しくなかったら言ってね?」


 ……待て待て、開けた瞬間分かるぞ。これ絶対美味しいじゃん。卵焼きに、唐揚げにウズラの卵。それにこれは人参?


「凄ぇ」

「そっ、そんなことないよ」


「この人参は?」

「人参のマリネだよ?」


「マッ、マリネ?」

「うん。スポーツマンにはお肉必要だと思ったんだけど、それだけだと油っぽいでしょ? だからサッパリしたマリネが良いかなって」


 そっ、そこまで考えてるのか。でも流石にこの唐揚げとかは冷凍だよな。


「ちなみに唐揚げって……」

「それだけはちょっと手抜いちゃったぁ。昨日作った唐揚げ冷凍してさ、今朝解凍したんだ。ごめんね? 流石に揚げてる時間なくて」


 手作り? 解凍? いや、俺が言いたかったのはそこじゃないんんだよ。流石に冷凍食品の唐揚げだと思ってたんですけど。それに聞き間違えかな。昨日作ったって言ってなかったか? まさか唐揚げも普通に作れんの!?


「ん? ちょい待って。てことは唐揚げ自体は湯花の手作りなの?」

「えっ? そうだよ。自分で持っていく時も、前の日作って朝に冷凍してって感じだったから……」

「マジか!? やっぱ凄いぞ」


 これは……俺はマジで湯花のこと甘く見てたのかも。料理するってイメージ無くて想像すらできなかったけど、ガチで料理上手? まぁ食べてみれば一目瞭然か。


「湯花、食べて良い?」

「うんっ。召し上がれ」


 じゃあさっそく唐揚げから……んっ! 美味っ! しかもなんだろ? この味付け最高かも。スパイスなのか知らないけど、とにかく美味しくてご飯が進む!


「うまっ!」

「ほっ、本当?」


「ホント、ホント! 味付け最高」

「へへっ、宮原家に伝わる味付けなんだ」


 秘伝の味付けってやつか! じゃあ次は人参のマリネ……くぅ! 程よい酸味にオリーブオイルがマッチしてて、これも美味い。しかも唐揚げの後に食べたら超最高じゃん! 


「マリネもうまっ!」

「ふふっ、よかったぁ」


 マジで美味しいんですけど? これヤバいな。総じて美味いに決まってるじゃん。こんなお弁当……


「湯花、めちゃくちゃ美味しい。ホント、毎日食べたいくらいだよ」

「えっ! 毎……日……?」


「そうだよ。だからさ、湯花さえ良かったら学校始まってからもお弁当作ってくれないかな?」

「いっ、いいの?」


「いいの? って、むしろ俺がちゃんとお願いしなくちゃいけないくらいだよ。湯花、これからもお弁当作ってください。お願いします」

「はぅ……わっ、私のお弁当で良ければ……是非作らせてください」





 ガタン、ガタン


「じゃあ1,000円で良いのか?」

「うん。本当はそんなの要らないのに。旅館の材料拝借してるからさ」


「ダメダメ、丸っきりタダなんてダメだって。材料費が無くても手間代だけでも出さないと、俺が納得いかないもん」

「もぅ、分かったよ」


 これで良し。月1,000円で、お弁当作ってもらえることになったぞ。結局おかずの全てが美味しかったし、1,000円でもかなり安い気がする。でもそれ以上の金額だと湯花が頑なに拒否するし、とりあえずはこれで良いんだよな。


 ……ん? そういえば何か忘れてるような……あっ! まずい、お弁当のクオリティと美味しさにテンション上がりまくって、すっかり告白するタイミングとか忘れてた。折角絶好のチャンスだったのにっ!


 はぁ……でも、やっぱり告白ってここだっ! て決めた時にできるものじゃないのかな? もしかしたら、自分の思いとその場の状況、そして湯花の気持ち。その全てが自然に融け合った時が、まさにそのタイミングってやつなのかもしれない。


 だったら、無理に焦る必要はないのか。けど、その間に湯花の気持ちが変わることだけは怖い。一体どうすれば……


 そんな時、自分の太ももの横ら辺に何かが当たる感覚。ゆっくりその方を見ると、湯花の右手が若干当たっていた。


 手……? あっ、これじゃダメか。口では言えてないけど、気持ちは湯花にあるんだ……って伝わらないかな? てかむしろこれで振り払われたら、その時点でゲームオーバーなんだけどさ? ……いいや、そうなったら仕方ない。行ってしまえ!


 その瞬間俺は、自分の左手をそっと湯花の手の甲に重ねた。少しピクッて動いた気がするけど、払われたり、湯花が変な声を上げる様子もなくって、少しだけ安心する。


 これで良いよな。ってか、湯花の手温かい。しかもスベスベしてて……


 なんて考えていた時だった、


 湯花が不意に、手首を返すような動きをしたかと思うと、お互いの掌同士が重なり合って……俺の指と指の間に、自分の指を絡めるように……優しく握り締めた。


 まるで湯花の手全体を包み込むような感覚と、触れ合う感触に一気に心臓が音を立てる。けど、その温かさは手を重ねていた時に比べて、より一層の安心感で俺を包み込んでくれる気がした。

 湯花……?


 思い切って湯花に視線向けてみると、少し俯いてはいたけど……薄っすらと見える横顔はちょっと赤みを帯びている。そしてその口元は……優しく微笑んでいた。


 多分それだけで十分。口にしなくたって、手を重ねた瞬間に湯花は俺の気持ちが分かったんだと思う。そしてその答えがこれなんだ。だとしたら、湯花も気持ち……変わってないってことだよな。


 そうだって考えた瞬間、嬉しくて顔が熱くなる。そしてその、何とも言えない心地良さを確かめながら、



 もう1度俺は……湯花の手をギュッと握り締めた。



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