第42話 肝試し開幕!

 



 ただいまの時刻は午後9時。

 良い子は寝ているであろう時間帯に、家庭科室ではバスケ部と黒前大学の面々が顔が揃えていた。そして、


「じゃあ肝試しやるかぁ」


 そんな監督の声の下、サプライズ肝試しの幕は上がった。


「じゃあとりあえず一緒に行くメンバー決めるか? そだなーじゃあ4人1組」


 4人1組かぁ、じゃあ他の1年……


「あっ、待った。どうせなら男女2対2にしよう」


 2対2? 監督それはさすがに……


「えぇ!?」

「監督ー、女子だけはダメですか?」


 そうなりますよねぇ。


「いやいや、女子だけじゃつまんねぇだろ? あのなぁ、夏合宿だよ? 来年もできるか分からないんだぞ? 滅多に組めない男子と一緒に肝試しやった方が、記憶にも残ると思うんだがなぁ」


 言われてみると、学校で肝試しって自体がこれから先できるかどうか分からない。しかもそれを男女で組んでやるなんてそれこそ滅多にできないよな?


「うーん、そうかも」

「どうせなら……良い思い出にしたいし」

「はい決定ー! じゃあさ、さっと4人組んじゃって? 余ったら俺が一緒に行ってやるよ」


 切り替え早っ! さすがだな監督。


「雨宮―! お願いだから組んでくれよー」


 白波? こいつは前例があるんだよな……てか苦手なら参加するなよっ!


「白波? 無理に参加する必要はないんだぞ? 先に寝てても……」

「誰も居ない教室ほど怖いものはないよぉ!!」


 なっ、なるほど。全員ここに集まってるもんな。いやでも、


「いやいや、だったらここで肝試し終わるまで待ってればいいじゃん」

「そっ、そんな参加しないでただ居座ってたら、なにこのKYって思われちゃうじゃん」


 ……あぁ、なんて面倒くさいメンタルの持ち主なんだよ。じゃあ仕方ないか。でもテンパってもなんもできないからな? そこだけは最初に言っておこう。


「分かった分かった。けどな? さくらまつりの時みたいに逃げても、なにもできないからな? それでも良いか?」

「ありがとうー! 4人だったら何とかいけそうな気がするよっ!」


 いいか? そういうのをフラグって言うんだよ。あぁ、誰かこのフラグへし折ってくれー。

 なんて心の奥底で叫んでいた時だった、俺の耳に入ってきたのは唯一の希望ともいえる救世主達の声。


「あっ、海。もしかして決まってない?」


 おっ、湯花。お前これ系全然平気だって言ってたよな? てか直で目の当たりにしたし。


「やっほー、もし余ってたら一緒にどう……って白波? あんた前みたいに逃げんじゃないよ?」


 さらに多田さん!? 男子不在の中、間野さんと水森さんを最後まで導いた実績有りの猛者。この2人なら安心かも知れない。


「良いの? 2人共。だったら是非お願いしようかな?」

「もちろんだよ。よろしくね海っ! 白波君」

「私らは良いけど問題は約1名なんだよねー。こら白波?」

「はっ、はい!?」


「なんだか……楽しみだな。湯花」

「だね? てか、この2人なかなかお似合いっていうか、息ぴったりじゃない?」

「間違いないな?」

「シャキッとしなさいよ!」

「いっ、痛ぁ! 背中はダメだって!」


「よーし、全員決まったかな? それじゃあ肝試しのコース発表するぞ」

「「はーい」」



 そして、ついに始まった肝試し。

 その順番はくじ引きで決められ俺達が引いたのは8番目。まぁ大体真ん中あたりの順番だし、帰ってきた人達からもその様子を聞けそうな良い順番なのは間違いない。それ聞かせて、白波を落ち着かせたいものなんだけど……


「いやぁめちゃくちゃ雰囲気あるよ?」

「いつもの学校じゃないみたい」

「なんか誰かの視線感じちゃったぁ」


 そんな希望はどうやら薄いらしい。けど、順番は待ってくれないもので、


「じゃあ次のグループ行っていいぞぉ」

「よし、じゃあ行こうか?」

「うんっ!」

「ほらほら、いくよ?」

「はっ、はぁいっ!」


 ついに俺達の番がやってきた。


 えっと、じゃあとりあえず階段登って2階へと……

 俺と湯花を先頭にゆっくりと階段を上がって行くと、次第に家庭科室から零れる電気の明かりも届かなくなっていく。そして、階段を折り返した先に見える2階は真っ暗で、非常灯の明かりだけが不気味に廊下を照らしていた。


「なんか少し家庭科室から離れただけで結構暗いね」

「うぅ」

「ちょっと白波! 鞄の紐掴まないでよ」


 おいおい、まだ始まったばっかりだぞ? けど結構雰囲気あるよな? 懐中電灯もないし怪我だけは気を付けよう。


「とりあえず怪我だけは注意しよう。夏合宿で怪我なんて洒落にならん」

「了解ー!」

「じゃ、じゃあこの紐掴んでてもいいよね?」

「はぁ……仕方ないなぁ」


 そんな会話をしながら、俺達は廊下へと足を踏み入れると、

 渡り廊下はこっちだな。


 肝試しのコースである渡り廊下を目指して、いつもの雰囲気とは違う学校の廊下を突き進んだ。

 教室の中暗っ! こりゃ1人じゃきついぞ? そんで? この教室通り過ぎたところを曲がると見えてくるのが……


「うおっ、結構雰囲気あるよな? この時間帯の中庭」


 ここC棟からB棟を繋ぐ渡り廊下だ。


「だねぇ。誰かこっち見てたりして?」

「ひぃ! 止めてよ宮原さん!」

「ちょ、引っ張るなって。肩持って行かれちゃうよ」


 やっぱ予想通りの展開だなぁ。マジで手綱握ってくれる多田さん居てくれて良かったよ。他の女子なら確実に引いてるね。それにしても、こんな時に多田さんはなぜにショルダーバッグを?


「そういえば多田さん? そのショルダーバッグは?」

「あぁ、肝試し終わったら監督達と今後の練習とか話しすることになっててね? 候補で考えてた練習メニューとか、皆の特徴とかまとめたファイル持って来たんだ」


 ん? 練習メニューとか皆の特徴……?


「えっ、皆の特徴? それ雅ちゃん1人で作ったの?」

「そんな大したものじゃないけどね? 私なりに皆の様子見て、得意なこととか苦手なことを主観で勝手にまとめてるだけだから」

「いやいや、それって凄くないか?」

「うん! 凄い、凄いっ! ちなみに白波君の特徴は?」


 そこは自分の聞かないのかよっ! 


「自分の聞かないのか? 湯花?」

「だって、ちょっと恥ずかしいじゃん?」

「ふふっ、白波かぁ。まぁ本人はそんなの聞こえる状態じゃないし良いかな? 得意なことは体張ることだよね? リバウンドはもちろん、スクリーンの回数も多い」


 たっ、確かにその体格を生かした縁の下の力持ちタイプだよな?


「逆に苦手なことは動きが遅いってことと、豆腐メンタルってことかな? 一旦弱気になるとズルズルいっちゃうんだよね。そしてプレーの質もガタ落ち」

「……ヤバいね、雅ちゃん」

「うん。かなり的確だ」


 こりゃ……かなり凄いぞ? 多田さん、あんた一体何者なんだ?


「まぁ、それしか取り柄ないからねぇ。おっと、そうこうしてるうちにB棟到着だよ?」


 そんな多田さんの言葉に改めて前方へ目を向けると、少し開けた真っ暗なフリースペースが広がっていて……一帯を照らす非常灯。その不気味さはホラー映画に出てきても不思議じゃない。

 ここって、学食の上かぁ。日中は良い溜まり場だけど、夜は雰囲気違い過ぎるだろ?


「雰囲気凄いねぇ、じゃあこのままA棟まで行っちゃお?」


 そんな奥に見えるのはA棟へと続く渡り廊下。俺達はそこへ向かって、ゆっくりとフリースペースを横切った。


 俺達の歩く音だけが響く渡り廊下。なるべく追い付かないように、前のグループが出発して10分後にスタートってことらしいから、そんな状況になるのは当然だ。

 まぁ中には10分掛らず帰ってきたグループもあったし、前のグループが遅くて合流しちゃったってグループも。けどそんな予想外な展開も含めて、こういう肝試しは楽しいんだよなぁ。


「ひっ!」


 なんて考えていた時だった、比較的大人しかった白波が小さく声を上げた。


「なんだ?」

「どしたのさ白波?」


 そんな声に俺達が反応すると、白波は中庭の方を指差して、


「あっ、あれ……さっき戸村が言ってた池だよな?」


 震えるような声を吐き出した。


 ん? あぁ、女の子の銅像近くにある池だっけ? たしかA棟とB棟の間にあるよな?


「あぁ、あれ? なに白波? あの噂信じてんの?」

「噂……あぁ、確か夜になると出るってやつかな?」

「さっき風呂で戸村が言ってたんだ」


 白波の指さす窓から中庭を見てみると、確かにその銅像とその池はあった。

 まぁ夜だけあって雰囲気は出てるけど……池ちっちゃくね? 戸村が話してる時は、前はもっと大きくて深かったって言葉に、勝手に想像膨らませてたけどさ、改めて見るとこんなもんだったっけ?


「なっ、なぁ? 今水の音しなかったか? ぴちゃぴちゃって」


 ところが、中には感受性豊かな人がいるのも事実。多分実物を見て、余計に妄想が膨らんだのだろう。もちろん、水の音なんて俺には聞こえない。


「はぁ? 何言ってんの? 白波?」

「水の音?」

「ほっ、本当だって……ほっ、ほら! ぴちゃぴちゃって……まるで水に濡れた何かが近付いてくるような! しかも……段々大きくなってきてない?」


 おいおいマジで大丈夫か? むしろお前の鼻息しか聞こえないぞ? 


「白波、落ち着けって。何も聞こえないぞ?」

「そうだよ? 白波君」


「いやっ……確かに聞こえるよ! これってまさかその池に落ちて死んだ学生が……こっち来てるんじゃない?」

「あのねぇ? 白波……」

「だっ、だって……」


 そんな白波を落ち着かせようと、もう1度声を掛けようとした時だった、


 ――――――キャァァァ――――――


 渡り廊下に響く誰かの悲鳴。その大きさ的に結構離れたところから聞こえてきたのは分かった。けど、いきなり聞こえてきたそれに、さすがの俺達でも反射的に顔を上げて辺りを見渡す。

 悲鳴? おそらく前のグループの人だろうな、A棟の方から聞こえた気がする。それにしても狙ったとしか思えないタイミングで叫んでくれたな。


「悲鳴?」

「たぶん前のグループの人だろ」

「ははっ、ちょっとびっくりしちゃたね」


 少し驚いたものの、状況を考えればそれしか当てはまらない。俺も湯花も多田さんも、それはすぐに理解できたんだ。そう、1人を除いては。


「いっ、いっ、やだぁぁ」


 その瞬間、いきなりそんな声を上げながら、A棟の方へ走って行こうとする白波。そんな姿に俺達は唖然とするしかなかった。しかし、事態はそれだけではお終わらない。


「ちょっ、ちょっと!」


 百歩譲って奴が走って行くのは問題なかった。けど、奴はとんでもないものを握りしめていたんだ。そう、多田さんのショルダーバックの紐の部分。


 白波が走り出した瞬間、引っ張られる様に体勢を崩す多田さん。正直そのまま転んじゃうって思ったよ? けど、多田さんは何とか体勢を整えると……


「待て待て落ち着けって! 白波ぃぃぃぃ」


 暴走する白波と並走する形で、あっと言う間にA棟へと消えて行ってしまった。そしてそんな状況をただただ見つめていた俺と湯花。2人だけがその場にポツンと取りこされる。


「えっと……雅ちゃん大丈夫かな?」


 そんなポツリと呟いた湯花の声に、ハッと我に返った俺。

 えっと……なんだろ? とりあえず多田さん転ばなくて良かったなぁ。まっ、まぁ白波も大丈夫だろうし? 

 とりあえず……そう思うことにした。


「だっ、大丈夫っぽかったよな? けど焦った」

「いきなりだったもんねぇ」


「多田さん良く転ばなかったよ。結構勢いよく引っ張られなかったか?」

「そうだよね? 私もあっ! って思っちゃったもん」


 だよなぁ……けどこれからどうする? 2人しか居ないし……


「なぁ湯花? どうする?」

「えっ? あぁ、海はどうしたい?」


 俺? まぁ2人居なくなりはしたけど、湯花これ系好きなんだよな? しかもこんなシチュエーションなんて滅多にないと思うし、俺が湯花だったら……肝試し楽しみたいけどな?


「俺? 俺は……湯花に任せるぞ? 2人居なくなったけど、これ系湯花が好きだってのは知ってる。だから、肝試し続けたいなら付き合うぞ?」

「ほっ、本当? 本当に?」


「あぁ、本当だよ」

「じゃっ、じゃあさ? 一緒に肝試し……して下さい」


 ったく、ホントにその笑顔は……反則だよなぁ。




「それで? 3階まで来たけど、あとは廊下を突き進めばいいんだったよな?」

「うん。確かそこにピンポン玉あるみたいで、それを持って来てだって」


「その辺抜かりないよなぁ」

「ふふっ」


 ピンポン玉ねぇ。ちゃっかりそういうことは用意してるんだよなぁ監督。


「あっ、海? そういえばさ、4階の噂知ってる?」

「4階?」

「うん。このA棟の4階の奥の部屋って鍵掛ってるんだって、しかもその中はどうなってるのか誰も知らないって」


 言われてみれば、このA棟の2階が俺達の教室だけど、3階にすら滅多に行かないよな? 文化系の部活の部室らしいし。しかも4階なんて……行ったことないかも。


「奥の部屋って……確か3階は図書室だよな? その上の階ってことか……」

「そうそう、むしろ4階自体行かないじゃん? あながち噂通りなのかなぁって」


 ……湯花。これでもお前と付き合い長いんだぞ? なにそんな遠回しに話してるんだ? お前……行きたいんだろ? その噂確かめたいんだろ? だってお前その話してる時、目がキラキラしてるもんな。


「んで? 行きたいってか?」

「ふぇ!? そっ、そんなことは……」


「そんな生き生きとした目で言われて、気付かないわけないだろ?」

「たっははぁ……バレたかぁ。でも海大丈夫?」


「ん? 何がだ?」

「だって夏……」


 おっと、あの黒歴史だけは思い出させるな。大体あんな強烈な不意打ちくらったら誰だってあぁなるの! 


「いいからこのまま4階行くぞ?」

「……うんっ!」




 よっと、そんなわけで4階まで来ましたけど……そこまで変な感じはしないな。それで? 噂の教室は、ここを右に曲がった……あそこか。


 廊下の先に見える大きな扉。図書室のそれと同じ大きさではあるけど、その雰囲気は全然違う。


「じゃあいくぞー」

「了解っ!」


 ったく、めちゃくちゃ嬉しそうだなぁ。でもまぁ楽しそうで何より。

 誰も居ない4階。聞こえるのは俺と湯花の足音だけ。そして近付く噂の教室。

 そんな状況に、俺も少しドキドキし始めていた。


 ここからじゃ暗くて見えないけど、デッカイ南京錠とか掛ってたら結構それっぽいよな? ん? でも扉の上にある小窓から中見えんじゃね? ……あれ?


 なんて考えていると、


「あれ? 海? ちょっとこの教室見て?」


 そんな湯花の声に立ち止まり、その視線の先にある教室の方へ目を向けた。


 ん? 教室? 別に普通の……


「普通じゃないか?」

「でもさ? 私達の教室って廊下側に窓ないよね? 上には小さい小窓はあるけど……」


 言われてみれば確かに……でもこの教室? いや、もしかして4階にある全ての教室がこういう作りなのか?


「そういうことか。確かに教室の造りが違うな」

「そうそう」


 目の前の教室は、廊下側にも窓があって中が丸見えだ。真ん中辺りにデカイ柱の様な部分はあるけど、それ以外はスライド式の窓が付けられている。


「ちょっと中は行ってみるか?」

「にっしし、了解」 


 それは単なる好奇心だった。もしかしたら昔4階で何かが起こって、空き教室だらけになったとか、それを象徴する何かが発見できたり? 心のどこかでちょっと期待している部分があった。けど、


「普通に机とかあるだけだな?」


 その中は、それこそ俺達の教室と何ら変わりない光景でしかなかった。


「けど、空き教室なのに机並んでるって、ある意味変だよね?」

「確かになぁ。この窓の造りとかも下の階と違うしな」


 そう言いながら、俺は窓と窓の間にある柱の様なものをパチンと叩く。夏だって言うのに、その表面は少しひんやりしていた。


「湯花、ここ冷たいぞ? 触ってみろよ?」

「えっ、そうなの?」


 俺の言葉に、湯花もその柱の前までゆっくりと近付いた……その時だった、


 タン……タン……


 階段の方から何かの音が聞こえてきて、俺と湯花は一斉に廊下の方へ視線を向ける。


 タン……タン……タン……


 階段を上がる音? しかも……こっちに近付いてる!?

 次第に大きくなる音はもちろん湯花も聞こえているようで……


「かっ、海……誰か来る?」


 不安な表情で、小さく呟いた。

 肝試しは3階で終わり。4階に来るなんて有り得ないぞ? だったら誰だ? 誰なんだ? どうする、どうする? いや、誰にしてもとりあえず……隠れなきゃ。


「とにかく隠れなきゃ……こっち来て?」


 正直なんでそんなことしたのかはよく覚えてない。けど、あんな湯花の表情見たら居ても立ても居られなくて、頭で考えるよりも先に体が勝手に動いてた。とにかく湯花を……安心させたかったんだ。


 だから、気が付いた時には湯花の手を握っていて、自分のところへ引き寄せていた。

 柱の部分に背中を預け、息を止めた。

 そしてその誰かから必死に隠れるように、



 強く……抱き締めていた。



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