第41話 料理は気合いと下心

 



「野呂ー! お前のイビキのせいで全然寝れなかったじゃねぇか!」

「野呂、さすがに俺もカバーしきれないぞ?」

「俺……廊下で寝ました……」

「そっ、そんなぁ」


 皆の前で吊るし上げられる野呂先輩。そんな悲痛な叫び声がこだまする中、夏合宿2日目はスタートを切った。

 いやぁ、音楽聴きながら寝て正解だったわ。こんなところで姉ちゃんの助言が役に立つとは……


『ん? 皆固まって寝るの? だったら絶対耳栓かイヤホンは必須だよ? 必ず1人はイビキ酷い人居るから。女子でもそうなんだから男子なら尚更っ!』


 あぁ、マジでサンキュー姉ちゃん。昨日若干抱いていた冷やかな気持ちを悔い改めます。


 それにしても、昨日は色々あったなぁ。まぁ、1番はやっぱり……湯花がお弁当作ってくれるってことだよ。湯花のお弁当ね……まさか、そんな流れになるとは思わなかったから実感が湧かないんだね。

 ……そいえば、あいつ風呂上がりめちゃくちゃいい匂いだったな。シャンプーとか持参してたもん。しかも、なんか女湯から出て来た時の表情が、妙に艶っぽく感じたのは……気のせいか?



 なんて、1人だけ昨日の余韻に浸って良い気分だったけど、


「はーいおはよう。いっぱい食べてね?」


 マリリンさんとマネージャーさん達が作ってくれた朝ご飯を前にしたら、


「うまっ」

「美味しいです」

「おかわりもあるからねぇ」

「はぁ男子って分かりやすいなぁ」


 男子バスケ部に漂っていた殺伐とした雰囲気は、瞬く間に消えてしまったけどね?

 なんか女子達の目線が冷たいような気がしたけど……多分気のせいだと思いたい。




 そしていつも通り午前の部を乗り切り、


 お昼は具だくさんの焼きそばを頬張り、


 午後には黒前大学の皆さんに、昨日に引き続きめちゃくちゃ可愛がられた俺達は、




「じゃあキャベツを千切りにしてくれる人ー!」

「はいっ!」

「俺が!」

「いやいや僕だって!」


 マリリンさんと、


「じゃあ、人参とジャガイモ切ってくれてる人ー」

「俺やります!」

「あっ、俺が!」

「いやいやここは……」


 手伝いに来てくれたアリス先生と一緒に、


「じゃあ美味しい晩御飯つくろー」

「「おぉぉ!」」


 晩御飯を作ろうとしていた。

 おいおい、変にやる気出し過ぎだろ。大体お前ら午後の練習終わった時、顔ヤバかったじゃねぇか。


『今日は1年の男子が晩飯の準備な?』


 その監督の言葉聞いて、悲鳴上げてたんだろ。


『1年生の男子? 失敗したら許さないよ?』


 立花先輩達の圧に固まってたんだろ。


 そのくせ、


『それは大丈夫だ、マリリンと今日はアリスも居るからなんとかなるよ』


 って監督言った瞬間、ダッシュで家庭科室行ったんだって? お前らとすれ違った時、可笑しいと思ったよ。何も知らずトイレから戻ってきた時、俺を待ち構えてた女子達の呆れたような顔。キャプテン達は爆笑。湯花だって笑ってたんだぞ? そんな視線を一身に引き受けた俺の気持ちがお前らに……


「マリリンさんてグラビアアイドルだったんですか?」

「どうりでそんなグラマーなんですね?」

「ふふっ、ありがとう」


「アリス先生って彼氏居ないんすか?」

「あぁー居ないねぇ。どっかに良い人居ないかな?」

「とっ、年下はどうですか?」

「年下? 有りだと思うよ。だって……恋に年なんて関係ないじゃない?」

「「うぉぉぉ」」


 なんか心底楽しそうなお前ら見たら、怒る気持ちも消え去ったわ。


「皆楽しそうだな」

「晴下先輩! ここは俺達1年がやりますって」

「大丈夫だ。それに上級生が1人居た方がなにかと安全安心だろ?」


 晴下先輩、あなたクールオブクールなんて呼ばれてますけど、めちゃくちゃ優しいですよね? こんな俺達の心配して……


「……さすがいい形してる。完璧だ」


 ん? なんか……言った?


「先輩何か言いました?」

「いっ、いや? 気のせいだろ?」


「そうですか……」

「それより、さっさと肉切ろうか。今日の晩飯は、練習のお礼も込めて黒前大学の皆さんもご一緒するから結構な量だぞ? 手は洗ったか?」


「えっ! そうなんですか? だから俺達男子なんですね……ふぅ、バッチリです! アルコールで除菌もしました」

「よし、じゃあ皿の準備頼むぞ?」

「任せて下さい!」


 そんな感じで、少々の不安はあったものの……なんとか予定時刻の前までに、豚カツと千切りキャベツに豚汁、豚肉三昧な晩ご飯は完成し、


「うまっ!」

「ちゃんとできてるー!」

「詩乃? あーん」

「はっ、恥ずかしいよお姉ちゃん」

「おっ、ほらっ立花?」

「えぇぇ!?」


 練習に付き合ってくれた、黒前大学の方々を交えた夕食の時間はめちゃくちゃ盛り上がった。

 うん、美味い。豚カツは外はサクサク中はジューシーだし、豚汁もしっかり味が付いてて体に染みわたる。夏だけど……この暑さは全然有りだね。


「うまぁ!」

「さすが俺達」

「本気出せばこんなもんよ」


 おいおい、言っとくけど俺達具材切っただけだからな? 豚カツ揚げたのはマリリンさんだし、豚汁の味付けはアリス先生のおかげだぞ。ったく、調子いい奴らだよ。まぁ、そこがいいんだけどさ?

 なんて他愛もないことを考えながら、皆で楽しく箸を進めていた時だった、


「はーい、じゃあちょっといいかな?」


 突然の監督の声に、一瞬家庭科室内はシーンと静まり返る。

 ん? なんだ?


「せっかくの夏合宿ということで、部活だけじゃつまらないだろ? そう思って俺は考えました」

「ん?」

「なになに?」

「なんだろー?」


「それで突然ですが……肝試しでもやろうっ!」

「肝試し?」

「うそー? 楽しみ」

「うぅ……苦手」


 肝試し? 学校で?


「はいはい。肝試しって言ってもそんな大層なことはやらないぞ? ただ、校内を散歩してもらうだけだし、お化け役とかも居ない。けど、夜の学校は雰囲気違うぞぉ? ひと夏の思い出ってやつさ。どうだ? 両キャプテン?」


「んー、俺は全然良いと思いますよ? なっ、立花?」

「そっ、そうですね? それにただ校内歩くだけなんですよね? まっ、まぁ暇つぶしには良いかもしれないし」

「よっし、決まりだな? いいよな? お前ら」

「「はーい」」


 うおっ、こんなにもバスケ部が声揃ったことなんてあったか? まぁ監督の言う通り、折角ならいい思い出作りたいよなぁ。


「それと? 黒前大学の皆さんはどうします?」

「どうする皆? 俺は全然ありだと思うけど」

「面白そうじゃん」

「だな」


「だだっ、大丈夫かなぁ」

「希乃はそっち系ダメだもんなぁ。大丈夫、ここ七不思議もないから。二不思議ぐらいだし」

「そっ、それだけあれば十分だよぉ」

「まぁまぁ希乃ちゃん。いざとなったら棗が助けてくれるって。ということで俺達も参加させてください不思木監督」


「じゃあ皆参加ということで、時間はそうだな……9時開始でどうだ? 明日は練習も緩くするから大丈夫だろ。じゃあその時間にとりあえずここ集合でよろしくー」

「はーい」

「了解しました」


 肝試しねぇ。 ……ヤバッ、去年の悪夢が蘇ってきた。あいつには注意せねば……あいつに……

 思い出す、あの夏合宿での出来事。暗闇の中突如として現れた湯花に心底驚いたあの瞬間は、心臓が止まってもおかしくはなかった。だからこそ、俺の第六感が警告している。あいつには注意……


 そんな第六感の赴くまま、俺はその要注意人物の方へゆっくりと視線を向けた。多田さんと仲良く話しているその姿は、今限定で人間の皮を被った悪魔にしか見えない。

 とにかく注意だ、気を付けよう。


 豚汁をすすりながら、俺は固く心に決めるのだった。




 そんなサプライズも相まって、大いに盛り上がった夕食タイムが幕を下ろしても、俺達1年にはまだ仕事があった。

 大量の洗い物……それらをこれでもかと必死に洗って、ようやく、


「ふー、疲れたなぁ」

「だなぁ」


 温かい湯船に浸かり、溜まりに溜まった疲れから解き放たれた。

 はぁ、生き返る。筋肉が喜んでいるのがわかるわぁ。


「あぁぁー」


 って、最高のリラックスタイムの雰囲気を邪魔するんじゃないよ、白波。


「おい白波、おじさんみたいな声出すなよ」

「だってぇ、超気持ち良いんだもん」

「確かに分かる」

「わかる分かる」


 いやいや、けど今のはひどいぞ? 完全に高校生の声じゃなかったって。


「そう言えば、肝試し楽しみだなぁ」

「うぅ、俺は嫌だよ」


 そいえば白波、さくらまつりの時お化け屋敷でやらかしてたもんなぁ。冗談抜きで苦手なんだろう。


「それに知ってるか? 中庭に池あるだろ、そこって夜中に出るらしいぞ」

「ひっ、ひぃぃ」


 中庭の池……あぁ確かにあるな。女の子の銅像の近くだよな?


「戸村。それって女の子の銅像近くにある池だよな?」

「それだよ雨宮。噂によると、あの池って昔はもっと大きくて深かったらしい。そんで、ある日夜中に忍び込んだ学生が落ちて……」

「ストップ! お願いだから止めてっ!」

「ははっ、悪い悪い」


 なるほどねぇ、そんな噂も学校ならではだよな。


 夜の学校……本当に何もなきゃいいけどな?



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