第39話 まさかの練習相手

 



 熱気に包まれた体育館。

 滴る汗に、激しさ増すバッシュが擦れる音。その光景はいつもの部活と何ら変わりはない。けど、


「声出してー」

「ドリブルドリブル」

「ダッシュ!」


 心なしか皆、楽しそうな感じはする。

 まぁ、初めての夏合宿らしいし当然だよね? 俺だって、練習もそうだけど皆と居られる時間が増えるのは楽しみで仕方ない。

 それに昨日あんな態度取っちゃって、少し後悔してた湯花のことも、部活終わったらそれこそ何事もなく……


『海? 居残り練習しよっ!』


 って、声掛けてくれて一安心したっけ。もちろんその後、きちんとコーラを献上したよ? まぁその時の無邪気な顔にも動揺はしちゃったけどさ。


 そんな感じで、午前の部は終了。いつもならこれで皆帰るんだろうけど、今日から2泊3日の夏合宿。


「はい、マネの皆さんがお昼用意してくれてるから、調理室行った行った」


 そんな監督の声に導かれるように向かった家庭科室には、大量のおにぎりとお漬物。それを、


「うまぁ」

「あっ、先輩それ俺のですっ!」

「喧嘩すんなぁ」


 バスケ部全員で食べるのも、合宿ならではの楽しみだった。

 おにぎりうまっ! けどこんだけの量、日南先輩を始めマネージャーの3人じゃ結構キツくない? 晩ご飯とか朝ご飯とかの準備もするんだよな?


「あっ、あと言い忘れてたけど、マネージャーだけじゃ大変だろうから女子の1年にも手伝ってもらってるからなぁ。皆感謝しろよー?」


 ん? 女子の1年? 確かに何人か途中で練習抜けてたよな、そいえば湯花も……てことは?

 ゆっくりと席の離れてる湯花の方を見てみると、友達と仲良くおしゃべりしながら、美味しそうにおにぎりを頬張っている最中…………だったはずなのに、俺が目を向けたのがわかったかのようなタイミングで、その視線が俺の方へ向けられる。


 うおっ! マジか、目合っちゃった! 

 なんて思った瞬間、あの笑顔を浮かばせる湯花。


 えっ、その笑顔……はっ! まさか俺が食べてるの湯花が握ったおにぎりとか? いやいやあり得ないだろ? けど、その可能性も少なからず……? って、もはや普通におしゃべりに復帰!? 

 ……なっ、なんなんだよ、その意味深な微笑みはー!




 はぁ、ちゃんと昼休憩取ったはずなのにあんまり疲れが取れてない。くっ、色々と気にし過ぎなのは自分でもわかってるんだけど……あぁ、そんな状態でも夏合宿は止まらないんだよなぁ。


「はいじゃあ午後のメニュー発表するよー」


 ダッシュ無制限とか止めてくださいよ監督? お願いします。


「午後は……延々と試合形式のゲームやってもらいます」


 えっ? 試合形式のゲーム? でも問題はそこじゃない。


「ゲーム?」

「けど延々ってどういう意味だ?」


 その通り、そこんところが気になるんだよねぇ。


「1クォーター10分、休憩なしでずっとゲームしてもらうってことー」


「えっ、休憩なし?」

「待て待て、それってかなりキツく無いっすか?」


 確かに、部員の数は男子20人で女子は18人。5対5で戦うバスケで休みなしってことは、実質試合がない時間帯で休むしかない。男子なら辛うじて確保できるけど、女子は常に誰かが連続で出ないと無理だ。


「まぁまぁ、俺だってバカじゃない。ちゃんと考えてるよ? 夏合宿にふさわしいメンバー」


 夏合宿にふさわしいメンバーって……練習の相手呼んでるってこと? 一体誰なんだ?


「今、多田ちゃんが……」

「監督ー、到着しましたぁ」

「ナイスタイミング。はいじゃあ皆? 夏合宿中、練習相手をして下さる皆さんだ、挨拶ちゃんとね?」


 多田さんの後に、続々と体育館へ入って来る男女の面々。監督の言う限り、そこにいる人達が夏合宿にふさわしいとされるメンバーなのは間違いない。けど、その姿を目にした瞬間思わず、


「「えっ?」」


 俺と湯花は合わせるように驚いた声を出していた。それもそのはず、その先頭に立ち俺達を見つめる人物を……そしてその後ろに立ってる面々を、俺達は知っていたんだから。


「ねっ、姉ちゃん?」

「よっ、海。あっ湯花ちゃん? 手加減しないからねぇ? あと立花、どんだけ成長したか見せてもらうよ?」


「おっ、お兄ちゃん?」

「よう湯花! 頑張ってるか? 海君、ビシバシいくぞ?」


 待て待て、なんでこの2人が? しかも後ろの人達も見たことあるんですけど? ……まさか!


「お姉ちゃん? あの人、雨宮のお姉さんなのか? でも一体……」

「いや俺も聞いてなかった。けど、後ろの人達見る限り、大体の流れははわかるぞ? 白波」

「はい、じゃあご紹介しまーす。黒前大学バスケットボールサークルの皆さんです!」


 やっぱりそうですよね? それしか考えられないよ。しかし、まさか練習相手が大学生とは……


「いやはや、まさかあの宮原透也さんと試合できるとはね。なるほど、監督がこの練習相手だけは教えてくれなかった訳だ」

「えっ? キャプテンそこっすか? むしろ俺は1年の宮原と、あの宮原透也が兄妹だってことの方が驚きなんですけど?」


「はっ! なっ、棗さん……」

「野呂先輩? しっかりしてください? 好きなのはわかりますけど……」

「そっ、そんなことないぞ! 何言ってんだ晴下っ!」


「棗先輩、お久しぶりです!」

「久しぶり立花。海のこと特別扱いしないでくれてる?」

「もちろんです。先輩との約束ですから」


 ん? 立花先輩? 最初から姉ちゃんと俺が姉弟なの知ってたんですか? そんな話題触れてこないから知らないものだとばかり思ってましたけど……なにやら変な会話が聞こえてきましたけど?


「じゃあ多田ちゃん。それぞれ更衣室案内してくれる? じゃあ準備出来次第、さっそく始めるよー」


 ふぅ……いやいや、まさか練習相手が大学生。しかも黒前大学バスケサークルの皆さんだとはね。

 あれ? もしかしてこのこと湯花聞いてたのか? さっきの反応的にはそんな感じはしなかったけど……聞いてみるか?


「湯花」

「うん?」


「透也さんからこのこと聞いてたか?」

「ぜんっぜん! ビックリしちゃったよ。海は? 棗さんから聞いてた?」


「全然。そんな素振りさえなかった」

「なんか上手い具合に騙されたって感じだよね? ふふっ」


「絶対姉ちゃん達笑ってるぞ? この借りは練習で返すしかないよなっ」

「うんっ!」


「湯花。姉ちゃんやっつけてくれよ?」

「海も、お兄ちゃんケチョンケチョンにしてね?」


「「ははっ」」


 打倒兄姉! そんなの誓いを立てながら2人で笑っていたのも束の間、


「あれー?」


 そんな声がしたと思うと、俺達の目の前に1人の女の人が立って居た。

 ん?


「君達、前にゴースト来なかった?」


 ゴースト……ゴーストと言ったら、某ゲームのキャラクター? いやでも来たって言ってるし、となると……あっ、黒前駅前のファミレス!? 確か春季大会の後、皆でご飯とか食べたっけ。その前に美月達に無理矢理連れられてたけど。でもこんな人……


「ゴーストには行きましたけど……あっ」


 ん? 湯花、お前分かるのか? えっと。若干明るめの長い髪。それを結ってて、身長は湯花よりちょい大きいくらい? んで……うはっ! デッ、デカい! うん富士山だね? いやエベレスト! ってあれ? この胸、いやこの感じ、どこかで……はっ!


「もしかして、あの時のウェイトレスさんですか?」


 そうだ! あの時と髪型違うから一瞬わからなかったけど、その立派なモノは忘れるわけがない。あの時、コーヒー持って来てくれた巨乳の新人さんじゃん。けどまさか黒前大学の生徒だったとは……


「やっぱりだぁ。あの時のラブラブカップルさんだよね?」

「えっ……」

「えっ?」


 ラブ……いやいやなに唐突にそんなこと! ちょっ、湯花何とか言ってくれって……


「ラブラブ……」


 って! ダメだぁなんか囁きながら顔真っ赤にしてるんだけど? そして俯いた!? あぁ、仕方ない!


「いやぁ、あの時は部活のことで話してたんですよ」


 よし、無難な返しだな? いいぞ?


「部活……あれ? そう言えば演劇部じゃ……」


 しっ、しまった! えぇ、確かにそんなこと言いましたよ? 湯花が机に頭ぶつけた光景にあなたがびっくりしてたから、演技の練習なんですよぉって言いました。そこまで覚えてるんですか……?


「あっ、詩乃ちゃーん」


 どんな言い訳で乗り切るべきか? そんな若干の焦りが頭を過った瞬間だった、その巨乳の新人さんはその名前を言いながらどこかへ走って行った。

 ん? 詩乃? そんな名前の人って……


 その声に反応するかのように、巨乳さんを出迎える人影。その声はどこか似ていて、顔……というか姿を見た瞬間、その人物が誰なのかは一目瞭然だった。


「やっほー詩乃ちゃん」

「あっ、お姉ちゃん。ようこそー」


「えっ? 海? もしかしてあのウェイトレスさんって……日南先輩のお姉さん!?」


 2人並ぶと、その顔はどこか似ていた。そしてその声と動き、更に特筆すべきはそのお胸。4つのエベレストが揺れる様は、至るところが衝撃的で素晴らしく……姉妹だと認識するには十分だった。

 マジか、山脈……いやあれは小玉のメロンと言っても良い。4つのメロンが躍ってる……


「ん? あんた達、希乃きののこと知ってんの?」


 くっ、こんな至福の時を邪魔しないでくれよ姉ちゃん。それより……きの?


「えっ? あぁ前に黒前駅前のゴーストで会ったんだ。なっ?」

「うん。ウェイトレスさんでコーヒー運んでくれて……」

「あぁ、確かバイト始めたって言ってたもんなぁ」


 まさかあそこで話した人と、こんなところで再会するとは思ってもみなかったけどね。先輩と同じマネージャーしてるのかな?


「いやいや、まさかこんなところでまた会うとは……マネージャーさん?」

「いんや? 希乃はプレイヤーだよ?」

「そうなんですか?」


 えっ! こう言っちゃ悪いけど、バスケしてる姿想像できないんだけど? 結構のんびりしてる感じじゃない? それかバイトの時の慌てた姿しかわからないけど……湯花も同じ反応してるってことは、少なからず俺だけのイメージじゃないよな?


「えっ、でもなんかバスケするって雰囲気が……」

「ははっ、分かる分かる。最初は私もそう思ってたもん」


「さっ最初は?」

「そうそう。だって……」


「あっ、すいませーんボール取ってくださぁい」

「あら? はぁい、ちょっと待ってねぇ」


 おっ、巨乳さんの足元にボール行ったぞ? これでちょっとはその腕前が見れるか? たぶん姉ちゃんの言ってることは……


「ほほう。こんな無数の傷は使い込まれたボールの証。これは……必死に練習を積み重ねてきた証でもある」


 えっ? あのちょっと口調が……


「ふふっ、なかなか楽しめそうだ。よぉーし、遠慮しないでかかって来なさい! 高校生達っ!」

「ははっ、希乃はバスケのことでスイッチ入っちゃうと……人が変わっちゃうんだよね?」



 ……マジかよ。



 色んな意味でキャラ濃すぎなんですけど!? 



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