第38話 不意打ちは止めてっ!

 



 夏休み。

 体育館横にある大きな倉庫。

 そして夏の照りつける太陽の下、


「重い―!」

「こらっ、ちゃんと持て!」

「暑いぃ」

「サボるなぁぁ」


 野郎共の叫びが響き渡る。


 ふぅ。確かにこんな炎天下の中、畳を運ぶ作業は結構ヤバい。てか外でやってる部活の人達凄くね? 体育館も蒸し蒸しするけど、この日差しは凶器でしかない。熱中症・熱射病の足音が後ろから聞こえてくるよ。


 ではなぜ、バスケ部である俺達が外で畳なんかを運んでいるのか……答えは1つ。


「ほれほれー、ちゃんと運ばないと固い床で寝ることになるぞー?」

「ほらほらー、ちゃんと拭かないと変な虫の上で寝ることになるぞー?」


 なんともいやらしい顔で俺達に囁く監督の言う通り、この畳は明日から始まる夏合宿で使うんだ。寝る場所にね?


 という訳で、使わなくなった畳が置かれている倉庫から畳を引っ張る部隊。それを雑巾で綺麗にして運ぶ部隊。男子はその2つに分かれて作業をしてる。俺はというと、畳を拭いて乾かして運ぶ部隊な訳だけど……たぶんどっちもキツいと思うよ?


 倉庫の奥深く。埃まみれの場所から外まで持って来るのは想像以上に体にくるだろうし、俺達だって汚れのついた畳で寝たくないから念入りに拭かなきゃいけない。さらにそれを教室まで運ばなきゃならないし、極めつけは女子だってこの畳使うんだぞ? 虫でも出て機嫌損ねてみろ、あとは恐怖しか待ち受けてないからな?


「あぁ、女子はいいなぁ。中で机運んでるだけだもんなぁ」

「白波、それは仕方ないだろ? ほれ拭け拭け」


「あぁ、もう何枚拭いたかわからない。いくら夏合宿の為とはいえ、合宿やる前に疲れちゃうよ」

「まっ、これも含めての夏合宿だろ? それにキツいだけじゃないって」

「どんだけポジティブシンキングなんだよー」


 そうか? 結構こういう下準備も好きだけど? 文化祭とかも準備から気合い入るタイプなんだけど……もしかして俺だけ?


「うぉー! ほれさっさと拭けぇ! 畳溜まる一方じゃねぇか!」

「ひっひぃ!」

「ヤバイ、丹波先輩ヤバい!」


「やるなぁ丹波! 俺も負けてられないなぁ!」

「きっ、きたぁ! 野呂先輩の5枚運びだぁ」

「ゴクリッ」


 いや、あれとは違うよ? うん。柔道畳とはいえ5枚は有り得ないもん……っと、気を取り直して乾いた畳運ぶかぁ。

 たしか女子は2階の空き教室で男子は3階。体育館から近いとはいえ、何度も階段上るのはジワジワ疲労が溜まってきてキツい。まぁこれもウェイトトレーニングだと思えば何とかなるか? ……頑張れ俺っ!


「じゃあ白波、俺乾いた畳運んでくるわ」

「はいよーお願いします」


「頼むからサボるなよ? キャプテン達と違って、それに気付かれたらあの2人……容赦なく俺達のところに持って来るぞ?」

「……全力を尽くす」

「頼んだぞ」


 よいしょっと。じゃあ俺も早く戻って来れるように頑張りますか。2枚……いや? 持った瞬間手が限界だってわかるわ。安全に1枚で行こう。


 畳1枚を持ち上げ、体育館を抜けると、そのまま階段で2階へと向かう。

 最初に3階終わらせといてよかったぁ、あと1階上がるなんて正直キツよ。


 そんなことを考えながら、なんとか2階へ到着すると、そこには片付けが終わったであろう女子バスケ部の面々が集合していた。


「おっ、雨宮お疲れー」


 そんな中で俺に声を掛けてくれたのは、マネージャーの多田さん。その額に見える汗と手で仰ぐような仕草は、男子に負けず劣らず女子の作業の大変さが垣間見える。


「お疲れ。机の移動とか終わった感じ?」

「うん。だからちょっと休憩中。男子の方はどう?」


「倉庫から出すのはいいけど、拭くのに意外と時間掛かってるかな?」

「なるほどー、じゃあ立花先輩に話して女子も手伝いに行くよ」


「そりゃ助かる」

「皆でやった方が早いしね? じゃあちょっと言いに行ってくるよ。立花先ぱーい!」


 あっ、行ってしまった。いやぁ多田さんて結構行動的だよな? なんか部活の時もキビキビ動いてる気がするし、まぁミスしたら注意もされるけどね? 

 なんかマネージャーってよりコーチの方が似合ってるかもしれないな。確か中学校ではバスケやってたらしいし……意外と有りだよな? って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。俺も畳を教室の中に……


 よいっしょ。ふぅ。大体教室の3分の2くらいあればいいんだよな? じゃああと半分くらいかぁ。にしても、学校の中もやっぱあっちいぃ。タオル持ってくりゃ良かったぁ。


 そんなことを考えながら、腕で額の汗をぬぐった時だった。首元に突然感じる優しい肌触り。そして、


「はいっ、これ使って?」


 背後から聞こえるその声に、例の如くビクッと反応してしまう体。

 あぁ、あれ以来なんとか普通に話しはできるようにはなったけど……いきなりの行動には一瞬動揺しちゃうんだよなぁ。


 湯花さん。


 ゆっくりと振り向いた先にはやっぱり湯花が立って居て、俺と目が合った瞬間にあの笑顔を見せる。

 うっ、だからその笑顔も反則なんだって……あぁもう!


「あっ、サンキューとっ、湯花」

「ふふっ、どういたしまして。あっ! それ使ってないやつだから? 洗濯したばっかりのやつだから安心して?」


 いや、こんな石鹸の良い匂いしてるんだからそれはさすがに分かるよ。大体、使用済みのタオルなんてさすがに渡さないだろ?


「わかってるって。でもホントありがとう」

「いやぁ、背中の汗見たら、さすがにタオル必要だと思ってね」


「えっ、そんな背中ヤバい?」

「結構……ヤバい!」


 マジか! バスケ部しか居ないとはいえ、さすがにそんな格好見られるのは恥ずかしいんですけど?


「マジかぁ、結構恥ずかしいな」

「そう?」


「えっ?」

「それくらい動いてる証拠だよ? 私は良いと思うけど?」


 なっ、なっ、何言ってんだよ! そそそうやって俺の反応楽しんでるのか? そういうプレイか? くっ、ダメだ落ち着くんだ海。冷静に冷静に……よし、話題をサッと変えちまおう。


「ゴッ、ゴホン。あぁそれにしても喉乾いたなぁ」

「喉?」


「まぁ外で作業してると日差しがさぁ」

「あぁ、今日は特別暑いもんねぇ」


 こっ、これは上手くいったか? 意味深な反応から逃れることができたのでは? 


「私スポドリなら持ってるけど……」

「おっ、マジで?」


「……ちょっと口付けちゃってるけど」

「あぁ丁度良いや、それ飲ま……ん?」

「えっと、だから2口くらい飲んだスポドリなら……あるよ?」


 2口飲んだ……?


「飲んだスポドリ?」

「うん。海さえよければ……飲む?」


 飲む? ……って! 待て待てなにさらっと言ってんの? あのさ? 湯花口付けたんだよね? それを俺に差し出すって、俺も飲んだらそれかっ、かっ、間接キスじゃん? いやいやなに普通にそれ認めてんの? OKしてんだよっ!


「えっと、やっぱ我慢するわ。下行けば自分のあるしっ……じゃあ俺もう一仕事してくるわ! マジでタオルありがとな? 湯花!」

「あっ、海?」


 そんな捨て台詞のような言葉を口にしながら、俺は足早に廊下に出ると、急いで階段を下りて行った。

 自分でも分かってる。まるで湯花から逃げるような行動だって。もしかしたら傷つけちゃったかもって……けど、未だに湯花の何気ない行動に動揺してしまう自分が居て、自分でもどうしていいか分からなくなる。


 あぁ、ヤバい。普通に話す分にはまだ何とかなる。けど、その1つ1つの行動が変に気になっちゃって仕方がない。


 はぁ、マジでどうしちゃったんだよ俺の体。



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