第37話 おかしな自分

 



 今って一体何時なんだろう。そんなの分からないくらい、ひたすら目を瞑って横になっているのに……


「あぁ! 暑くて寝られない!」


 そんな状態に思わず目を開けると、部屋の中は真っ暗。確かに夜中なんだってことは分かるけど、額から流れる汗はその蒸し暑さを物語っていた。


 暑い。蒸し暑い。たぶん夏休み入ってから1番の蒸し暑さだ。扇風機だって強なのに、上向きにしてるからか涼しい風が感じられないよ。

 弱にして直接風当てるか? 


 なんて思ったりしたけど、寝られないのはこの暑さだけが原因じゃない。それは自分自身がよく知っていた。


『ねぇ、海? あなたのことが……好き』


 いつもと違った雰囲気に、想像さえしなかった湯花の言葉。それを思い出すたびに、


「うーっ」


 たちまち顔が熱くなって、心臓の鼓動が音を立てて波打つ。そしてそれに呼応するかのように流れる汗と乱れる呼吸。そんな状態で寝られるわけがなかった。


 マジかよ湯花。本当に俺のこと好き……なのか?




『好きになるのに理由なんて……ないんだよ?』


 そう優しく呟いた湯花の表情は、正直今まで見たこともないくらい綺麗だった。それにそんな突然の衝撃に、気の利いた返事なんてできるはずもなくて、


 嘘……だろ? 湯花が俺のこと好き? 本気か……? 


 そんな疑問だけが頭の中をグルグル回っていたんだ。


『えっ……と、いや……』


 必死に何か言おうとしたけど、全然浮かばない。俺を見つめる湯花の顔見るのだって、急に恥ずかしくなって視線だって定まらない。周りから見ても明らかに動揺してるってのはバレバレだったと思う。もちろん目の前の湯花にも。


『ふふっ、ごめんね? 海』


 そんな姿を見かねたような、湯花の言葉。そのおかげで少し落ち着くことができたっけ。

 おっ、落ち着け……落ち着け。とっ、とりあえず落ち着いてちゃんと話をしよう。


『なっ、なんで湯花が謝るんだよ』

『急に変なこと言ったから……びっくりさせちゃったよね?』


 びっくりするに決まってるだろ? あんな顔であんなこと不意打ちで言われたら誰だって……


『あんな不意打ち、誰だってびっくりするよ。でも、嘘じゃ……ないんだよな?』

『うん。本心だよ? 心からそう思ってる』


 だよな? あんな湯花の顔なんて見たことない。何かに包まれるような大人っぽい表情は、完全に俺の知ってる湯花じゃなかったし……そんな状態で嘘なんてつかないだろ。

 だとしたら、本当なんだよな? 本気なんだよな? まだちょっと信じられないけど、湯花は俺のことが好き……

 そう言ってくれるのはもちろん嬉しい。心から嬉しい。けど……


『そっ、そっか。湯花の気持ちは……素直に嬉しい』

『本当? 良かった』

『けど……』


 なんて言ったらいいのかわからない。本当に嬉しい。そんな風に俺を思ってくれているってだけで嬉しい。けど、学校でも部活でも気兼ねなくなんでも話せる仲が良い女友達だったんだぞ? 

 てっきり湯花だって俺のことそう思っていると思ってたのに……いきなりそんなこと言われたら、なんて返事したらいい? なんて反応したらいい? どれが正解でどれが不正解なのか、この一瞬で判断なんてできないよ。


『海? 私ずっと待ってるよ?』

『えっ……』

『返事、いつまでも待ってるから』


 待ってるって……


『私は今しかないと思って、想いを伝えた。けど、だからって海が無理に答える必要はないんだよ?』

『湯花……』

『海が経験したこと。解決したとはいえそんなに時間は経ってないこと。それも理解してる。だからどれだけ時間が掛かってもいい。だから海が言いたくなった時に……返事を下さい。私はそれまでずっとずっと海のこと想い続けるから』


 俺が返事するまでずっと俺を思い続ける。

 そんな一生に一度言われるかどうかさえ分からない。まるでドラマか恋愛漫画のような湯花の言葉は、何処か胸に響いた。

 おかげで、せっかく落ち着きかけた気持ちが逆戻りだよ。


『でもね、海?』

『なっ、なんだ?』

『これからは私のこと、仲の良い女友達に(仮)くらいは付けて欲しいかな?』




 あぁ、思い出すだけで熱い。汗が止まらない。

 卑怯だったか? けど、あの状況で即答なんてできない。しかも俺の返事待ちにするなんて……まぁ、あの場は助かったけどさ?


 ふぅ。でもぶっちゃけ俺は湯花のことどう思ってるんだ? 確かにあいつと居たら楽しいし、どれだけ居たって苦じゃないと思う。

 バスケのことだって価値観は似てるし、話だって合う。だからこそ大学のサークル誘ってみたり、居残り練習誘ったり……はっ! 待てよ? 俺は単に仲が良いからって理由で色々誘ったりしてたけど、第三者から見たらどうなのよ? 普通に有り得ることなのか? 異性の子誘って居残り練習? 大学のサークル? ……しかも事情があったにしろ、湯花と2人で……2回も遊んでる!? 


 うぅ……そう考えると、今までの自分の行動全てが変に気になっちゃうじゃん! 

 はぁ、ヤバイ。目が冴えちゃって寝るどころじゃないよ。でも、明日も部活あるんだから不眠はまずい! とっ、とりあえず今日は置いといて、早く寝よう! うん、そうしよう!



 ――――――――――――



 チュンチュンチュン

 …………結局、寝ては起きて寝ては起きての繰り返しで……まともな睡眠できませんでした。


 自転車に乗りながら、全身に感じる太陽が眩しい。

 いつもなら心地良いはずなのに、この季節も相まってめちゃくちゃ日差しが強い、


 痛いぃ。ただでさえ乏しい体力を削らないでくれぇ。

 そんな中、死に物狂いで到着したいつもの駐輪場。額にはすでに汗が姿を現していた。


 ヤバイ。駅まで来るだけでこんなに体がダルいだと? やっぱり睡眠は大事なんだって思い知ったわ。待てよ、こんな状態で部活大丈夫か? なんて、練習を想像した瞬間、さっきとはまた違う汗が滲み出てきた時だった、


「おはよっ、海」


 そんな聞き覚えのある声、それも昨日の夜に聞いたばかりの声が耳に入った。そしてその瞬間、少しだけ鼓動が早くなる。


 そっか、当たり前だよなぁ。同じ時間の列車乗るに決まってるよな?

 湯花。


 向けた視線の先に居たのは、Tシャツに短パン姿の湯花。やっぱり昨日の半纏姿に比べると、こっちの方が見慣れてる気はするけど……


「あっ、あぁ。おはよう」

「んん? なんか顔色変じゃない? 大丈夫?」


 はっ! なんだ? なんだよこの感じ。至って普通に話してるはずなのに、その心配そうな顔……変に意識しちゃうんですけど!?


「確かに暑かったからねぇ」


 いやいや、半分以上はお前のせいだからな? なんてこと言えるわけもなく、


「いやいや、昨日はヤバかったって」


 とりあえずそれっぽいことを口にしながら改札を抜けると、俺はなんとかさっきの動揺を乗り切ろうとしていた。そしていつもの列車、いつもの席に腰を下ろす。


「ふぅ……」

「よいしょと」


 ん? ちょ、ちょっと近くない? なんか体触れちゃいそうなくらいなんですけど、いっつもこんな近かったっけ? あれ? しかも列車乗ってる時こんな石鹸の良い匂いしてた? それにこいつ、よく見るとパッチリ二重で、唇もプルプルしてて……結構可愛い顔してないか? それに特に気にしてなかったけど、意外と胸も……


「ん? どうかした?」


 はっ! なんだ? いつも見せてる顔だろ? なのになんでこんなに変に意識しちゃうんだよ。ヤバい、やっぱり俺なんかおかしい。絶対におかしい。いっ、いったい……



 どうしたらいいんだぁ! 




 ――――――――――――――――――――――――

 あの後。湯花の場合




「お兄ちゃん、海も乗せてくれてありがとうね?」

「おう、気にすんな」


 ガラガラ


「ただいまぁ」

「おかえり湯花」


「ふぅ、お母さん? 今日旅館のお風呂入るー」

「この時間帯なら大丈夫かな? 良いわよ?」



 よいしょっと。サラシキツかったぁ、まだ慣れないや。んっと、取ったら一気に解放感っ。お客さんも……居ないね? じゃあ、いざ露天風呂っ!


 ふぅ……気持ち良い。それにやっぱここから眺める景色は最高だね。あっ、そうだった。お兄ちゃん露天風呂入りながら花火見たいって言って喧嘩になったんだっけ。確かに見えるけど、ちょっと小さいんだよねぇ。


 ……今年の合同運行楽しかったなぁ。海も一緒に参加してくれて、それに花火まで一緒に見れてさ? 花火……花火……?


 はっ! 


「言っちゃった……言っちゃった、言っちゃったっ! キャー」


 思い出しただけで顔から火が出るくらい恥ずかしい。つっ、伝えたんだよね? 私……海に自分の気持ち伝えたんだよね? うん。そうだよ? ちゃんと伝えたんだ。それに自分でもわかってた。海は叶ちゃんとのことケリつけてスッキリしたって言ってたけど、それとまた恋をするってのはイコールじゃないって。

 それにこんな短期間じゃ無理だよね? でも私はそれでも知って欲しかった、海のことが好きだって。だから後悔なんてしてない。海が他の誰かを好きになって、私にどんな返事をしたとしてもそれは変わらないよ?


 でも……だからってただ待ってなくてもいいんだよね? 私は海に自分の気持ちを伝えた、海もそれは知ってる。じゃあさ? 海にそう思ってもらえるように努力してもいいんだよね? 行動してもいいんだよね?


 ……ちょっと積極的にしても? ちょっと色気とか? はっ! でもやり過ぎはダメだよね? 前みたいになっちゃうもん!


 けど2人きりの時は良いよね? 振り向いてもらえるように……仲のいい友達(仮)から恋人になれるように……アプローチしてもいいよね?


 だって、どうしようもないくらい海のことが好きなんだもん。誰にも渡したくないし、ずっと隣に居たいんだよ。だから……うん、頑張ろうっ!


「おーい湯花! 大丈夫か? なんかデカイ声聞こえたけど!?」


 はっ! お兄ちゃん? どうして……男の露天風呂に? もしかしてお兄ちゃんも入りに来てた!?

 しかも大きな声って……きっ、聞かれてた? 全部聞かれてた!? 


 うぅ……もう……もうっ! 



「お兄ちゃんのバカっ!」

「えっ!? えぇぇ……」



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