第30話 放物線の先

 



 ようやく訪れたハーフタイム。

 俺の心中は穏やかじゃなかった。


 クォーター途中で、何度か交代をしたけど……正直コートの外から見ても、実際に対峙しても……そうそうに攻略は難しいと思わざるを得ない。


 はぁ……ベンチも暗いだろうな。最初のリードが嘘のみたいに逆転されたんだし。

 足取りが重く、何処となく落ち込みながらベンチに向かうと……


「はぁー。やっぱ一筋縄じゃいけねぇなー。なぁ? 下平」

「ははっ。そうですねぇ」


 嘘のように明るい会話が耳を突き抜ける。

 えっ? 監督? キャプテン? なにそんな呑気に……


「まぁ、デイビスの守り方が春季大会同様で良かった。それが分かっただけでも2クォーターは価値があったよ」

「野呂先輩にパス出そうとした瞬間の、ディフェンスの動きも変わってなかったすもんねぇ」

「だな。俺に対する守り方もだ」


 はっ、はい? 先輩達? コートの上では結構つらそうにしてませんでした? なのにベンチ来て早々、その発言は……嘘ですか? 本音ですか!?


「じゃあ、ここまでは見立て通りだ。じゃあやることは分かるね?」


 監督はそう言うと、少し口角を上げる。その何か企むような嫌らしい笑い顔は……まさに敵役がするそれと同じ。


「そうですね?」

「だな」

「了解です」

「オッケーっす」


 って、あれ? なんで皆、俺のこと見てるんですか? えっ……なんですかぁ!?



 こうして始まった第3クォーター。そのスタートはスタメンメンバーで変わらず。

 そして緊張の後半戦。俺はまだ、半信半疑のままコートに足を踏み入れる。


 いや。本当に大丈夫かな? 本当に……

 その背景には、ハーフタイムで告げられたある作戦があった。




『そろそろ雨宮の武器を、効率的に使い始めても良いな』


 かっ、監督? 


『おっ、俺の武器って……』

『何言っちゃってんの? 大体練習みてりゃ分かるよぉ? 3ポイント練習してるだろ?』


 たっ、確かにそうですけど……


『それは……でも、まだ……』

『いやいや雨宮。練習でも、その確率は高いと思うよ』


 キャッ、キャプテン!?


『ですけど、試合じゃそこまで……』

『それは、積極的にシュートしてないからだろ?』

『そうだな』

『雨宮。遠慮するのは分かるけど、今は試合だ』

『そーそー。確率が高いなら狙うのは当然。先輩後輩関係なしだぞっ!』


 えっ、えぇ……んなこと言われても……


『そこでだ。後半早々から雨宮?』

『はい?』


『とりあえずオフェンスの時、3ポイントライン……それもエンドラインギリギリ。0度の場所にずっといてくれ』

『えっ? ずっとですか?』

『そうそう』


 それって、極力端っこに居ろってことですよね?


『でもそれじゃ、ゾーンを崩す動きが出来ませんよ?』

『それは大丈夫』


 うおっ。監督……どこからそんな自信が。


『雨宮がそこに居れば、勝手に崩れると思うから』

『勝手にって……』


『いいかい雨宮。翔明実業にとって、雨宮の存在は未知数だ。ただ、第2クォーターであらかたの力量は図れたはず』

『力量……ですか?』

『ここまでの雨宮のスタッツは3ポイント1本のみ。ディフェンスはかなり良いが、オフェンスはそうでもない……ってとこかな?』


 グサッ!

 めちゃくちゃ痛いんですけど!?


『はっ……はは……』

『だけどそれも想定内。1年生がスタメンだと、どうしても遠慮はしちゃうのは当たり前。余程の強心臓の持ち主じゃない限りね?』


『想定内……ですか?』

『それこそ大きな武器なんだよ。だからこそ、あえて決勝から君をスタメンにしたんだ』


 あえて決勝から? 一体監督、何を考えてるんですか?


『本来なら大会初日から起用して、雰囲気に慣れて貰いたかったけどさ? 俺や下平……野呂や晴下に丹波も、目標は全国出場。その為には必ず翔明実業を倒さなきゃいけない。だからこそ、あえての決勝から。その意味分かるよね?』

『えっっと……その……』


 本当は大会初戦から? けど、翔明実業を倒す為にあえて決勝でスタメン? それにキャプテンも皆知ってた? その意味?


『全ては雨宮の能力を隠す為。その3ポイントって武器をね?』

『えっ? そんな武器だなんて……』

『ふふっ。本人には分からないかもしれないね? でも、第3クォーターでその意味が分かるし、実感すると思う。だから……宜しくね?』




 宜しくって! いや、まぁ言われた通りにしますよ? ずっとエンドラインギリギリに居ますよ?

 第3クォーター。守る翔明実業のディフェンスは変わらずゾーンディフェンス。相変わらずセンターの野呂さんにはピッタリマークが付き、他の3人でパス回し……まではさっきと変わらない。

 そしてそのボールが俺の所に回って来る。


 来た。けど、絶対3ポイントを打たせないようにマークが…………来ない!?

 それは俺自身が驚きを隠せなかった光景。


 さっきまでここに陣取っていた晴下先輩には、容赦なくプレッシャーを掛けていたディフェンス。なのに、俺に対しては距離を取るだけ。

 言わば、ノーマークと言っても良いその距離と余裕に……逆に焦る。


 えっ? こんなに距離空けてていいの? 俺、シュートしちゃいますよ?

 なんて思っていた時だった、監督の言葉が蘇る。


『君のスタッツは3ポイント1本。ディフェンスはかなり良いが、オフェンスはそうでもない……ってとこかな?』


 ……あっ、そういうことか。俺はオフェンスがいまいち、前半の3ポイントもまぐれ。試合を通して、挙げた得点も多くはない。それも3ポイントは特に!


 つまり俺はノーマークにしてもいい。そう言うことか。

 じゃあ、遠慮なく……


 シュッ


 打たせてもらいますよ?


 スパッ


 耳を通るネットの乾いた音。

 バウンドするボールの音。


 驚きを見せない翔明実業の面々に、


「ナイシュッ」


 笑顔を見せる下平キャプテンと先輩方。

 そんな光景に、俺はようやく監督達の意図を理解した。


 流れを引き寄せる為の武器。ノーマークからの3ポイント。

 それが自分の役目なんだと。




 ピピーッ


【白、タイムアウト】


 あぁ、体が熱い。照明がめちゃくちゃ眩しい。それに歓声なのか応援なのか……めちゃめちゃ騒がしい。

 ……いや、それもそうか。だって俺たち以外の誰もが予想しなかった大接戦を、最強王者相手に演じてるんだもんなぁ。


「すまん、最後の最後でデイビスにやられた……」

「気にするな大河。お前でダメなら誰もあの巨体は押さえれないって」


 試合はあっと言う間に第4クォーター。そしてスコアは73対75。ふぅ……2点ビハインドで、残り時間はわずか3秒。俺達の残されたのはラスト1プレー……にも関わらず、


「でも燃える展開っすよ? ここで決めたら最高っすよ?」

「だね。まさに俺が言ってた通りに燃えてきたね?」

「サインプレーで延長狙いますか?」


 ここまできていつも通りって……流石です。先輩方。


 第3クォーターの3ポイントから、流れは少しずつ変わりつつあった。

 俺をノーマークにすれば決められるし、マークに行けばその空いたスペースをキャプテンや晴下さんが狙う。

 結果として、俺自身が今まで黒前に足りなかった3人目のアウトサイドシューターとなることで、オフェンスの幅が広がった。


 そして綻びを見せた翔明実業のゾーンディフェンス相手に食らいつく。

 ただ、相手も王者。そうはさせまいと退ける。


 まさに一進一退の攻防のまま……この終盤の局面を迎えた。


「どうしよっか? 延長? 逆転? 普通だったら延長を狙うのが定石だよね?」


 監督の言う通りだ。延長戦があって2点差なら、確実にシュートを決めて同点にするのが普通。それを常勝軍団翔明実業が知らない訳がない。


「けど、それって確実に翔明実業も分かってるっすよね?」

「まぁ、そうだろうね」

「エリア内でのディフェンス重視だろうな」

「じゃあどうしますか? 監督」

「んー、1つ提案」


 流石です監督。こういう時監督の閃きが重要なんですよね。


「相手は恐らく、最後のシューターを下平か晴下に絞ってると思う。いくらこの試合で雨宮がノッているとはいえ、1年に託すとは考えないだろう」


 それは明確だ。この試合でもやっぱり得点源はその2人なんだからマークするのは当然。


「そして、絶対に2点取って引き分け狙いで来るだろうと思っているはず。なら……その予想を全て外してしまえ」


 予想を外す!?


「つまり狙いは逆転のスリーポイント」

「正解! さすがキャプテン。ならそのシューターは?」

「……雨宮ですね?」


 はっ……はぁ!?


「正解!」

「じゃあ決定で」

「それで行きましょう」

「よっしゃ、燃えて来たぁ」

「スクリーンは任せろ」

「ちょっ……」


 いやいや、なんで皆乗り気なんですか? 普通のシュートより確率落ちるスリーですよ? しかも打つのが俺って……


「んー? どした?」

「俺じゃダメですよ! 絶対キャプテンか晴下先輩の方が……」


「なぁ雨宮、皆知ってるって言っただろ? お前が練習の後、宮原と一緒に居残り練習してるの。それに第3クォーター早々、俺の期待にこたえてくれたじゃない?」

「でっ、でも監督……」

「普段の練習見てても、その成果は分かるって。自分じゃ実感出来てないかもしれないけど、俺より上手いよ?」


 キャプテン……


「間違いないよ。それに俺はスリーあんま得意じゃないんだ」


 はっ、晴下先輩……


「おいおい雨宮ぁ、お前今日のスリー決定率知らないのか? この試合に限って言えば……4/4。やべぇよ?」


 えっ……そうなんですか? 丹波先輩。夢中過ぎて全然知らなかった。


「ノリに乗ってるとはいえ、まさかこの場面を1年に委ねるとは誰も思わないだろ? 意識は聖か晴下のどちらかに違いない」


 野呂先輩……


「だから、自信を持て。ていうか、俺達が信用してるんだから……バッチリ行けよ?」

「キャプテン……」


 ……なんだろう、そんな重要な役割任されて手も足も震えてるけど、先輩達の言葉聞いてたら今の自分ならイケそうな気がする。これが自信って奴なのかな? 頑張って、皆に認められたその結果。それが今……沸々と感じる。


 できるかな? いや……やるしかない。これを目標に俺は練習してきたんだ。それを自分の手で決めて、翔明実業倒して皆で行きましょう、 


「俺……やります。いえ、やらせて下さい!」


 全国へ!


「良い顔だよ雨宮。いいか皆、泣いても笑ってもラストワンプレー……行くぞ! 黒前ー」

「「おぉぉ」」




 ――――――――――――




 何時からだろう、あんなに眩しかった光がこんなにオレンジ色になったのは。

 何時からだろう、あんなに歓声に包まれていたのがこんなに静かになったのは。

 何時からだろう……


 俺がここに座って居るのは。


 全然分からない。どうやってここに来たのか、何時間ベンチに座っているのか。けどそんなの……どうでも良い。


 俺は取り返しのつかないことをした。それだけははっきり覚えているんだから。


 皆が託してくれたボールを受け取った時、作戦通りに俺を邪魔する奴は居なかった。そして俺は迷うことなくシュートをした。それは完璧だった……指先のかかり具合も力加減も完璧だった……完璧だったんだ。でも……


 リングに触れ、その上で2度バウンドしたボールは……ゴールへ入ることはなかった。


 呆然と立ち尽くす俺に、先輩達が何か話してくれたけど、全然聞こえない。

 悔しくて、自分を信じてくれた先輩達に合わせる顔が無くて……


 すみません


 それしか言葉が出なかった。


 それからは、本当に記憶がない。気が付いたらこの公園の、このベンチに座って……うなだれてた。

 でも、いつまで経っても事実は変わることはない。


 俺は先輩達を……全国へ連れて行くことが出来なかったんだ。


 ただひたすらそのことだけが頭の中を埋め尽くし、ただただ後悔しか浮かばない……そんな終わりの見えない感情に、心が押しつぶされてしまいそうな時だった、


 どこからともなく、


 その声は……聞こえてきた。



「うぉ~い、元気ないなぁ。どしたの海?」



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