第28話 静動火花散る

 



 様々な高校の名前が記されたチームジャージにカバン。それらを携えて、黒前市武道館へ続々と集まる勝ち残った強豪校の面々。

 そんな彼らに混じるように、俺達もその舞台へと足を運んで行く。


 あの敗戦から、やれることはやった。日が経つにつれてキツくなった練習にも耐えて、俺達には乗り切ったって自信がある。そしてチームとして最高の雰囲気のまま、今日という日を迎える事が出来たんだ。


 2年の丹波たんばさん、晴下さん。3年の樋村ひむらさん、野呂のろさん。そしてキャプテンの下平しもひらさん。この過去最強と言われるこのメンバーで絶対に叶えたい。


 打倒翔明実業! インターハイ初出場! って目標を。


 1日目、2日目と盤石な試合展開で後半は、ほとんどサブメンバー主体で勝ち進んできた。その分先輩達が体力温存できたのはものすごくデカい。


 勿論メンバーだけ見れば、十分翔明実業に対抗できるとは思う。けど、翔明実業との差は他にある。黒前高校史上最強といわれる現メンバーの中で、中学の時全国大会を経験したことがあるのは下平先輩ただ1人。その経験の差は簡単に埋めれるものじゃない。


 そして1番の問題は……選手層の厚さ。県内王者に憧れて入学する生徒は数多く、その誰もが中学時代はエース級。そして全国を経験した2・3年。そんな連中がスターティングメンバー以外にもゴロゴロいるなんて、正直卑怯だって口にする気にもなれないくらい羨ましい。


 だからこそ、先輩達の体力温存ほど重要なことはない。そして俺達サブ組は、見事それを成し遂げることができた。そう、あとは……先輩達を信じて、自分も出番があれば全力でぶつかるだけ。


 ん?

 そんな時だった。俺達と並走するように、何処からともなくやってきた集団。その青と白のチームジャージには見覚えしかない。


 早速遭遇かぁ……翔明実業さん。

 青色に白のラインが入ったチームジャージは、いかんなくチームカラーを印象付ける。むしろこのジャージを知らないバスケ部は県内には居ないだろう。


 なんてことを考えていると、先頭を歩く人物がこっちに視線を向ける。そして後ろのチームメイトになにやら話し掛けると、さっとその集団から抜け出て、俺達の方へ向かって来た。


 あれ? 誰か来る? あの顔……翔明実業のキャプテンじゃね?

 翔明実業キャプテン、藤島ふじしまけい。まさに強豪校のエースと言わんばかりの爆発的なオフェンス力で、点数を荒稼ぎするスコアラー。

 聞く話によると、すでにBリーグのチームや大学からの声が掛かっているらしい。しかしそんな人がこっちにわざわざ? もしや挑発?


 そんな藤島はスタスタと俺達の前に来て立ち止まると、


「久しぶりだな。ひじり


 唐突にキャプテンの名前を口にした。


「そうだね。敬」


 聖? 敬? なんで名前……もしかしてこの2人知り合い?


「悪いが、今回も俺達が勝たせてもらうぞ?」

「それはどうかなー? 着実に点差は詰めてるよ?」


「春季大会か? 俺が居ないところで点差を縮めても、何の意味もないぞ?」

「あぁ、アンダーー18かぁ。お疲れ様」


 U-18……さすがだ。


「お疲れ様? 噂だとお前も呼ばれてたらしいが? まさか県の春季大会如きに出てるとはな?」

「誰の情報さ。ただの噂だろ? それに……春季大会は俺にとって、皆で大会に臨める大切な時間の一部だからね」


「……まぁいい。決勝で待っておいてやる」

「まずはお互い準決勝に集中しないとね?」

「ふんっ」


 なんか言うだけ言って行っちゃったなぁ。気のせいかな? キャプテンに敵意むき出しって感じもしたけど……って、その前にキャプテンもU-18に呼ばれてたって本当なのかな?


「聖、お前呼ばれてたのか?」


 おぉ、流石樋村先輩。俺達下級生じゃ聞きにくいことをサラッと。


「だからぁ噂だろ? 呼ばれてないって」

「本当か?」

「でも……」


 でも?


「さすがにあれだけ言われちゃったら……ちょっと燃えちゃうよね?」


 その瞬間、キャプテンの顔から笑みが消える。それは今までに見たことの無い表情で、多分俺も含めて全員がその変化に息を飲んだと思う。

 それくらい、キャプテンがこの高校総体に賭ける思いは強いんだ。それを目の当たりにしたら……


「じゃあ……行こうか!」


 皆付いて行くに決まってるじゃないですか。


「「おぉぉ」」


 そして、ついにその時は……訪れた。



 ――――――――――――



「じゃあみんな集まってー」


 たくさんの観客に、鳴り止まない応援。そんな今までに経験したことない雰囲気の中、聞こえてきた指示通り俺達は監督の周りへと集合する。


「いやぁ、いい雰囲気だねぇ」

「やっぱり1つのコートでしか試合がないとなると……皆の視線が集中してるのが分かりますね」

「おい、聖と晴下。おまえ達はなんでそんな余裕なんだよ」

「おっと野呂先輩? 俺だって余裕っすよ?」


 確かにいつもは2面あるコートで絶え間なく試合やってるけど、決勝は1コートだけ。だから必然的に観客の視線が集まる。

 その緊張感は……その場に立った人じゃなきゃ経験できない。ちょっと足震えてるもん。


「まぁまぁ、いつも通りいつも通り。とりあえず、女子は過去最高の3位! だったら男子は……分かってるよな?」


 監督……全くブレないなぁ、流石です。それに女子も決定戦きっちり勝って、過去最高成績の3位は凄いよなぁ。湯花も普通に出てて活躍してたし。


「じゃあ早速スターティングメンバ―発表しちゃうよ? まずは……」


「下平」

「はい」


「野呂」

「はっ、はい」


「晴下」

「はい」


「丹波」

「ういっす」


 恐らくスタメンはいつも通り。あとはどこで投入されても全力で行けるように準備……


「雨宮」


 ……ん? あれ? 今俺の名前呼んだ? 違うよね?


「雨宮?」


 えっ……俺!? はっ! 監督こっちの方見てるし、皆も見てる! てことは聞き違いじゃ……ない?


「はっ……はい」


 でも待って? 樋村先輩は? 今までずっとスタメンで俺なんかより……


「じゃあこのメンバーで行くぞ? いいか? 悔いだけは残すなよ?」

「「はいっ!」」


 そんな監督の言葉を受け、ベンチへ戻って行く皆。けど俺は、嬉しいはずなのに素直に喜べずにいた。

 悔いって……だったらなんで1年の俺を? 俺から崩されて大量失点でもしたら一気に翔明実業に離される。そうなったら追い付くことは難しいって、監督も先輩達も知ってるはずなのに……


 そんな時、


「雨宮、そんな顔すんなよ」


 そんな言葉と一緒に、後ろから肩を叩いたのは……樋村先輩だった。


「せっ、先輩! 俺……」

「ははっ、言いたいことは分かってるって。けどな? このメンバーを監督に推したのは俺なんだよ」

「えっ……」


 樋村先輩が俺をスタメンに推した……?


「ハッキリ言って雨宮。お前は俺より遥かに上手い。ディフェンスだったらまだ対抗できる余地はあるけど、その他全てな? それに身長だって俺よりずっと高いし、リバウンドに参加できるだけでかなりの戦力アップだ」

「そっ、そんなことないです」

「謙遜すんな。俺は本当のことしか言わない。それに監督も聖も俺の意見には……肯定的だった」


 かっ監督も、キャプテンも?


「だからこそ、この決勝までお前のこと隠してきたんだぞ? 翔明実業を驚かせる為にな?」


 嘘だろ? そんな期待を決勝前にいきなり言われても……困るんですけど!?


「でっ、でも……」

「俺や監督、聖。大河に晴下に丹波が認めたってことは、部員全員が認めてるってことなんだよ。だから……行ってこい」


 皆に認められた……? 俺が? 

 春季大会からどうにかして先輩達の力になりたかった。だから練習も頑張ったし、湯花と居残り練習を毎日やった。それが認められるだけでも……素直に嬉しい。


「でも所詮は開始のメンバーってだけだぞ? 不甲斐ないプレーしたら速攻で交代だからな?」


 けど、これで喜んでる場合じゃない。もう1つやり遂げたいことが残ってる。それは……


「はっ、はい!」


 皆で全国の舞台へ!



 ―――それでは黒前高校スターティングメンバーを紹介します―――


 ―――キャプテン、下平聖しもひらひじり君―――


 あぁ、こうやって名前を呼ばれるなんて初めてだなぁ。


 ―――5番、野呂大河のろたいが君―――


 当たり前か、決勝に来ること自体初めてだもん。


 ―――7番、晴下黎はるしもれい君―――


 めちゃくちゃ注目されて、拍手を受けて……こんな経験二度とできないかもな。


 ―――8番、丹波嵐たんばらん君―――


 だから……


 ―――14番、雨宮海君―――


 自分が出来ることを、悔いのないように出し切ってやるっ!



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