第27話 なんて素晴らしい日
辺りを囲むたくさんの木々と、風に揺られる葉っぱ達。そして横を流れる川のせせらぎが、日常生活とは違った雰囲気を作り出す。息を吸えば混じりっ気もない新鮮な空気が体の中に入り込み、頭上からは太陽の光が優しく体を包み込む。
あぁ、なんて良いデトックス……
「ぎゃー! 蛇だぁぁ!」
「いっ、いきなりデカい声出すなよっ!」
「やめろ白波! 抱き付いてくんじゃねぇ」
あの、止めてくれますかね? 折角のマイナスイオン台無しにしないでくれます? しかも白波、それ枝だから。
まるでいつもの教室でのワンシーンを見ているようだけど、もちろん学校なんかじゃない。ここは黒前市郊外にある
「ちょっと白波君?」
「ふふっ」
「相変わらずビビりだなぁ。そんなことだから試合出れないんだよ?」
多田さんキツイなぁ。まぁバスケ部でもこんな感じだしね? けど水森さんと間野さん? そんなのほほんと言ってないで、雰囲気ぶち壊さないように注意してくれます? それこそズバっと。
そんな具合で最後尾から、いつものメンバーの様子を眺めていると、不意に聞こえる、
「あぁー、つまんないなぁ」
なんて聞き覚えのある声。まぁもちろん当てはまる人物は1人しか居ない。ゆっくりと視線を向けると、そこに居たのは欠伸をしながらダルそうに歩いている湯花だった。
「あのさ? 質問なんだけど、自分達のクラスは良いのか?」
「だってハイキング始まった時点で、皆各々仲良い人達で固まって行っちゃったじゃん? 律儀に守る必要ないでしょー。真面目君だなぁ海は」
確かに名目上はクラスごとにって話だったけど、コース入った瞬間無数の団体に分かれたもんな。まぁでも……
「ぎゃー! 虫、虫ー!」
「こっち来んなぁ」
「白波! 首っ! 首っ!」
「ちょっとー」
「はははっ」
「はぁ……情けない」
楽しいから良いか。にしても、なぜこいつはこんなにもテンション低いんだ? こういう自然とか虫に魚、好きそうに見えるんだけど?
「んで? なにがそんなにつまらないんだ?」
「なんで? 海? 私の家がある場所忘れたの?」
場所? 確か駅から車で15分くらい山の方にある……
「駅からもちょっと離れた山の中にある温泉地だろ?」
「せいかぁい」
「……ん?」
「ん? って、そこまで知ってるのに分かんないの?」
いやいや、それだけでわかるもんなの? んーと、湯花の家は駅からも結構離れた山の……ん? 山? あれ? もしかして……
「もしかして、家の周りも山だらけなのに、変わり映えしないこんなところに来てもつまんないってことか?」
「せいかぁい」
あぁ……言われてみると、そう感じても仕方ないかもな。
「確かに、あの辺に居たら常にマイナスイオンに囲まれてそうだもんな」
「湯気とマイナスイオンでお腹一杯だよぉ。できれば水族館とか遊園地がよかったなぁ」
「まぁ、黒前高校の遠足と言ったら毎年ここらしいし仕方ないだろ?」
「そりゃそうだけどさ……」
「まぁみんなも居るし、勉強から逃れられるんなら、楽しまないと損だぞ?」
「努力しまーす」
てな具合で、いまいち乗り気じゃない湯花を無理矢理引っ張りながら、俺達はハイキングコースを突き進んだ。まぁ幸い誰も怪我すること無く完走できたし、
「カエル! しかもデカいっ!」
「こりゃやべぇ! 谷地触ってみろよ?」
「無理無理! これは無理!」
「湯花、お前カエルとか大丈……ん?」
「カッ、カッ……カエルは無理ぃ!」
「おっ、おいっ!」
すげぇ、まるで部活並みの速さで行っちまったぞ?
「なんか意外だねぇ」
「うっ、うん」
「雨宮君は知ってたの? 湯花がカエル苦手だって」
「いや……俺も初めて知ったよ」
あいつもある意味、退屈しなくて済んだみたいだしね?
――――――――――――
そんなハイキングも無事終わり、やってきたのはお昼の時間。ゴール地点である開けた場所で、またもや散り散りになる集団。そんな中、俺達も丁度良い場所を探していると、
「この辺で良いかな?」
「良いんじゃない?」
「じゃあここで」
小さい小川の隣に広がる平らな原っぱを見つけ、各々持って来たレジャーシートを広げ出す。
「いやぁまさかそんな理由でテンション低かったとわねぇ」
「そんなって……雅ちゃん? これって結構重大なんだよ?」
「まぁ確かに家の近所もこんな感じなら、その気持ちも分からなくはないなぁ」
あっ、白波……お前下手に口挟むと火傷するぞ?
「白波君? 確かに田舎だけどさ……ちょっと笑ってない? 」
「えっ、いやぁ」
ほらぁ。ただでさえ黒前市に住んでる人のこと、ちょっと羨ましく思ってるんだからさぁ。正直俺も羨ましい。
「大体さ? うちもそうだけど、海のうちだって周り田んぼしかないんだよ?」
「なっ!」
俺に飛び火したぁ! なっ、なんで俺? 隣に座ってるからかっ!? 確かに似たような景色広がってますけど……巻き込まないでっ!
「いやいや、確かに田んぼしかないけど、石白ショッピングモール近いからっ!」
「ははっ、結局どっちもどっちじゃねぇか」
「なんだと?」
「なんですと?」
谷地……お前がそれを言うのか? 他の人達に言われるのはわかるけど、お前はちょっと違うだろ? 絶対に違うからな?
「お前の家は合併して黒前市だけど、むしろ市街地よりこっちの方が近いからな!?」
「谷地君の家は黒前市の僻地でしょ!?」
「ひっ、ひいぃ!」
「谷地ー、やっちゃったな?」
「だね?」
「はははっ」
「ふふっ」
なんて、遠足に来ても結局いつもの昼食会と変わらない辺り、変わり映えはしないけど……やっぱり楽しくて、どことなく安心してる自分が居る。
ふぅ。弁当も食べたし、天気も良いし……あとは時間まで昼寝かな?
「谷地! あっちにアスレチックあるぞ?」
「マジか? いいねぇ! 行こうぜ?」
「怖いなぁ」
ったく、お前らホント元気だなぁ。
「雨宮ー! お前どうする?」
「俺は良いよ。総体近いし、骨折でもしたらシャレにならん」
それにできることならこういう時間で体力回復させたいんだよねぇ。特に足なんか乳酸溜まりまくりでさ。
「そっか。間野さん達はどう?」
「いいねぇ、食後の運動に丁度いいじゃん」
「滅多に来れないし、行こうよすずちゃん?」
「私でも行けるかな?」
おっ、なんだなんだ? 女子組も意外とやる気満々じゃん。ということはもちろん……
「湯花ちゃんどうする?」
「私は……遠慮しとくよっ! やっぱ今週総体あるしさ?」
「そかそか」
なんだ、てっきり張り切って行くのかと思ってたけど……意外だな? 雨でも降らないよな?
「じゃあ、あそこまで競争だ!」
「あっ、待てぇ」
「じゃあちょっと行ってくるね?」
「湯花ちゃんと雨宮君、荷物お願いしても良いかな?」
「了解」
「はいよー」
そして元気に行ってしまった皆の背中を眺めながら俺は、
「ふぅー」
足を延ばして完全にリラックス状態だった。
いいなぁ、マジで寝ちゃいそうだよ。
温かい日差しに、心地よい風。目を閉じて、そんな最高のお昼寝の雰囲気に包まれて居た時だった、
「うぅ……」
そんな場に相応しくないうめき声のようなものが聞こえる。
なんだ? てか近くに居るのは1人しかいないわけで……ん? もしかして本当は具合でも悪かったのか?
そんな若干の嫌な予感が頭を過った瞬間、俺は目を開けて湯花の方へと視線を向ける。するとその先で見たものは……
「しっ、しびれるぅ」
必死に立ち上がろうと、膝に手を当てている湯花の姿だった。
……あの湯花さん? もしかしてさっきのうめき声は、しびれる足に悶絶していた故のものですか?
「おーい、湯花? 大丈夫か?」
「だっ、大丈夫……」
いや、大丈夫じゃないよね? むしろそこまでしびれるほど正座してたの? もしかして昼ご飯食べてる時ずっと正座だったの?
「もしかしてだけど、昼ご飯食べてる最中ずっと正座してた?」
「たっはは……」
「いやいや、皆結構足崩してたじゃん?」
「わっ、私足崩して座れないんだよね。家でも基本……あぐらだし」
あぐらって……いや何となく容易にその姿を想像できてしまうんだけど。
「別に足伸ばして食べてもよかったんじゃないか?」
「いやぁ、それはそれで行儀悪いかなって……」
律儀の方向性がちょっと違うよっ! ったく変なところ気遣うんだよなぁ。仕方ない。
「手貸してやろうか?」
「えっ……いいの?」
「それくらいお安い御用だ」
「かたじけのうござる」
そんなわけで、足のしびれた湯花を助けるべく腰を上げようとした……その時だった、
「あっ……」
その零れるような声が聞こえたかと思うと、目の前の湯花が前のめりに倒れ込む。
それは一瞬だった。けどその瞬間、倒れこむ湯花の動きがまるでスローモーションのように遅く感じる。
俺は俺でなぜかとにかくこのまま地面に倒れたら怪我するかもっ! なんて考えしか頭の中になくって、気付いたら湯花助けようと……立ち上がってた。
ぶっちゃけそのあとのことは良く覚えてない。ただ、体が何かに当たって、その勢いに押しこまれるように自分の体が倒れて行く感覚はあった。そして、
うっ! いってぇ……
背中感じる硬い感触と若干の痛みに、俺はゆっくりと目を開けたんだ。
……ん? あれ?
ぼやけた視界の端に見える誰かの……髪の毛。それに体に感じるちょっとした重みと、あたたかい温もり。そして徐々にハッキリとしていく中で俺が目にしたのは……俺の上に倒れ込むジャージ姿の誰かだった。
はっ、はぁ? まてまてどういうこった? 思い出せ……そうだ、湯花が前のめりに倒れて来たから、俺助けようとした。そして……俺も倒れた? ということは、今俺の上に居るのは……湯花?
体に感じる重み、ジャージ越しにも伝わって来る体温。胸の辺りに感じる柔らかい感触に、どこからともなく香る石鹸の良い匂い。それが湯花だと理解した瞬間、一気に体が熱くなって、心臓の鼓動は自分でも分かるくらい波打つ。
やっ、やばい! 色んな意味でやばい。なんだよこの状況! 不可抗力とはいえこの密着は……まずい! えっと両手は動……はっ! 何やってんだ俺の左手! この感覚、普通に湯花の背中に乗っかってるんですけど? これ人によっちゃ抱き寄せてる風に見えなくもないだろ!
……けど、触ってみてわかったけど、湯花ってめちゃくちゃ体細くないか? にも関わらず、なんかモチモチしてて心地良さが凄い。
それにシャンプー? ボディーソープ? 石鹸っぽい良い匂いがめちゃくちゃするんですけど?
そしてハッキリとわかる感触。明らかにこれは胸……だよな? やっ、柔らかい……ってバカ! 何考えてるんだよ。
あぁ心臓が破裂しそうだ、顔が熱い。湯花が横向いてて良かった。こっち向いて倒れてたら、どうなっていたことか……とっ、とりあえずどうにかしないと。これ以上続いたら、どっ、どうにかなっちゃいそうだよ! とりあえず左手どけてと……
「とっ、湯花? 大丈夫か?」
「んっ、うぅん」
なっ、なんつう声出してんだよ。卑怯だ……そんな色っぽい声聞いたことないぞ。
「怪我無いか?」
「か……い? 怪我って……はっ!」
そんな今現在の状況を理解し切ったような声を上げた湯花は、
「ごごごっ、ごめん! 海!」
途端に慌てるような声を続けざまに口にすると、物凄い速さで俺の上から体を起き上がらせた。次第に薄れて行く胸の感覚に若干の名残惜しさを感じつつも、
「よっ、よかった。元気そうだな」
未だに落ち着かない心臓の鼓動を感じながら、冷静な言葉を言えた自分を褒めてあげたい。
「ほほっ、本当にゴメン! 重かったでしょ? めちゃくちゃ重かったでしょ? 体大丈夫? 肋骨折れてない?」
いやいや焦り過ぎだって。それにお前めちゃくちゃ軽かったぞ? ちゃんとご飯食べてるのか心配なくらいの細さだったし。
「そんなにヤワじゃないって、よっと」
そう言いながら俺も体を起こすと、まだ冷静になれないのか、
「いやっ、でもでも……」
辺りをキョロキョロ見回し、どことなく顔が赤くなっている湯花。その様子に、恥ずかしかったのは自分だけじゃないって安心した。
「気にすんなって。それに逆に軽すぎて心配になった」
「ほっ、本当?」
「本当」
うわぁ、冷静装ってても全然鼓動が落ち着かないよ。
「にっ、にしし。それ聞いて安心したよ」
やばいってか、改めて思い出しちゃったかもしれない。
「……ねっ、ねぇ? 海? 私達もやっぱ行かない? アスレチック」
普段何気なく話してるけど、
「あっ、あぁそうだな。行こう」
湯花も……女の子なんだって。
全く落ち着きを見せない心臓の鼓動に、まだ薄っすら感じる温もり。
そしていつものように笑って俺に話し掛ける湯花の顔は、どことなくいつもと違う雰囲気に見えた。
……それにしても良い匂いだったな。それに見た目以上に……デカい? ……ふぅ。いやぁ、
ホント今日は良い日だなぁ。
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