第26話 掛ける言葉は1つだけ
今週の土曜日10時に黒前駅前。それは山形が俺達に告げた勝負の日だった。
そしてただいまの時刻は11時……いや、たった今12時になったか。
結局、湯花から間野さんの過去を聞いたあとも、俺は山形に何かできたわけでもなく……今日という日を迎えた。
俺だってバカじゃない。そんなの山形に言ったら、折角の覚悟を無駄にするって分かるし、逆の立場だったら怒りさえ覚えたと思う。それに、あいつの顔を見たら止めるに止められなくなって、
『じゃあ明日頑張って来るわ!』
なんて爽やか笑顔で言うもんだから、
『おう! こうなったらぶち当たるしかないよな?』
なんてこっちも言うしかないじゃん? ネガティブ発言なんてできる訳ないじゃん?
「よっし、11本目!」
「はぁぁぁ」
おそらく今はお昼ご飯食べてるとして、告白するなら帰り際だよな? なんだろう、こう決めつけるのはダメなんだけどさ……失敗したらどう声掛けりゃいいんだ?
「へいへい、集中しなよ? 海ー。まさかの6連敗しちゃうわけ?」
俺の方を見ながら少し呆れるように話す湯花の声。
6連敗? あぁそういえば今居残り練習中だったな。しかも6連敗って……月曜から金曜まで負けてるとか地味にヤバくね? 気が気じゃないとはまさにこのことだよ。
しかも自分達じゃ何もできないってわかってるからこそ、尚のこと歯痒い。とりあえず、間野さんの状況とか知りたいな。少しでも山形に可能性があるなら、それだけでも安心するし。
「湯花」
「なんだい?」
「間野さん、今日山形と遊ぶとかって言ってた?」
「やっぱすずちゃん達のこと考えてたんだ。今日だもんね?」
ん? 今日だって知っているということは……
「てことは」
「うん。すずちゃんから聞いたよ?」
「マジか!? どんな感じだった? 嫌そうだった? 複雑な顔だった? それとも……」
「ちょ、落ち着いてよ。私達に教えてくれた時は、すんごい楽しそうだったよ? 今度山形君と遊びに行くことになったんだーって」
たっ、楽しそう? なんだ、それじゃあもしかして間野さんも山形のこと気になってるってことなんじゃね?
「そうかぁ」
「ふふっ、海ってば本当分かりやすいよね? 安心した?」
結構安心した……って、分かりやすいってなんだよ。顔に出てるってか? べっ、別にー? ただの山形のことだしっ!
「んな訳ないだろ? あいつが決めたことなんだし……どっちに転んでも受け入れる覚悟はあるだろ」
「うわっ、そういうところが分かりやすいって言われる所以だよ? ふふっ」
くぅー、これってやんわり馬鹿にされてね? ディスられてね? いやいやだって仕方ないだろ? そりゃ友達なんだからバッチリ背中押したし、勢いそのままいつものあの姿で成功宣言してもらいたいよっ!
でもさ……だからこそ最悪な方向も想像しちゃうんだよ。教室に入って来た山形が超ネガティブだったらどうしようってさ? そうなったら接し方がわからんのだよ!
「悪かったな」
「まぁそれも海らしいけどね?」
どういう意味だよ。やっぱからかってるよね? あれか? 精神的攻撃で6連勝をもぎ取る作戦か? ……なかなかやるな湯花。
俺らしいね……あっ、らしいと言えば山形のやつ、普段の様子からは似つかわしくないこと言ってたな?
『告白に正しいタイミングなんてない』
……かぁ。なんか妙に説得力感じたのも、山形自身が苦い経験したからなんだろう。
実際、そう言われて俺も谷地もなんも言えなくなっちゃったし。正しいタイミングかぁ……ん? 丁度良いところに、いい感じの人居るじゃないか。
「次決めたら12本目の湯花さん。ちょっといいかい?」
「何だい? まだ8本目の海君。私は先に……」
「告白に正しいタイミングってあると思うか?」
「こっ、告白!?」
バーン!
俺の何気ない言葉に、動揺する湯花。そしてその影響は正確だったシュートフォームにまで及び、物凄い勢いでゴールのバックボードにボールが直撃する。
あっ、なんか申し訳ないな。決してタイミング見計らって言った訳じゃないぞ? 本当だよ?
「いっ、いきなり何言い出すのさぁ」
「いや、ごめん。にしても……動揺した?」
「あんなタイミングバッチリで言われたら、誰だってこうなるよぉ」
ははっ。でも勝負は勝負だし?
「でも外したから交代な?」
「うぅ……仕方ない。納得いかないけど」
予想以上の動揺っぷりだったけどね。
「それで?」
「えっ?」
「だから、湯花はどう思う?」
「さっ、さっきの告白に正しいタイミングって話?」
「そうそう」
「もしかして、山形君がそう言ったとか?」
「げっ!」
なっ、なんでバレたんだ?
「なんでバレたんだ? みたいな顔してるけど、今まさに山形君達の話してんだから、誰だって察するでしょ?」
「まぁ……そうだよな」
言われてみれば確かに……
「あのさぁ? 海?」
「はい?」
「その質問を付き合ったことも、告白したことも、されたこともない私に聞くってどうなのよ?」
「えっ?」
「なに口開けて、えっ? だよ! なんだ嫌味か? そうなのか? いや、絶対そうに決まってる!」
「いやそんなつもりじゃ……」
あれ? 湯花って誰とも付き合ったことないのか? いやまぁ、表面上はそんな素振りなかったけど……男子の中ではその明るい性格と、黙っていれば……上の中くらいの顔で人気は結構あったはずなんだけど? まさか告白されたこともないなんて……
「もうっ! それだったら経験のある海の方が……」
経験……
「あっ……ごめん」
その経験って言葉に、一瞬頭の中に叶の顔が浮かんできた。けどそれを察したのか、湯花はすぐに言葉を飲み込むと、申し訳なさそうに少し俯く。
あっ……やば。自分で話振った癖に、なに気遣わせてんだよ。俺にとってはもう過去の話で、振り向くこともない。それにあの頃のあいつはもうこの世にはいないんだ。だから……
「何謝ってんだよ。俺の吹っ切れ具合はわかりやすいと思ってたんだけど?」
避ける意味なんてないんだ。
「へへっ、そうだったね。じゃあ海、ズバリ聞いちゃうけどさ?」
「なんだ?」
「海はどうして叶ちゃんに告白しようと思ったの?」
叶……に? ……それは、小学校の時から一緒のクラスで、
「んー、思えばずっと同じクラスでさ」
知らない間に意識し始めて、
「学年上がるうちに、なんとなく気になり始めて」
気付いたら好きになって、
「たぶん小6の辺りでは完全に好きだった」
「わぉ……キュンキュンだねぇ」
そのニヤニヤ止めてくれよ。
「ごほん! それで中学に入った時、告白するなら今かなって思って……告白したんだよ」
「キャー! やばっ、顔熱くなってきた」
「なんだよ。こっちだって恥ずかしいんだぞ!」
くぅ! 俺は一体何を言っているんだ? なに過去の思い出話を赤面しながら湯花に?
「ごめんごめん。でもさ、海? まさしく今の山形君って、その時の海と同じ気持ちだったんじゃない?」
「えっ?」
同じ気持ち?
「だって海は中学校は入るタイミングで、今かなって……自分自身で思ったんでしょ? 自分自身で覚悟を決めた山形君と、状況的には一緒じゃない?」
言われてみれば……確かに。
「そうかも……しれない」
「なぁんだ、だったら簡単じゃん?」
「簡単?」
「うん。だって山形君の、告白に正しいタイミングなんてないって言葉の意味、1番理解できるのは海なんだもん」
俺……?
そうか。俺も今の山形みたいに何の根拠もない状態で、自分自身が感じたままのタイミングで……叶に告白した。じゃあその時俺は何を考えていた? 告白した本当の理由は……?
「そうだな。あの時俺は、叶を誰かに取られるのが嫌だった」
そうだ、中学校っていう人数が増える場所で、他の誰かに叶を取られるのが怖くて、嫌だった。
「すごい……ね」
って! なに口に出しちゃってんだよ俺! 絶対イジられんじゃん!
「悪い、今のなし。気持ち悪い発言だから忘れてくれ」
「そんなことないよ?」
そう言う湯花は優しい笑みを浮かべて、俺のことを真っすぐ見ていた。けど、その表情が自分の恥ずかしさをさらに助長させたのは間違いない。
「なに冗談言ってんだよ」
「冗談じゃないよ? だって私ならそんな風に思われてるってだけで……ものすごく幸せな気持ちになれるもん」
幸せって……いやいや、いつものように笑ってイジッてくれよ。
「それじゃ海? もしもだよ? もし告白した時、叶ちゃんに断られてたら……後悔した? 自分の行動のせいで叶ちゃんとの関係が崩れちゃったりしたら……告白したこと後悔した?」
後悔かぁ。どうだろう? あの時の俺っていい意味で最悪な事態って想定してなかったんだよなぁ。でも、俺だったら、諦めの悪い俺だったら……
「いやぁ、たぶん少しは後悔すると思う。でもそれも一瞬でさ? これからどんどんアプローチしてやるって、逆に燃えてたかも」
「もっ、燃える? ふふっ、バスケやってる時の海じゃん!」
えぇ? 今度は結構普通に笑われたんですけど? 本気で答えたのにその反応は……正解なのか?
「いやいや、だからあくまで俺の……」
「多分さ? 山形君もそう思ってるんじゃない? ただでさえ苦い経験してるし、彼にとっては思いを告げるだけでも凄く勇気が要ると思う。その覚悟を決めたってことはさ……結果はどうあれ、過去の自分を越えた行動に後悔なんてしないんじゃないかな?」
過去の自分? 湯花それって……
「へへっ、完全に私の勝手な勘だけどさ? 海もそういう経験あったりしない?」
経験って、こいつ完全にわかってて言ってるだろ? あぁそうですよ、俺もその件に関しては心当たりあるし、もちろん後悔なんてしてない。そうか、そういうことか……だったら俺のするべき行動は1つだけだよな。
なんか色々変に考え込んでバカみたいだよ。本当に……簡単じゃん。
「よっ!」
シュパッ
「あっ……ナイシュッ!」
「さて、11点さん。多分ここからその点数は増えないぞ?」
「なっ! さっきまでと違って清々しい顔してー」
それに色々思い出させてくれてサンキュー。
「ん? どうかしたのか?」
「くぅー!」
ははっ。あぁ……これから先、俺はもう1度山形みたいな気持ち……取り戻せるかな?
――――――――――――
そして週の空けた月曜日。
いつもは俺達よりも先に居るはずの山形の姿が、教室にはなかった。
あのあと、山形からの報告のストメもなかったし、結局どんな結果なのか俺達は全然分からない。
けど、結果がどうであれ……俺が取るべき行動は決めている。
「よっ、おはよう!」
そんな時、少し小走りで教室に入ってくる山形。その姿を目にしたのも束の間、
「おはよう! んで山形、どうだった?」
間髪入れずに谷地が問いただすと、俺達の様子を見た山形がゆっくりと……口を開いた。
「ははっ、ダメだったよ!」
「マジかよぉ!」
それはもちろん残念な報告ではあった。けど、そう話す山形の顔はいつも通りの明るい表情で……後悔なんて更々感じない。
やっぱそうだよな。後悔なんてするわけないよな。だったら友達として掛ける言葉は……1つだけ!
「でも山形、諦めたわけじゃないだろ?」
「ふっふっふ……当たり前じゃんっ!」
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