第25話 八方塞がり?

 



 いつもの様に熱気がこもる体育館。絶え間なく聞こえる皆の声。ただ、今日に限れば、少しだけ集中できない自分が居る。

 あぁ、まずいなぁ。非常にまずい気がする。どうしたもんか……


「おい雨宮!」

「ん?」


 そんな白波の声にハッとしたのも束の間、目の前に迫るボール。急いで両手を構えたものの、その瞬間親指に響き渡る痛み。

 それは一瞬関節が折れ曲がったのかと思うくらいの衝撃。そしてそのあと、じんわりとその痛みが染み渡ってくる。


「いっつ!」

「おっ、おい大丈夫か?」


 やばっ、完全に気抜いてた。突き指とは……でも左手で良かった。


「大丈夫! ただの突き指だ。悪い、ボーっとしてたわ!」

「そうかぁ……あっ、日南ひなみ先輩居るから、練習前にテーピングしてもらいなよ」

「だな」


 白波にそう告げると、俺はステージの方へ向かって歩き出す。そこではデジタルタイマーやら、ドリンクやらをマネージャーの皆さんが忙しなく準備していた。


 はぁ……やっちまった。でも練習前で良かったよ。いかんいかん……てか全ては山形のせいじゃねぇか。いきなり、告白する! って唐突にもほどがあるだろ?

 そんな山形に対する恨みを心の中で呟いていた時だった、


「あれ? どしたの雨宮君?」


 そのお淑やかな声が、俺の耳に聞こえて来る。


「あっ、日南先輩すいません。実は突き指やっちゃったみたいで……」

「あちゃー大丈夫?」


「とりあえず左なんで支障はあまりないかと」

「でもきちんとテーピングして早く治さないと。クセになったら、あとあと厄介だよ? ほら見せて?」


 そんな日南先輩に向かって、おもむろに左手を伸ばすと、


「親指かな? ちょっと待ってね?」


 慣れた手つきでテーピングをしてくれる。

 いや……初めてテーピングしてもらったけど、かなり手慣れた手つきだよなぁ。さすがは……うはっ!


 そんな様子をただただ眺めていただけだった、けどそれは全くの無防備で俺の目の前に……あった。

 ステージの前で手を差し出す俺。片やステージの上で正座をしながら前かがみになってテーピングしている日南先輩。だったらそれが、俺の目の前に現れるのは当然だった。


 Tシャツの首周りが開いてて、そこに見えるは……まるでエベレスト級の谷間。そして極めつけは、その山々を守る黄色のブラ……


「ったく、集中しなきゃダメだよ? 雨宮君」

「……はっ、はい!」


 すげぇ、前のウェイトレスさんも凄かったけど……さすがはバスケ部イチ、いや2年生……いや黒前高校イチと噂されてる巨乳の持ち主日南詩乃ひなみしの

 ……うん。めっちゃ元気出たぁ!



 ――――――――――――



 ガタン


「どしたの海? なんか滅茶苦茶調子悪くない?」


 巨乳エネルギー切れましたぁ! けど、居残り錬までよく持ったよ。それにしても、やっぱ無理! こんなの考えるなって方が無理だろ?




『俺……間野さんに告白する!』

『『えぇ!?』』


 こっ、告白ってお前……


『山形、お前マジで言ってんのか?』

『マジだ』

『いや、お前が間野さん推しなのは重々承知してるけど……』


 いや、俺も全く同じ反応だぞ谷地。山形が間野さんのこと気になってるのは分かる。現に昼食会でも、さくらまつりでも間野さんに話しかけたり、アピールは結構しているのも知ってる。けど……


『なぁ山形。俺が言うのもあれだけど、ちょっと時期尚早じゃないか?』

『時期尚早?』


『あぁ、お前が間野さん気になってるのは知ってる。けど、いくら話す機会が多いにしろまだ知り合って2ヶ月弱だぞ?』

『そんなの……分かってる』


『俺も雨宮の意見に賛成だぞ?』

『それにお前、間野さんと2人でデートかそういうことはしたの?』

『それはまだだけど……』

『だったら……』


 うん、山形。お前が間野さん好きなのは十分分かる。でもまだお互いのこと知る為の時間が足りないんじゃないか? それこそもっと皆で話して、遊んでさ? そんで2人で何回かデート行って勝負! って流れが定石じゃね? 


『2人が言いたいことはわかってる』


 ん? 


『けど俺は……今しかないと思ってるんだ』


 なっ、なんでそうなる! 


『いやいや、お前俺達の言いたいこと分かってるんだろ? なのになんで?』

『そうだぞ? もっと時間かけて、間野さんと接して仲を深めて成功率上げてさ? 然るべきタイミングで勝負するだろ?』

『普通……はな?』


 普通? なんだその含んだ言い方、お前……なんかあったのか?


『なぁ山形。そこまで焦るような理由あんのか?』

『……はっ、やっぱそういうとこ鋭いよな? 雨宮は』


 まぁお前がそんな真剣な顔してる時点で、ただごとじゃないと思ってたよ。


『実はさ、中学の時気になってる女の子いたんだ。まぁ小学校から一緒だったから普通に仲良くてさ?』


 小学校から一緒……あぁなんだろう、まるで自分のことを思い出させられるね。


『気がついたら俺はその子好きになってて、けどいざ告白しようにも、断られて今までの関係が壊れたらどうしようなんて考えちゃって、全然踏み切れなかったんだ』


 なるほど……気持ちは十分わかる。


『そしたらさ、中3の時……その女の子に彼氏出来たんだ』

『彼氏……?』

『そうだよ谷地。ははっ、笑っちゃうだろ? 結果として俺は振られたんだ。二の足踏んでるだけで、自分の気持ち伝えることなく振られたんだ。その女の子に笑顔で報告された時、辛くて、悲しくて、悔しくてさ? 心底俺は……思った。どうせなら……自分の気持ちを伝えて清々しい気持ちで振られたかったって』


 マジかよ……山形。


『だからさ? 2人の言ってることも分かる。焦ってるって思われるのも分かる。けどさ、そんな経験したからこそ感じたこともあるんだ……告白に正しいタイミングなんてない』


『だからこそ、俺は今このタイミングだと思った。俺自身がそう思ったんだ。だから失敗したって、間野さんとの関係が消えちゃっても後悔はない。だから、今度間野さんをデートに誘って……告白する。それを2人に伝えたのは、俺なりの覚悟なんだ』

『山形お前……』

『山形……』


『なんかごめんな? まだ知り合ってそんな経ってないのに、こんな重い話ししちまって。けど、お前らとは、なんか中学校辺りから既に一緒に居た気がして仕方ないんだ。だから……怒らないでくれよ?』




 って! あれはヤバいよ! それから頭の中は色んな意味で山形一色なんですけど?


「んー」

「海、なんかあった?」


 ありまくりでこっちの精神がどうにかなりそうなんだよぉ。 ……あれ? そういえば湯花さん? あなた間野さんと同じクラスだよね? 友達だよね? なんかこう情報とか……ってダメだろ。それを聞いてどうすんだ。


「いやっ、なんでもないよ! ははっ」

「……海ー? 私を甘く見ないでよ?」


「甘くなんて……」

「大体海が集中できてないのなんて丸わかりだよ? ほら、なに?」


「なにって……」

「なーにー?」


 おいっ! 近い近いって! あぁもう、ホントこういうところは勝てないわ。


「わかったわかった。実はさ……」




「すずちゃんに告白!?」

「声がデカいっ!」


 まぁさすがにこの時間体育館に人は居ないだろうけど……


「ごめんごめん」

「そんなわけで、どうしたもんかと思ってさぁ。湯花はそれ系の話って間野さんと話したりしてる?」

「うーん……」


 待て待て、その明らかに困ったような顔と言葉……嫌な予感しかしないんですけど!


「私もさ詳しくは聞いてないけど……とりあえずすずちゃんに彼氏はいないのは確か」


 それは……いつぞや言ってた気がするな。


「それに、話の中でも山形君っておもしろいよねーとか、それらしきことは何度も話してたりもする」


 えっ!? マジ? それって結構良い傾向じゃね?


「じゃっ、じゃあ結構脈ありなんじゃ……」

「そうなんだけど、問題は……」


 問題……


「問題?」

「海? これ私が言ってたとか口が裂けても言わないでよ? ある程度、海のこと信用してるから言うんだからね?」

「あっ、あぁ」


 ゴクリ。なんか結構なことなんだろうか……ってある程度ってなんだよ!


「前に話してた限りだと、すずちゃん中学生の時彼氏いたんだって。でも、その彼氏さんは野球が上手くて、県外の強豪校に行くことになったみたい」


 彼氏がいたかぁ。しかも野球部!? 山形と同じじゃん。


「でも、それが原因で別れちゃったみたい。すずちゃんは遠距離でもいいって言ったんだけど、彼氏さんが中途半端な覚悟じゃ甲子園には行けないって……」


 ……はぁ、なにそれ? 恋愛漫画でありえそうなシチュエーションじゃん! そんなのがこの現実に!?


「それですずちゃんは仕方がないって笑ってたんだけど、おそらく……」


 なんとなく……分かってきたぞ。間野さんは仕方ないって笑ってるけど、その心の中にはまだその元彼さんが居るかもってことか?


「まだ引きずってる……てか?」

「あくまで私の勘だけどね?」


 間野さんにそんな過去が……結構こっちも重いよっ! あぁ、山形のこと応援してやりたい。けど間野さんの話聞いたら、あぁ……ってなっちゃうし。けど、こんなこと山形には言えないし……止まれないだろうし……


「あぁ、結構ヤバいかもしれん」

「だよ……ね」



 まじで八方塞がりじゃないかぁ!



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