第23話 桜の花は三分咲き
澄み渡る青空、気持ち良い風。そして始まる……1週間。そしていつもと変わらない駅の光景。
憂鬱であるはずの月曜日にも関わらず、何処か俺の心は清々しく余裕すら感じる。けど、
「うおぉ……」
そんな気持ちとは裏腹に、まったくもってスッカラカンな財布を見ると、そんな声を出さずにはいられない。
いやぁ皆と合流して、当初は軽く―なんて予定だったのに気付けばいい時間で……結局結構な料理注文しちゃったもんなぁ。けどめちゃくちゃ盛り上がったし、最後皆で財布広げてお金足りるか焦ったのも今思えば笑える。なんとか足りたから良かったけど、足りなかったらヤバかった。
ホントその場のテンションって恐ろしい。あと、南と羽場! コーヒー代の恨みは恐ろしいからな? 覚えておけよ!
自転車はいつもの場所。そしていつもの列車。今日は部活休みだし、いつもより荷物が少ないのはありがたい。毎日着替えでリュックパンパンだもんなぁ。
あっ、そう言えば……
『いいの? 一緒に学校行って良いの?』
『話していいの?』
『一緒にバスケしていいの?』
『皆と一緒に帰っていいの?』
『…………嬉しい』
なんて言ってたあいつは、このいつもの列車に乗るんだろうか? まぁあのあと一緒に帰って来たし、普通に話もしたし、昨日の今日で恥ずかしさが戻るとは考えにくいけど……どうかな?
そんなことを考えながら改札を抜けると、いつもと同じ車両の端っこの座席に腰を下ろす。
そして相変わらず柔らかい座席は乗り心地抜群だなぁ、なんてしみじみしてた時だった、
「おっ、おはよう……海」
どこかおどおどした声が聞こえてくる。
不意に聞こえたそれには、もちろん聞き覚えもあったし誰なのかも大体は分かる。それに、その声を聞けただけで少し安心する自分が居た。
なんだ、ちゃんと話してくれるじゃん?
そしてゆっくりと視線を向けると、そこに居たのは車両間の入り口から顔半分だけこっちを覗いている湯花だった。
なっ、なんで顔半分隠してんだよ。
「あぁ、おはよう」
「うん……とっ、隣座ってもいい?」
なんでそんな恥ずかしそうなんだよ。
「いいよ」
「良かった……失礼します」
そう言って、少しばかり間を開けて俺の隣に座る湯花。その雰囲気全体から感じるぎこちなさに、見た目とのギャップを凄く感じる。
いやいや、昨日の帰りはそんなんじゃなかっただろ? なにこの変な感じ!
「なぁ湯花?」
「どっ、どうかした?」
「どうかした? じゃないよ。昨日話したじゃん、普通にすればいいって」
「うん」
「明らかに普通じゃない。もはや昨日の帰りと全然違う」
「……だって、昨日は楽しい雰囲気そのままに話できたけど、朝起きたら全部リセットされてたんだもん」
はい? リセット?
「リセットって、どういう意味だよ」
「だから……」
「だから?」
「……昨日言われたこと思い出したら、滅茶苦茶恥ずかしくなって……ははっ」
その言葉と一緒に、どこか照れるような表情を浮かべる湯花。自分では恥ずかしいとか言ってるけど、その照れるような顔は間違いなく、中学の時に見せていた姿の一部だった。
そう考えると、やっぱ入学してからの湯花の行動ってやっぱハイテンションっていうか、めちゃくちゃ空回りだったんだな。俺もそんなの気にしてる余裕もなかったし……湯花に頼りまくってたしね。
でも、それももう終わり。俺の為に空回りする必要はないし、それを湯花も理解してる。まぁ無理にどうこうしなくても、時間が経てばお互い思い出してくるでしょ?
いつも通りの普通ってやつ。
となると、俺がやることは1つしかないよな? あくまで普通に、当たり前のように……湯花と接するだけ。
「恥ずかしいって……そんなの口にしてる時点でいつもの湯花じゃないだろ? 年に3回言えばいいくらいの単語、もはや2回は聞いたぞ?」
「えっ? ねっ、年3回は少なすぎだよぉ。さすがの私でも、もうちょっと言ってたって」
「そうか?」
「そうです!」
「ふっ」
「……ぷっ」
そうそう、そんな感じ。くだならいこと言い出すけど、こっちのくだらない話にも嫌な顔せず反応してくれる。それも宮原湯花の普通だろ?
「まぁ俺も頼りっぱなしで、湯花に空回りさせちゃったけど……」
「うぅ……掘り返さないでよぉ」
それに、
「昨日皆の前で見せてた笑顔。あれこそ俺の知ってる、いつも通りの湯花の姿だったぞ?」
「えっ? ……本当?」
「うん。本当」
「にっしっし。ありがとう」
その笑顔こそ、お前のトレードマークだよ。
どうだろ? だいぶぎこちなさも取れたかな? まぁ俺は普通に話しするだけだけどね?
「そういや湯花、今日部活休みだよな?」
「うん。そうだね」
「放課後の予定は?」
「よっ、予定!?」
驚きすぎだろ、そんなに俺が予定聞くの珍しいか? 普通に聞いただけなんだけど……
「とっ、特にはないかな?」
なしかぁ……あっ、どうだろ? 俺昨日の試合終わってから、バスケ熱が凄くてさ。今日部活ないから、姉ちゃんのサークルについて行こうと思ってたんだけど……湯花来るかな?
「そうかぁ。昨日の疲れとかは?」
「あぁ、残念なことに全くないんだよね? ほぼほぼフルタイムで出てた中学の時に比べるとさ」
確かに人数が少ないってのもあったけど、キャプテンってこともあって、ほとんどフルタイムで試合出てたもんな。逆に昨日ぐらいの出番じゃ体力有り余ってんのか。じゃあ、
「あのさ、今日姉ちゃんのサークルについて行こうと思ってるんだ」
「お姉……
「うん」
「えっ!? ついて行くって、一緒に練習できるの?」
「できるよ? てか、ちょいちょい行ってるし」
「マジ!? ずるいよずるいよ! あっ、もしかして高校入ってもしばらく入部しなかったのって……」
「ははっ、ちょっと鈍った体をね……」
「やっぱり! どうりでブランクあるはずなのに、練習メニューに楽々ついて行ってるなって思ったぁ」
「バレた?」
「逆に私を前にバレないと思った?」
やっぱバスケの話になると、結構食いついてくれるよなぁ。
「まぁまぁ落ち着けって。だからさ、湯花さえ良かったら……一緒に行ってみないか?」
「いっ、一緒に!?」
「一緒に」
「黒前大学のバスケサークルに?」
「バスケサークルに」
「……行きたいっ!」
うはっ、今日1番の笑顔じゃねぇか!
「じゃあ、決まりだな」
「やったぁ。でも良いなぁ海は。棗さんに誘ってもらえて……うちのお兄ちゃんなんて1度もそんなこと言ってくれないよ?」
透也さんのことか? あれ? でも噂だと、高校の時膝壊してバスケは引退したんじゃ……
「ん? でも透也さんって膝壊して引退したんじゃ……」
「あぁ、なんか気が変わったぁ! とか言って手術受けて、サークルにも入ったって言ってたよ?」
「そうなのか? 1回も姿見たことないんだけど?」
「まぁ毎日行ってるわけじゃないみたいだしね?」
マジかよ。あの伝説を残した透也さんが引退撤回だと? 一緒にプレーする機会なんてもうないと思ってたのに、これは……燃える!
「やべぇ、なんかワクワクしてきた」
「おぉ、海のそんな顔見るのも久しぶりだねぇ。よっし、お兄ちゃんに連絡して今日のサークルには必ず来るように言っとくよ」
「本当か? サンキュー湯花」
「どういたしまして」
そんな感じで、気が付けば俺達は自然といつも通りの姿になっていた。くだらない話で笑って、バスケの話で盛り上がって。それは今まで通りなんだけど、どこか懐かしくて、どこか居心地が良かった。
やっぱそうだ。 学校生活も充実して、部活も楽しい。そんな毎日に、
『湯花といつも通り学校行って、普通に話して、一緒にバスケやれるだけで、俺の高校生活はもっと楽しくなるんだよ』
いつもの湯花が居たら、もっと楽しいに決まってる。だからさ、
「あっ、ちなみに練習めちゃキツよ?」
「どんと来いだよっ!」
「スリーメンあるよ?」
「かかってこぉい!」
「やり直し有りな」
「うっ……あっ、当たり前さぁ!」
「33秒ダッシュもだぞ」
「……マジ?」
「マジ」
「…………頑張りますっ!」
「「ふふっ」」
どうせならもっと楽しい高校生活にしようぜ? 湯花。
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