第21話 衝撃・咆哮・沈黙

 



「はっ、はぁ? つまらない? 何言ってんのよ」

「それはこっちのセリフだよ」


 俺の隣に座って、そう言い放つこの人は本当に湯花なんだろうか? そう思わざるを得ない。

 聞いたことのないその声は、静かで落ち着いてはいるけど、どこか怒りを押さえるような響きが伝わる。そしてその顔は見たことの無いくらい鋭い眼つきで……南を睨みつけていた。


「なっ、なによ!」


 その表情にさすがの南も怯んだのか、一瞬驚いた様子を見せる。けど、そんなのお構いなしに、


「さっきから聞いてれば、叶ちゃんが悲しんでるだとか苦しいとか、強がりに決まってるだとか……なんでも分かったような口ぶりだけど、それを叶ちゃん本人が言ったの?」


 攻め立てる。


「そんなの言わなくたって、分か……」

「言ったの? 叶ちゃんが言ったの? 本人が口にしたの!?」


「くっ、口には出してないけど……でもっ!」

「あのさ、美月。さっき言ったよね? 友達なら悲しんでる叶ちゃん助けようとするのが普通でしょ? って、そりゃそうだよ。そうに決まってる。けどさ? だからって、本人が必死になって決意した関係を邪魔したりしない!」

「そっ、そんな……」


 湯花……


「それに、私にとっては叶ちゃんも大事な友達だけど、海だって同じくらい大事なんだよ。そこに性別なんて関係ない。」


 んっ、ん? だっ、大事?


「私だって話聞いた時はめちゃくちゃ驚いたよ? でも大事な2人のことだからちゃんと話聞いた。もちろん動画だって見た」

「どっ、動画……」


 ん? 動画って言葉に反応してる? あぁそういえば叶にも動画あるってことは伝えたけど、結局見てないな。それにデータもないだろうし……いくら南でも存在は知ってても中身は分からないよな。


「精一杯、気持ち落ち着かせて考えた。海の気持ちも……叶ちゃんの気持ちも。それで……決めたんだ。これは叶ちゃんと海の問題。これからどうするのか、どうしていきたいのか、それを決めるのは2人なんだ。だからそこに外野の意見は必要ない。大切なのは2人……お互いの気持ちだけ。だから私は……」


「友達として見守るって!」


 ……マジか、湯花のやつそこまで考えてたのか。けどなんか悪い気もする。もし俺とそこまで仲良くなかったら、叶の味方してたんだろうな。だけど、今はどっちの味方もして……多分普通の女子なら南みたいに考えるのが当たり前なのかも。


「はっ、はぁ? さっきから聞いてりゃ綺麗事じゃん。結局重要なことから逃げてるだけじゃん! しかも私はどっちも大事だから見守りますって、おかしい! 責任取りたくないって言ってるようなもんだよ! 友達なら話聞いたからにはその責任を負うもんでしょ!?」

「もちろんだよ。だから私は、自分の意見とか考えとか全部振り払って……見守ってる。それにさっきも言ったじゃん? 友達なら友達の望んだことには全力で手を貸すよ。でも、叶ちゃんは美月が言ってるようなことを言ったの? 本気で……望んだの?」


「うっ……」

「あとさ? さっきからさも自分だけが叶ちゃんから話聞いて、叶ちゃんに寄り添ってるみたいな言い方だけど……私も会ってるから? 叶ちゃんに」

「えっ……」


 えっ! そうなの? ……いやいや湯花と叶は友達なんだからそりゃ会うだろうけど……あれ? ちょっと待て? まさかそれが原因で俺のこと避けるようになったんじゃ……


「叶ちゃんからストメ来て、会ったよ。大事な友達だもん当たり前でしょ? 夜の公園で2人きり。でもそこまでたくさん話はしなかったよ。ただ2人してブランコ乗ってお月様眺めて……そしたらさ叶ちゃんが話してくれた。自分がしたことの重大さ。もう取り返しのつかない後悔。海への償い。けど、最後まで海とヨリを戻したいとか、その為に協力してとか? そんなことは……一言だって言わなかった」


 違う……か?


「それはきっとあんただったから……」

「ねぇ? キツいこと言うけどさ、今美月がしてることは正義感でも何でもない……ただのお節介だよ」


 その光景を目の当たりにして、俺と羽場は完全に置き去り状態だった。俺は俺でずかずかと物申す湯花に少なからず動揺しっぱなしだし、羽場はおろおろしながら2人の顔を交互に見てるだけ。

 そしてついに……


「っ!!」


 南の言葉が詰まった。


 南が黙ったぞ? なんだろう、スカッとしたって言いたいんだけど……湯花の方が印象強過ぎ! 

 ん? あれ? ……そういえば何となく他のお客さんの視線がこっちに集中してない? そりゃそうか。こんだけ大声でしゃべってたら気にならない方が無理じゃん。やべぇ、お店の迷惑にもなるし……とりあえず南も言いたいこと言ったなら、そろそろ……


「ねぇ? 美月」


 この静まり返った雰囲気の流れに乗って、お暇しようなんて考えていた時だった……またしても湯花の口から言葉が飛び出す。


 えっ……? もういいって、もう十分だって。

 けど、そんな俺の願いが儚く散るほど、湯花の口調はさっきのそれと同じくらい……重々しかった。


「さっき、海のこと……散々言ってたよね? たった1度の過ち許せる器量もない? 高校行ったら新しい彼女なんてすぐできると思って一方的に別れた? 清々した笑顔を高校の女達振り撒いてた?」


「……ふざけんなっ!」


 っ!?


「清々した笑顔? あんたはそれを見たの? 見てもない、知りもしないくせに知ったようなこと言うな! 私は見たよ? あの日、覚悟決めた海の姿。 ……あんなの見たことなかった。全身から力が抜けたように、顔は俯いて、光失ったような目。そのまま放っておいたら、フラフラってどこかに行っちゃいそうなくらいズタボロな姿。それなのに好き勝手言って……好きだから、ちゃんと考えて考えた結果の行動を……あんた如きがバカにすんなっ!」


 何かが外れたかのように、南をまくし立てる湯花。それはさっきよりも荒々しくて、テーブルが無かったらどうなってたのか不安になるくらいだった。けどそれと同時に……嬉しかった。


 ヴーヴー


 そんな時、テーブルに置いてあった南のスマホのバイブが鳴り響く。その画面を目にした瞬間、南は急いで手に取ると、わざとらしく……


「あっ! かっ、叶!?」


 その名前を口にした。


 叶? なんで叶から? しかもタイミング良過ぎだろ。 ……もしかしてこいつ、今俺達が目の前に居ること知らせたんじゃ……


「ストメ見た? そうそう今あいつら……」


 やっぱりそうか。そんで何しようってんだ? ここに呼ぶか?

 なんてさらにややこしくなりそうな展開を想像していたけど、


「えっ? 叶?」


 どうやらその心配はなさそうだ。


「ちょ……私は叶のことを思っ……叶? 叶?」


 その慌てっぷり、明らかに自分の想像してた反応と違うって感じだな?

 そんな俺の予想通り、南はゆっくりとスマホを下ろした。その顔は驚きというか……茫然って言った方がいいのかもしれない。


「みづちゃん? ねぇ……」

「なん……でよ。私は……叶の為に……」


「みづちゃ……」

「うっ、うるさい!」


 そして、こともあろうことか心配してくれてる羽場にさえそんな言葉を投げかけた南は、そのまま席を立つと……ブツブツ何かを呟きながら行ってしまった。


「みづ……あっ、ごめんね? 湯花ちゃん。雨宮君。またね?」


 それを追いかけるように席を立った羽場。申し訳なさそうに口にした、またねって言葉に……つくづく南との違いを感じる。


「うん。またね? いくちゃん」


 そういって2人を見送る湯花。その顔はなんというか、何処か満足げに見えてたんだけど……


「あぁー」


 いきなり落胆の声を上げたかと思うと、次の瞬間、


 ドンッ!


 気を失ったのかと思うくらいの速度で、テーブルに頭がぶつかってた。

 っておい! 大丈夫か? なんだいきなり? 気失ったのか? 疲れか? 眠くなったのか?


「はははっ……海?」

「どっ、どした?」


「私……やっちゃったね」


 やっちゃったって……



 色々あり過ぎて、どのことなのか分からないんですけど? 



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