第20話 止まらないジャスティス

 



 とあるファミレス。

 そのテーブル席の窓際へと誘導され、隣には湯花。そして目の前に座るは南と羽場。完全に逃げ場はない。それはまさしく追い詰められた状況と言ってもいいだろう。


 あぁ、南美月。こいつは叶と3年間同じクラスだったこともあって、かなり仲が良かったはず。長い髪に少し鋭い眼つきそのままに、言いたいことはハッキリ言う……典型的なグループのリーダータイプ。しかも最悪なことに、なぜか男子に対して結構キツめ。理由は定かじゃないけどね?


 そんで隣の羽場育美。こいつは2、3年の時一緒のクラスだった。どちらかと言えば大人しめで、南と違ってそれなりに男子とも話していた気がする。まぁ基本的に南のそばにいたから、おそらく仲が良いんだろう。見た感じ上下関係丸分かりって感じなんだけど、無理矢理付き合わされてるって感じもしないしね? 南の奴は女子にはやたら優しいし、それなりに人気もあった。むしろそっち系なんじゃないかとさえ思う。


 ともあれ、そんな南達に連れられて来たってことは……さっきもチラっと言ってたけど、叶のこと一択だろう。

 はぁ……なかなか厄介だぞ? こいつの友達に対する友情のデカさは目に見えてる。しかも結構仲の良かった叶のことなら尚更だ。しかもその相手は……俺と言う名の男。おそらく敵対心丸出しで……


「それで? 雨宮? どういうことなの?」


 襲いかかって来ますよねぇ。


「どういうことって?」

「とぼけんじゃないよ! 叶のことだよ。別れたんでしょ?」


 まぁ雰囲気的にその話題だと思ってた。誰から聞いたんだ? この話、俺と叶以外だと湯花しか知らないはず……あと姉ちゃん達か。可能性としては、本人か湯花なんだけど……


「そうだけど、何で知ってんの?」

「そうだけどって……あんたなに淡々としゃべってんのよ! 叶はあんなに元気なくて苦しそうなのに」


 あっ、湯花ごめん。発信源判明したわ。


「元気ない?」

「そうだよ! この前久しぶりに会ってさ、話してる時なんだか元気なかった。だから聞いたんだよ! そしたらだいぶ渋ってたけど、あんたとのこと話してくれた」


 話した……ねぇ。どうなんだろうな? 


『別れたこと、皆に言っていい。私のこと聞かれたらもちろん、聞かれなくても言っていい。理由聞かれたら私が浮気したって言って? 言いふらしてもいい。皆にどう思われてもいい。嫌われたっていい。そのくらい私のしたことは……最低なことなんだ』

『それが自分への戒め、私の……一生の償い』


 なんてこと言った叶をまるっきり信用してるわけじゃない。でもまるっきり信用してないわけでもない。だからこそ、南達にどこまで話したのか……それが判断基準になる。となれば、


「そっか。じゃあ俺達が別れた理由も全部知ってんだろ?」

「当たり前でしょ? 全部聞いた! 叶が全部言ってくれた!」


 全部?


「叶はもちろんダメなことしたよ? でもさ? その大体の原因は田川の野郎でしょ!? 叶は騙されただけじゃん」


 たっ、田川の野郎? 確かにそうだけど、口に出す辺りあいつの男に対する感情が丸わかりだ。

 ……まぁとりあえずそれは一旦置いといて、今の口ぶりからすると、叶のやつ本当に真実を言ったってことか? ……そうか。


「ちょっと聞いてんの? 雨宮」

「あぁ」


 おっと、でも今はそんなこと考えてる暇はないか。


「いらっしゃいませ。メニューが決まりましたら……」

「ホットコーヒー4つっ!」

「ホッ、ホットコーヒーですね? かしこまりました」


 うおっ、怖っ! 店員さんに威圧的になるんじゃないよ。


「とにかく、あんたさ? 3年も叶と付き合って、情ってもんないわけ? たった1回、それもいい様に騙されたことを許せないで、叶を悲しませて……小さい男だって思わないの?」


 ……情? 小さい? なんだそれ? お前さ、言ってることが都合良すぎじゃね? 手触れ合ってキスして胸まで触られた。けどそれは田川に騙されてやってしまったことで、長年付き合ってきた同士ならそんな過ち許せって? 自分の友達を悲しませるなって? 馬鹿げてる。


「みっ、みづちゃん。声大きいよ……それに叶ちゃんだって自分が本当に悪いんだ。それは紛れもない事実なんだって……」

「育美? あんた叶がそれ本気で言ってると思ってるの? 強がりに決まってるでしょ?」

「でも……」


 ん? 羽場の反応的にもやっぱ叶は包み隠さず全部言ってんだな。それに羽場はそんな叶の言葉を尊重したいってスタンスなのか。じゃあやっぱり……


「とにかく、私はこんなのおかしいと思ってる!」


 問題はこのジャスティス女の暴走か。


「ねぇ湯花? あんたもおかしいよ?」

「えっ?」


 はぁ? 


「あんた雨宮と同じ高校でしょ? こんなことになってるのだって知ってたでしょ?」

「そりゃ……」


「だったらさ? なんで叶の為に行動してないわけ? 友達でしょ? だったら、悲しんでる叶を助けようとするのが普通でしょ?」

「普通? 友達だからこそ、その本人が決めたことを尊重して、見守ってあげるのが普通じゃないの?」

「はぁ? それが強がりだって気付けないなら友達なんかじゃない」


 おいおい、ここは湯花関係ないだろ? お門違いだっての。頭に血上り過ぎだぞ? ちょっと落ち着かせないと……


「なぁ南、ちょっと落ち着けよ」

「落ち着け!? そうだ、湯花! 大体今日なんでこいつなんかと一緒に居んのよ? 楽しそうに……まさかデート? ははぁ、あんたらデキてんの?」


「はぁ?」

「それなら叶を助けてあげないのも納得だもん」


 あぁ、こいつマジでやべぇな。それにさ? 俺のことはいくら罵ってくれても構わないぞ? でも、お前に湯花を責める道理はない。


 こいつは俺と同じ高校ってだけで、俺と同じ列車に乗ったってだけで、俺と叶のいざこざに巻き込まれてさ? あの動画だって見たのはこいつだけなんだぞ? そんな重たいもの背負わせたのに、嫌な顔1つしないでいつも通り笑って、いつも通り接してくれたんだ。今だから分かる。そんな湯花の存在はとんでもなく……大きかった。

 だから、俺はどうでも良い。でも、こいつをバカにして咎めるなら俺は……


「それに雨宮? あんたもあんただよ。なにあの顔、良く笑っていられるわ。叶はあんなに寂しい顔してたのに……今だってそう! なんなのあんた? マジでその顔見てるだけでムカつく。たった1度の過ちを許せる器量もない。高校行ったら新しい彼女なんてすぐできると思って、一方的に別れたんでしょ? どうせ清々した笑顔、高校の女達に振り撒いてたんでしょ?」


 絶対に許さない!


 俺はどんな顔してただろう。気が付けば痛みを感じるくらい右手を握りしめてて、本気でどうにかしてやろうか? そんな気持ちでいっぱいだった。


 ふざけんな。お前に何が分かる。人の本心を知らず、知ろうともせず、ただ正義の味方かなにかと勘違いして、自分の気持ちをベラベラ撒き散らす。


 そんな南に、俺はもう限界だった。思いっ切り怒りをぶちまけてやろうと思った、そしてそれを口から吐き出そうとした時だった。


「ねぇ……美月?」

「なっ、なによ?」


 隣から聞こえてきた、湯花の声。けどそれは今まで聞いたことのない、落ち着いた……いや? 静かに何かを訴えるような……力強い声。


 それに気付いた俺は、ゆっくりと湯花の方へ視線を向ける。そしてそこに居たのは……



「つまらない正義感振り回すの……止めてくれる?」



 俺の知ってる湯花じゃなかった。



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