第19話 一難去ってまた一難

 



「ほれ、早く乗った乗った」

「わっ、分かったよぉ」


 日曜日とあって100円バスは混み混みだ。空いてるのは……あの2席のみか。


「ほら湯花、あそこ」

「うっ、うん」


 窓際に座る湯花、そして、


「よいしょ」


 空いているその隣に座る俺。


「はうっ……」


 いやいや、はうってなんだよ。列車乗る時はむしろお前がこの距離に座ってきてたんだぞ? ったくそんなに嫌かね? とはいえ、駅に行ったら多田さん達に遭遇する可能性もあるから、バスで移動ってとこまでは我ながら良いアイディアだった。でもさ? 


『とりあえずおごってよ? さくらまつりの時に貸した1,200円分!』


 なんてドヤ顔で言ったものの……そのあとのこと全然考えてないんですよね! いかんいかん、なんとかバスが黒前駅前に到着する前になんとかしないと……




 ―――黒前駅前~黒前駅前です―――


 ……全然思いつきませんでしたっ!


「あっ、あのさ? 海。なにおごったらいいのかな?」


 やべぇ。あんなこと言っといて考えてませんーなんて言ってみろ? 確実にバカにされて晒しもんだ。えーっと、なんかないか? スマホで検索? でも今さらダサくないか? 行き当たりばったりは運ゲーだし……ん? 行き当たりばったり?


 その刹那、海の頭の中にふと先月の記憶が蘇る。

 行き当たりばったりと言えば、前に湯花と来た時……どこ行ったっけ? 確かあいつ、駅で黒前駅前おすすめスポットガイドブックなる物貰ったって言ってたよな? それを参考に……あっ、そっか。良いこと思いついた。あの時行った場所にそっくりそのまま連れて行って、湯花の真似してやろう!


「よし、じゃあまずはこっちだ。ついて来て?」

「えっ? あっ……うん」


 こうして俺はちょっとした悪戯心も出しつつ、あの時湯花自身が俺を案内した場所へと連れて行った。




「よっし、着いたぞー」

「かっ、海? ここって……」


「ん? どうかしたのか? タピオカミルクティー専門店だけど?」

「それは知ってるけど……」


「だったら良いだろ? 早く中入るぞ?」

「なっ、中に!?」


 なんだよ! お前は女子だから別にどうってことないだろ? 


「早くしろよー」

「わっ、私ここにいちゃダメ? 海注文してきてよ」


 いやいや、なにこの前の俺みたいな反応してんだよ。


「色々種類あるし、トッピングも多いんだろ? 直接好きなの注文しろよ」

「えっ?」

「ん?」


 タピオカミルクティー買ってやったり、




「えっと? 湯花はラズベリー&ライムだっけ?」

「うっ、うん。海は……普通のやつ?」


「まぁな。そういう味を冒険するには勇気が必要なもんで」

「そうだね……」


「だから……っと!」

「??」


 あぶねぇ! あいつにこの前一口泥棒されたから、つい同じことしようとしたわ! さすがに男があれはヤバいだろ? 


「ごっ、ごほん。次々!」


 危うく、泣かれてタピオカ顔にぶちまけられるレベルのことを、寸前で回避したり、




「なんて天使のようなモフモフ感なんだ」

「……海? ちょっと大袈裟じゃない?」


「何言ってんだ? お前も触ってみろ」

「リアクションが大きす……うん。君は天使だ」


「だろ?」

「その通りです」


「よし、湯花ここで相談だ。お前今鞄持ってるよな?」

「持ってる」


「その中に入れたらワンチャン……」

「はっ! ごっ、ごめん……」


「なんだ?」

「中にはその……」


 なんだよ? そこは、いくらなんでも無理! とかだろ?


「なんだよ?」

「いっ、言わせないでよバカっ!」


 えぇ! 怒られた!?


 なんかよくわからない地雷を踏んで、なぜか湯花の顔が真っ赤になったり、




「よーし、いいぞ?」

「大丈夫かな? よしっ! ……あぁダメだったぁ」


「おしいな、もう1回」

「えぇー、もう無理だって?」


「俺はどうしてもこの犬のぬいぐるみが欲しいんだ」

「自分でやった方が早く取れるってー」


「何言ってんだよ大会で俺より点数取っただろ? シュート上手い奴がUFOキャッチャーも上手いに決まってる」

「なっ、なんなのそのとんでも理論ー」


「さぁ、金なら出すぞ? だから取れるまでやるんだ」

「うっ、うぅ……鬼だ」

「さぁ、さっさとこの100円を入れろ!」


 なんというか違う意味で結構盛り上がったり、




「ハフハフッ。うまっ」

「やっぱり美味しいー」

「外カリ中トロ最高だな?」


 ……ってあれ? 俺、なんか上手い具合に誘導できてると思ってたけど、結構お金使ってね? あのさくらまつりの借りを返してもらうはずじゃなかったっけ? あれ? これじゃむしろ……


「海? なんか物足りなくない? 私もう1つ買ってくるよ」

「あっ、待て。 俺が……」


「海お金遣い過ぎ。自分で言ってたじゃん? さくらまつりの分返せって。それなのに今まで散々奢ってもらったんだから……ここは私」

「えっ? あぁ……じゃあ、1,200円分な?」

「せん……ぷっ、ふふっ」


 出来立てのたこ焼きを食べたり、最初はどこなくよそよそしくて、借りた猫状態だった湯花は気が付いたら……


「ふははっ」


 笑ってた。


 それは前まで毎日のように見てたはずなのに、ものすごく懐かしくて、ものすごく安心するそんな笑顔。

 なんだよ、まだ笑えんじゃん。あの時の湯花じゃんか。


「やっと笑ったな?」

「ははっ……え? ……あっ!」


 その瞬間、湯花は驚いた表情を見せて、両手で顔を隠した。


 はっ、はぁ? 

 ぶっちゃけ、湯花がそんな行動するのを見たことが無かった俺にとって、それは今日1番の驚きだったかもしれない。


 けど、そんな姿を見せた今こそチャンスだとも思った。なんで俺のこと避けてたのかを聞く為の……


「なぁ、湯花? あのさ、なん……」

「あれ? 雨宮?」


 タイミングバッチリ。雰囲気バッチリ。あとは最後まで言葉を口にするだけだったのにも関わらず、その女の声は俺の後ろから聞こえて来た。


「あっ、湯花も居るじゃん?」


 はぁ? 誰だよ一体。


 その時の俺はその相手が誰かというより、見事に邪魔されたことが嫌だったのかもしれない。たぶん顔にもそれは出まくってたと思う。

 そんな俺が、後ろを振り向くと、そこに居たのは2人組の女。でもその両方に……見覚えはあった。


「久しぶりー湯花ちゃん」

「んで? 2人してなにしてんの? まぁいいや、丁度良かったよ雨宮。聞きたいことあったし。そうだ湯花も一緒に話聞いてよ」


 あぁ、なんだろう。嫌な予感しかしないなぁ。


「心当たりあるでしょ?」

「心当たり?」

「そうだよ、ちょっと話聞かせてもらうよ? ……叶とのこと」


 やっぱり……か。


 南美月みなみみづき羽場育美はばいくみ。この2人には共通することがある。それは、森白中を卒業した高校1年生であり、


 皆木叶と仲の良かった……友人だということ。



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