第18話 Sの弱点は打たれ弱さ
『高校生になったなら、高校生らしい振舞いしなきゃ。中学生みたいなノリは卒業しないと』
その言葉の通り、それからのあいつの行動はまるで手のひらを返したかのように……一転した。
登校の時はいつもの列車に乗る時もあるし、違う時も半々。それに駅で見かけても、
『おはよう、海』
そう一言挨拶するだけで、その後は決まって離れたところで列車待ってる。列車では同じ車両になることは殆どない。たまにそうなったとしても行動自体は変わらず、今までみたいに隣に座ることはなかった。
学校でもさ、まず俺達の教室に来ること自体めっきり減った。あの唐突に来て俺の名前を呼ぶなんてことは、あれ以来1度もない。
来たとしてもそばには多田さんやら水森さんが居るし、その内容も部活に関することが殆どで、「今日休みだってー」とか事務的な感じ。
あぁ、昼食会は回数は減ったものの、今でも不定期で開催してる。ただ変わったことと言えば、そのお誘いがストメで来るようになったこと。たまに水森さん達が来る時もあるし、逆に山形達が3組に行くことも多くなった。けど、あいつから俺にその伺いが来る時は決まってストメ。
あとは、現地集合になったことかな? わざわざ教室に来て、行こーなんて言うことが無くなったんだ。山形達は少し残念そうだったけど、今ではもう慣れたみたいだな。まぁ実際やる方はかなり恥ずかしいと思うし、こんな状況なら当然だと思う。
こうなると、もちろん部活中も例外じゃない。練習中にミスしたりすると、すかさずわざとらしくイジッてきて、それに皆も便乗してちょっとした笑いがこぼれる。そんなことが多かったけど、今では茶々を入れられることは無くなった。ただ、あいつ他の人に対しては普通に色々言うんだぞ?
『ドンマーイ』
『ダッシュです!』
『もう1本』
まぁ、俺に対して全然言わなくなっただけか。
あとはやっぱ帰る時だよなぁ。基本的に皆で一緒に校門まで行ってから、列車組と自転車組にわかれるんだ。んで、列車の最後に残るのは大体俺と晴下先輩と湯花。そうなるとあいつ先輩としか話しないんだ。先輩も俺に話振ってはくれるけど、あいつからは全然ない。逆にあそこまで露骨だと、こっちも前みたいにツッコむ気力もないよね。
しかも、先輩が居ない日は絶対列車で帰んないんだ。もちろん居残り錬はしてるみたいで、皆と一緒に帰らないことも多いってのもあるけど、わざとなのか偶然なのかは……知らない。
そんな感じで、変わっていった俺と湯花の関係と高校生活。最初こそ違和感があったけど、今はそれなりに慣れてきている気もする。まぁ、それはたぶん俺が当初から思い描いていた関係だったからなのかもしれない。でも、なんだろう。自分の求めていたにも関わらず、なにかが納得できていない。
『答えは簡単だよ、恥ずかしくなったから』
『なんかね、急に思っちゃったんだ。高校生にもなってあだ名で呼ぶってどうなのよって。むしろ今まで皆にそんな姿見られてたって思ったら、チョー恥ずかしくてさ?』
自分が思っていたことを湯花が口にした瞬間、それは俺の気持ちを分かってくれた。理解してくれたんだって嬉しく思うはずなのに、あの時の湯花には違和感しか感じなかった。
ましてや、さくらまつりを皆で楽しく過ごして、一緒に尾行なんて笑いながらやってたはずなのに、週が空けていきなりそれ? 日曜日か? なんかあったのか? 俺が最初に思ったのはまさにそれだった。
でも結局、あいつはその言葉通り、高校生らしい関係にする為に俺との距離を空けた。そして、俺と1対1になることを……避けてる。
ストメなんて絶対当てにはできない。かといって問いただすタイミングもない。だからこそ、心の中でどこかモヤモヤしている自分が居る。
聞かなきゃいけないとは思ってる。けど、どうしていいか正直分からない。そんな中途半端な気持ちのまま俺は、
高等学校バスケットボール春季大会の日を迎えた。
――――――――――――
「よっしゃー気張らず行こう!」
「「おーっ!」」
そんな、ある意味いつも通りの雰囲気そのまま、順調に勝ち進んだ黒前高校は男女ともに準決勝へ。俺もボチボチ出番貰って、公式戦デビューできたのは嬉しかった。けどそんな浮かれた気分もそう長くは続かなかったよ。
準決勝の相手は常勝軍団、王者
ピー
「95対83で、翔明実業高校!」
終わってみれば、結果は12点差で敗北。俺も出番はあったけど、奴らのプレッシャーってばマジで半端ない。結局スリーポイント1本決めるだけで精一杯だったよ。
それにさ? 先輩達も悔しいだろうなって思ってたのに、
「12点かぁ、去年は26点差だったから、俺達成長したな!」
「まぁ結局1桁差にはできなかったけどね?」
「本命はあくまで高校総体。だったらやることは1つしかないでしょ?」
思いのほか暗くないっていうか、切り替えが早いというか……けど、そんな雰囲気が少しだけ心地良くて、それ以上に自分は少しでも先輩達の役に立ちたいって、心から思った。
女子は準決勝で負けたものの、3位決定戦では勝利して見事3位。過去最高成績だって皆喜んでたなぁ。あっ、あいつは……ちょいちょいどころか結構出場してた。ドリブルで切り裂いてシュートも何本か決めて、まぁ練習の成果なのかな? でもその活躍を素直に喜べない自分が居るんだけどね? そして……
「よっし、じゃあ皆お疲れ。とりあえず明日の練習は休みだから、体休めてね? ではでは解散!」
全てのスケジュールを終え、武道館前に集合した俺達に、監督はそんな言葉で大会を締めくくった。
そして散り散りになるバスケ部。
終わったぁ。なんかたいして出てないのになんだろこの疲労感。やっぱ、あの翔明実業のプレッシャー体験したからかな? あんなのに40分近く対峙してられる先輩達凄すぎ。
しかも、監督もお疲れーって軽くね? まぁ本番は総体なんだろうけど……にしても3位決定戦に俺達サブ組主体で挑んで良かったの? 案の定負けちゃったし。
『シードは確定してるし、経験経験!』
って、俺達も試合出れて嬉しかったですよ? けど、第4シードだと来年勝ち上がってもまた準決勝で翔明実業と当たるじゃないですかぁ監督……はっ! まさかそれを狙ってるのか? 未だに掴みどころの分からない監督だからなぁ、有り得る。
「おーい、雨宮」
そんなことを考えていると、不意に後ろから話し掛けられる。すかさず振り向くと、そこには白波と多田さんを始めバスケ部の1年が集まっていた。
「小腹でも空いたし、皆でファミレスでも行かないかって話しててさ?」
「そうそう」
あぁ、確かに時間は2時ちょっと過ぎ。小腹も空いてるのは空いてるし、このまま帰るのももったいないかな。それに1年全員で集まるって機会もそうそうないし。
「いいね。俺も行くよ」
「じゃあ、とりあえずボールとか学校置きに行こうぜ? って、多田さん良いよ、俺達男子持つから」
「えっ、いいの?」
「体力だけは有り余ってるからね?」
おっ、白波。意外とやるなぁ。
なんて関心してる内に、各々が会場に持って来たボールやらなにやらを手に取り出して、見事に出遅れた俺だけが何も持っていないという最悪な状況に陥る。
やっ、やべぇ……俺だけなんも持ってないじゃん。
「じゃあ私達もとりあえず学校行こう。それから場所決めよ?」
「賛成ー」
良いんだよね? もう残ってないから俺だけ手ぶらでも良いんだよね? 良いんだよね?
そんな、内心気まずさでいっぱいだった俺の耳に、
「湯花ちゃんどうする?」
その会話がなぜかハッキリと聞こえる。
「ごめーん、用事あってさ? お兄ちゃん迎えに来るんだ」
「そっかぁ、じゃあまた月曜日ね?」
「うん。皆で楽しんできて?」
そう言って、武道館の入り口前で俺達に手を振る湯花。そんな姿に背を向けた俺は……やっぱりどこかモヤモヤしていた。
今までのあいつなら、こういうことには真っ先に食いついてた。ていうより、むしろそれを提案してくるくらいじゃないか? でも本当に用事がある可能性だって有り得る。なのになんだ? なんでそうだって割り切れないんだ? あいつが変わって、俺も変わったのか?
…………変わった?
大きな道路に突き当たると、皆のあとに続いて左に曲がる。その先に駅はあるけど、そこにはさっきまで熱気でいっぱいだった体育館がある。そのおかげで湯花の立ってる辺りは陰になって……前を行く皆からは見えなくなる。
その途端、俺は閃いた。
「悪い! 武道館に忘れ物した。先学校行ってて?」
俺は皆にそう言うと、急ぎ足で向かったんだ。湯花のところへ。
やっべぇ、皆に変だと思われたかな? でも仕方ないよな。あの日からずっと感じてる煮え切らない気持ちをハッキリさせる方法……見つけたんだから。なんだ、めちゃくちゃ簡単じゃん。だって、あいつが変わったんなら、俺も変わればいいんだ。
バカだよな? 2人きりって状況そのものを意図的に避けて、その機会すら与えてくれないあいつに腹が立って……意地張ってさ? ただ時間だけを過ごしてた。でもそれじゃ全然意味なかったんだ、なにも変わらないんだよ。
聞けなかったじゃない、俺自身が聞かなかったんだ。だからさ? このモヤモヤ晴らすには、湯花が空けた距離を、俺も変わって無理矢理縮めてさ?
そんな時間を作れば良いんだ。2人きりになれる状況をさ?
そして直接聞けばいい……なんで俺を避けるんだ? ってさ。
ははっ、思い立ったら即行動。まるでお前みたいだけどさ? 今ならその気持ちが分かる気がする。理屈じゃない、本能みたいなもんかな? このタイミングを逃したら俺は一生後悔する。それが頭に浮かんで、その瞬間に俺の体は動いてたんだから。
そんな俺に迷いなんてものはなかった。来た道を戻り、再度見えて来た武道館入口へ目を向ける。
湯花はさっきのように立ってこっちを見てはいない。けど、その前にあったベンチに腰掛けてて、背を向けていた。
その姿を見た途端、別にもう気まずいとかそんなことどうでも良かった。ただ自分が思うがままに話し掛ける……それだけ。
「おい」
「うわっ!」
突然の声に驚いたのか、湯花はベンチから飛び上がると身構えるように俺の方へ体を向けた。
「なっ、なんだ。う……海か」
けど、俺だとわかった途端安心したような声をもらす。
とりあえず、逃げないようにしないと。こいつのことだから、どしたの? 皆と行かないの? とか言いながら、お兄ちゃん来るからじゃあね? って言って逃げそうだな。
でも、それだと今までと全然変わらない。だとしたら、どうする? 逃げ道を無くすには……そうか、こいつを驚かせてこっちのペースに嵌めるしかない。
まぁ要は……前の湯花がやってたことをやり返す!
「どしたの?」
「湯花、ちょっとつっ、付き合ってくれ」
「つっ、付き合う!?」
あぶなっ! いざ口にしようとしたら、恥ずかしくて噛みかけたぞ? いやいや、頑張れ俺。
「あぁ、デートだよデート」
「でっ、デッ、デート!?」
おっ? 意外と効いてる? もはやこいつ、打たれ弱いSタイプなのか? むしろ今までお前がやってきたことなんだけど。
「ななっ、何言ってんの? 私お兄ちゃん迎えに来るって……」
「ほう、じゃあ俺直接聞いても良いか? スマホ貸してくれ」
「なっ! ダッ、ダメに決まってるでしょ!?」
「なんでダメなんだ?」
「それは……」
この反応的に……嘘だな? となると、わざわざ皆に嘘ついた理由も分からんな。それも含めて……
「じゃあとりあえず、決まりだな?」
「えっ? 決まりって……」
根掘り葉掘り、聞かせて頂戴よ?
「話しようと思ってたけど、なかなか機会がなくてさ? 丁度良いや」
「なっ、なにさ?」
宮原湯花!
「とりあえずおごってよ。さくらまつりの時に貸した1,200円分!」
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