第15話 見える姿、知らない姿
イケメンなバスケ部の先輩と、学校でも随一の知名度を誇る美少女エリート。その2人が目の前に、しかも2人だけで居るという事実に、
「よし、それなら」
「あぁ、そうだな」
「「特ダネゲットだ」」
俺達が考える事は1つしかなかった。
周りを見ても他に友達の姿らしきものは……今のところ見当たらない。となれば、現段階ではデートの線が濃厚。けど決定的なわけじゃない。
「湯花、とりあえず……」
「うん。気付かれないように尾行するしかないね」
「だな、おっとあっちの方に行ったぞ?」
「私達も行こう」
こうして始まった俺達の尾行劇。頭の中では有名スパイ映画のBGMが徐々に大きくなり始め。すっかりその気になりながら、ターゲット達の動向を見守る。
とりあえずブラブラしてる感じかな? それにしきりに話をしている様子は、親しみのある間柄に見える。どっちも楽しそうだしね。まぁお互いイケメン・イケジョを前にしたらそうなるのも当たり前か。
土曜の昼過ぎという事もあって、後黒公園内はかなりの人込みで溢れている。それは俺達がいる広場も例外じゃない。すれ違うだけでも精一杯で、なかなか思うように進めない状況。
この人混みやべぇ。晴下先輩の身長が普通だったら、間違いなく見失ってるぞ。けど、唯一の救いは、晴下先輩が長身であることだな。
「見失う事はなさそうだけど、問題はついて行けるかどうかだよなぁ湯花」
そんな事を口にしながら、徐々に距離を縮めて行くけど、その間に湯花からの反応がない。
ん?
「湯花?」
その様子に違和感を感じ、俺は湯花が居るであろう隣に目を向ける。けどそこに、姿はなかった。
いっ、居ない!?
まさかの事態に、足を止めて必死に辺りを見渡す。けど、154センチという小柄な姿はこの人混みに紛れると、恐ろしいほどに分からない。
だぁー! あいつどこ行きやがった! えっと先輩達は……まだ広場歩いてるな? いきなり脇道に行ったりしないでくれよ? えっと、あとは湯花、湯花……
「うっ、うみちゃん!」
そんな時、焦る俺の耳に聞こえてきた声。すかさずその方向に目を向けると、その人物は人混みを掻き分けて、
「はぁー!」
目の前で大きく息を吐く。そんな様子にホッとしたのが3割、あとの7割は言うまでもない。
「何してんだよ。開始早々はぐれやがって」
「ごめんごめん。でも目の前を人が通った瞬間、その流れに飲まれちゃうんだよ……あいたっ!」
まぁ確かに、湯花からしてみたらその殆どが自分よりデカいし、体格もいいもんなぁ。
「だからって俺達がはぐれたら元もこうもないぞ?」
「だってぇ、か弱い女子を放っておいてどんどん先に行っちゃうんだもん」
かっ、か弱い? しかもその、いかにも乙女ですって顔止めてくれ。 ……ったく仕方ない。その不満、有無を言わさず解消するには、
「わかったわかった。じゃあ……これで大丈夫だろ?」
掴んで引っ張るに越した事はない。
「あっ……」
その瞬間、俺は右の手首辺りを掴むと、湯花の手を引くようにして先輩達のあとを追った。
えっと……あっ、居た居た。なんか買ってる? タイミング良かったぁ。
屋台で何かを買っているようで、さほど距離は離れてない。つまり、詰めるなら今しかなかった。
「行くぞ?」
俺は湯花にそう言うと、人混みを掻き分けるように前へと進んで行く。もちろん前から人も来るし、目の前を横切る人達にも遭遇する。ちょっと強引に進めば、体がよろける。けど、意地でも湯花を掴んでる左手だけは、握りしめたままだった。
ん? 買い終わった? じゃあこれからどこ行くのかな? あっ、曲がった。
「湯花、先輩達あそこの小道曲がったぞ?」
「……あっ、ごめん」
興奮気味に湯花に話し掛けてみたものの、その反応はどこか芳しくない。そして、
「あの……ちょっと痛いかも」
痛い? あっ!
そんな予想外の言葉に、俺はすぐに歩くのを止めて、すぐに後ろを振り返った。
「わっ、悪い!」
ヤバっ! 離さないように結構力入れてたっ! そりゃ痛いに決まってる。
すぐに手を離すと、湯花はその右手をプラプラさせて、
「たははっ、大丈夫」
なんて、笑顔を見せてはいるけど、
やっちまった、しかも右って湯花の利き手……
その不安が頭を過る。
「本当大丈夫か?」
「大丈夫だって、引っ張られてる時少し痛かっただけだから、もう大丈夫!」
そう言って、手首をグルグル回すと親指を突き立てる湯花。その動きに、少しだけ……安心した。
大丈夫……みたいだな? 一瞬の痛みだけで良かったよ。
「ホント悪い。離さないようにしてたら、加減できてなかった」
「だと思ったぁ。……意外と強引なのね?」
強引……?
そんな事を口にした瞬間、湯花はあのいつもと同じような表情を浮かべる。冗談を言いつつ、俺を貶めるような顔。そして強調した強引という言葉。
強引って……どういう意味だ? 俺ははぐれないように湯花の手を掴んで、引っ張っただけ……はっ!
「にっしっし」
その笑顔で、もはや俺の考えは確信に変わる。そして自分のしたことを思い出すだけで……顔が一瞬で熱くなる。
なんてこった! 手首とはいえ、がっつり掴んで? 無理矢理引っ張って? あげくのはてに、行くぞ? なんて言っちゃってるじゃん。何それ? 自分でしたことだけど……めちゃくちゃ恥ずかしい!
そんな俺の心境を知っているかのごとく、まじまじと俺を見ている湯花。もはやそんな状況に耐えられなくなった俺は、
「んな事は今どうだっていいの! 先輩達あそこ曲がったぞ? さっさと前行きなさい」
とりあえず湯花を先行させる事で、この場を乗り切ることにした。
「はいはい。ちゃんとついて来てねー」
よっし、上手い事いったか? 先輩見つけたら今の事も印象薄くなるだろ。
「ここだよね? ……あっ、ヤバいかも」
前を歩く湯花が少し身を乗り出し、その小道の先を見た瞬間だった。その焦るような声に、
やっ、やばい?
俺も急いで駆け寄ると、その曲がり角から様子を伺う。
結果として、その小道の先に先輩達は居た。奥には小さな神社があって、その前に先輩達は居たんだ。けど、
「マジか? 誰だよあの女の人」
2人ではなく、3人だったんだ。
「誰だろ?」
「分かんないな。けど、話してるのは晴下先輩だし、なんか顔引きつってね?」
「だね。という事は……」
「「修羅場!?」」
おいおいどういうことだ? 引きつってる晴下先輩と、うって変わって普通に話してる謎の女。状況的に、晴下先輩が窮地に立たされてるっぽいけど? ……あっ、
「女の人どっか行ったよ?」
「先輩達も反対方向行くぞ? こりゃ……」
ヴーヴー
そんな時、どこからか聞こえてくるバイブの音。思わずポケットに手を当てたけど、どうやら俺のスマホじゃないのは確か。すると、
「あっちゃー」
そんな声が聞こえて来たのは、すぐ横からだった。
なんだ湯花か。しかもあちゃーってなんだ?
「どした?」
「いやいや、完全に忘れてたけど、私達時間切れかも」
スマホを見ながらそう放つ湯花。けど、その意味が俺にはわからなかった。
「時間切れって……」
ヴーヴー
そんな疑問を問い掛けている最中、またしても聞こえてくるバイブ。そして太ももに感じる振動が今度は自分のスマホだって教えてくれる。
ん? なんだ? ……山形?
【お化け屋敷終わったけど、お前ら一緒か? 何処にいるんだー?】
何処に? お化け屋敷……あっ!
そのメッセージを見た瞬間、俺はようやく湯花の言葉の意味がわかった。
やっば! 尾行に夢中で忘れたてけど、本当は皆でお化け屋敷入る予定だったんだ。それが終わったという事は……
「湯花!? もしかして?」
「ははっ、
多田さんから? ですよねーって、これじゃまずい。お化け屋敷に入ってないってのもあれだし、2人で別行動してるなんてイジられるの確定じゃん!
「湯花、とりあえずお化け屋敷戻るか」
「……そだね」
あぁ、どうする? なんて言い訳しよう…………そうだ、財布落としたって事にしよう。入る直前で気付いて、2人でとりあえず臨時の交番行ってた! おぉ、我ながらなんて良いアイディア。
「いいか? とりあえず、お化け屋敷入る前に財布を落とした事に気付いて交番行ってた。それで誤魔化そう」
「財布……よくそんなのパッと浮かぶねぇ。流石だよ」
だろ? こういう時ぐらい俺を敬え。それと、
「じゃあとりあえず多田さんにストメ頼むわ」
「うん、わかった」
「だぁー、やっぱこの駅は静かだなぁ。後黒公園前とは偉い違いだ」
「そりゃ今の時期は特にね?」
上手い具合に誤魔化す事に成功した俺達は、そのあと目一杯皆とさくらまつりを楽しんだ。そして辺りも薄暗くなり始めた頃、いつもの駅へと到着。
「山形とかテンション上がり過ぎだよなぁ。間野さん達、疲れてないか心配だよ」
「大丈夫だよ。皆楽しそうだったし」
「そうか? それに白波が超ビビりってのは意外だった」
「白波君だけじゃなくて、山形君と谷地君もでしょ?」
「確かに。最初脅かされた時点であいつら3人共ダッシュで行っちゃったらしいからな? 多田さん少し呆れてたし」
「ふふっ、結局
「いやいや、その冷静沈着さは凄いよな。もちろんマネージャーとしてもさ?」
「そうだね」
とまぁ、今日の雑談はこれくらいかな? そろそろいい時間だし、湯花も今日は自転車みたいだから遅くならないようにしないと。
「じゃあそろそろ行くわ」
「……わかった」
よいしょっと、じゃあ行きますか。
「じゃあな湯花。帰り気を付けろよー」
「うん。バイバイ……海」
ん? なんだ? なんか今変な感じがしたような。
……まぁ、気のせいか。
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