第13話 あいつは今日も上を行く

 



 あの出来事から数週間。高校生活にも徐々に慣れ始め、クラスの中でも仲の良いグループなんかができあがりつつある今日この頃、俺は……


「走れー! 海遅れてるぞ?」

「ハァ……ハァ……」

「これでラスト! 最後シュート外したらやり直しだぞ?」


 サークルもとい部活の上位互換と言っていい、黒前大学バスケットボールサークルで……


 やばい。足が重い……


 ガタンッ


「「リピートぉ!」」


 ひぃぃぃ。


 地獄を見ていた。





「ふぅ。お疲れ海」

「疲れたー。全然慣れねぇ」


「当たり前でしょ? 慣れたら練習の意味ないじゃん」

「いやいや、だとしたら同じメニューこなしておきながら、車運転しつつ1.5リットルのコーラガブ飲みしてる姉ちゃんはどうなるんだよ」


「いいかい少年。時には気を休める事も大事なのだよ?」

「休め……あっ、もしかして手抜いてんの!?」

「人聞きが悪いなぁ。勇気ある休憩と呼びなさい」


 これで良くスタメン張ってるなぁ。


「ところで海? あんたいつから高校のバスケ部入るの?」

「んーそうだなぁ」


 思い起こせばあの日、初めて姉ちゃんと一緒にサークル行ったのは、それこそ無性にバスケがしたかったから。久しぶりのバッシュに、ボールの感覚。やっぱ嬉しかった。

 けどそれに相反して……5ヶ月近くブランクのある体は鈍りに鈍ってて、正直今のままじゃ部活行っても練習についていけないって思ったんだ。

 それに、練習でバテようもんなら……


『にっしっし。どうしたのかなぁ? もしかしてバテちゃったのかなぁ? うみちゃん』


 うぉ……ドヤ顔で話すあいつの顔が容易に想像できる。

 だから、せめて中学ん時くらいの体まで仕上げたいなぁなんて考えだったんだけど……


「それなりにうちの練習ついて行けるようになったんだから、多分大丈夫じゃない?」

「そうかな?」


「33秒ランこなしてんだから、少なくとも体力は戻ってるって。それに、早くしないと入部のタイミング逃すぞぉ?」

「うっ……確かにそれは言えてる。じゃあ姉ちゃんのお墨付き貰えた事だし……バスケ部、行ってみるよ」



 ――――――――――――



 そして次の日。

 この日もいつもと変わらず、あいつの声で朝は始まる。


「うぉーい。おはよう、うみちゃん」

「おはよう」


 相変わらず朝からテンション高いな。とりあえずバッシュと着替えは持って来たけど……いざ入部しようと思っても、いきなり行くのはちょっと恥ずかしくね? となると、こいつを利用するのが手っ取り早い。ふふふっ、我が手足となって働いてもらおうか? 湯花。


「なぁ、湯……」

「あれ? もしかして……」


 って、どこ行くんだよ。肝心な時に居なくなりやがって……ん? 隣の車両? 誰かと話して……る? ん? なんかこっち見てるんですけど?


「あっ! 海? 挨拶、挨拶ー」


 はっ、はぁ? 何がだよ。めっちゃ手招きしてるんですけど……はいはい。行けばいんでしょ行けば。大声で名前言われるのだけは勘弁だからな。よっこいしょ。


 そんな事を思いながらゆっくりと立ち上がると、俺は嫌々湯花の元へ向かった。


 一体なんだよ? っ!!

 しかし、そんなのんきな気分は一瞬で消え去る。右手首に感じる温かさと掴まれる感覚。そして気が付いたら、一気に引っ張られていたんだから。


「ほらほらー! はいっ!」

「ちょっ、腕ちぎれるって!」


 バカ! 関節外れるかと思ったぞ!? ったく、それで何の用……あっ!


 右肘に違和感を覚え、湯花に呪いでも念じてやろうかと準備した時だった、その人物が目が映る。ミディアムヘアに整った顔立ち、座っていてもわかる足の長さ。

 そして俺はその人物を……知っていた。

 マジか……石白中出身だからこの列車に乗ってるとは思ったけど、まさかこんな形で出会うとは……


「先輩、こいつ同じ中学校だったんです。高校も黒前なんですよ? ほらっ! 挨拶っ!」


 中学2年で県選抜に選ばれた実力者であり、声を掛けられた高校は数知れず。そのプレースタイルからスマイリーデビルの異名を持つ……晴下黎はるしもれい


「分かったって! えっと……初めまして、雨宮海です。って、こいつとはなんだこいつとは」

「あぁ、初めまして。俺は……」

「2年生の晴下黎さんだよ? 知ってるでしょ? 高校では静かなるエースって呼ばれるくらい凄いんだ」


 この辺でバスケやってる奴なら知らないわけないだろ? てか、さらっと先輩の自己紹介邪魔してんじゃないよ。


「それにクールオブクールという異名を誇り、その人気は学校内に留まらず……」


 クールオブ……? あれ? なんか中学の時と異名が……って、だから見ろ! 晴下先輩の顔! 明らかに嫌そうな顔してんぞ? 


「おっ、おい。湯花、声デカいって。しかも晴下先輩に迷惑掛けんなよ」

「だって事実なんだよ? あっ、こいつ中学校の時バスケやってたんですよ? あっ、これも縁だしバスケ部入っちゃいなよ」


 おっ、俺を巻き込むなぁ!


「なんでそうなるんだよ」

「上手いし、身長もあるんだからやっぱり勿体ないって! ねぇ先輩?」

「だから、俺は……」

「まぁまぁ、やるやらないは本人が決めること。無理強いは出来ないよ」


 はっ! 晴下先輩、今日初めてお話しましたけど……なんて優しいんですか! 


「甘いですよ先輩!」


 なっ……なんだとっ!


「先輩は優しすぎです。うみちゃんってば、本当にバスケ上手いんですよ? なのに……」


 待て待て、いきなり褒めるなよ。なんか体がモゾモゾするんですけど? 


「上手くねぇよ。しかも俺の名前はうみじゃない」

「またまたぁ」


 こっ、こいつ……いつもとまるで違うこと言ってやがる。先輩を目の前にしてるからなのか? にしても、とりあえず変な感じしかしないから止めてくれ! 


「大体、上手い上手くないってお前の主観だろ? 俺なんてペーペーなんだよ」

「何言ってんだか。そんな奴が県予選で50点も取れる訳ないじゃん」


「あれはたまたまだって」

「嘘吐くなよぉ」


「だから弱い所だったんだって」

「んなわけないでしょ? 県ベスト4のところだよ?」


「はいはいーちょっとストップ。盛り上がり過ぎ」

「えっ?」

「へっ?」


 盛り上がり……過ぎ? いやいやそんなことは……はっ! しまった! なに湯花と張り合ってんだよ。これじゃまるで中学の時と変わんないじゃん! しかもそれをこんな公衆の場で……


「まぁとりあえず、痴話喧嘩は2人きりの方が良いかもね?」


 ちっ、痴話……? あぁーもう!


「「ちっ、痴話喧嘩じゃありません!」」


 お前のせいだぞ、湯花ー!





 あぁ、まだ午前中だというのになぜこんなにも疲れているのだろう。

 授業の合間の教室では、クラスメイト同士が世間話で盛り上がっているというのに、俺にはその元気すらないよ。頬杖ついて黒板眺めるだけで精一杯です。


「おい雨宮? 寝るにはまだ早いぞ?」


 そう言いながらこっちを見ている山形。その溢れんばかりの笑顔の理由はもはや1つしかない。

 あぁお前は間野さんにゾッコンだもんな? お昼までハイテンションだもんな。


「なんだ? 痴話喧嘩でもしたのか?」


 こっちはこっちで、なにニヤニヤしながら俺の方見てるんだよ谷地。こいつは最近、やたら俺と湯花のことをイジリだしてきた。まぁ色々話している内にどういう関係なのかってのが、分かったからなんだろうけどさ?


「バカだなぁ谷地。喧嘩してたら一緒に登校するわけないだろ?」

「それもそうだな。悪い悪い」

「お前らここ数日、その会話テンプレになってんぞ?」


 まぁこれも慣れってやつかな? クラスの皆とも挨拶はもちろん、それなりに会話もできるようになった。けど、やっぱり席も近いとあってこの2人と居る時間は圧倒的に多い。

 それに? 例の合コン風昼食会も毎日とはいかないけど定期的に開催されてるし、間野さんと水森さんに至っては下手したらクラスの女子より話してるかもしれない。


「なぁ、雨宮。今日はお誘いあるかな?」


 山形の言ってるお誘いとは、もちろん合コン風昼食会のこと。それを開催するかどうかは、概ね湯花が教室に来るか来ないかで決定するって流れが定着していた。


「さぁどうかな? 昨日も食っただろ? 間野さん達だって自分のクラスの皆と過ごす時間も欲しいだろうよ」

「はぁ、だよなぁ」


 そんな時だった、


「おーい、うみちゃん」


 少しざわついているにも関わらず、なぜかハッキリと聞こえるあいつの声が俺達の耳に届いた。


「おっ!」

「おぉ?」


 その声に、山形と谷地は嬉しそうに教室の入り口に顔を向けたけど、正直俺は、今朝の一件のおかげでいつも以上にリアクションは鈍い。


 2日連チャンもいいけど、クラスの皆は良いのか? 他のクラスの男子にかまってたら変な噂でも……


 なんて皮肉を考えながら、俺もゆっくりと湯花の方へ顔を向け……


「山形君に谷地君! 今日もお昼どうかな?」

「「ぜっ、ぜひぃ!!」」


「了解。2人に伝えとくね? じゃあまたね?」


 ……は? 颯爽と居なくなっちまったよ。ったくマジで台風みたいなやつだな? 


「よっしゃ! 今日も間野さんと……」

「水森さん……」


 でもまぁとりあえず……この2人が嬉しそうだからいいか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る