第10話 全ては運命

 



 雲ひとつない青空に、うっすら温かい春の風。

 まるで昨日を繰り返してるかのように感じる程に、変わらない1日の始まり。

 でもまぁ、強いて違うところを挙げるとすれば、鞄の中が静かなことかな。



 あのあと部屋に戻って、実に10時間ぶりくらいにスマホの電源を付けてみると、画面には朝と同じ着信履歴の数。まぁ電源切ってたから電話しても着信履歴には残らないしね? 

 でも問題は留守番電話だった。こっちは留守電のサービス契約してたから、電源切れてても使える。アイコンをタップするとその数は3件。時間は朝と昼、そして夕方。


 朝と昼に関して言えば、どんな内容なのかは何となくわかる。けど、その夕方の留守電だけは少し違う。

 時間的に恐らく俺の家に行くとかそういう内容だとは思う。でもさ、どんな気持ちで電話したんだ? どんな気持ちで来ようと思ったんだ? 別になんてことはないただの疑問。俺はその答えを知りたくて……画面を押した。


 ≪もしもし海? 叶だよ。ねぇどしたの? 朝のストメから変だよ? 電話もずっと繋がらないし、話もできないよ。だから、会ってお話しよう? あのストメのこととか直接じゃなきゃ私納得できないよ。私海の家行くから、海が遅くなっても待ってるからね? それじゃあバイバイ≫



 まぁ声のトーンからは心配してるって感じだったけど……どうなんだろうな? フリって可能性もあるし、もはや声だけじゃその真意はわからない。わからないどころか、疑いしかない。

 そして昨日目にした叶の姿。あの公園で、ブランコに座っていた姿。


 突然のことで、俺は逃げた。今思えば、あの時面と向かって言えばよかった気がする。ただ、いざとなると……


「ふぅ」


 でもまぁ、実際それからは電話も来なかったし、諦めたって事だろ? 田川に連絡して歓喜してるかもしれないし? まぁそれならそれで結構。

 けど、昨日家に来てたのは事実なんだ。しかも姉ちゃんの話だと結構な時間居たみたいだし、らしくない行動をしてるのは気になる。


 まぁどっちにしろ、今度そういうことになったら……自分の本音ぶつけるだけだ。


 自転車を漕ぎながら昨日のことを思い出している内に、どことなくネガティブ感漂う空気。でもそんな空気も、


「あっ、うみちゃんおはよぉー」


 1台の軽トラと1人の声で、あっと言う間にかき消される。


「なっ! 湯花!?」


 あいつなに……ふっ。あぁ、思い出した。そう言えばもう1つ昨日と違うことあったわ。


 少しは笑えるようになったこと。


 ……ったく、あんにゃろうめ、わざわざ車から顔出してこっち見てたぞ? わざとか? わざとだな? よし! 待ちやがれ。





「あぁ、あちぃ」


 駐輪場に着くなり、額から滴る汗。朝から何の考えもなしに激チャした代償は思いのほか大きい。


 いやいや、あいつのせいだ。これ見よがしに軽トラから声掛けるだなんて最低だね。自転車族を馬鹿にしてる。これは抗議案件だな。よし、行き会ったら早速抗議だ。


 なんて息を巻いて、いざ駅の中に入った瞬間だった、


「わっ!」


 不意に耳を襲う大声と、横からいきなり飛び出す人影。ダブルの衝撃が俺に襲い掛かる。


「うおっ!」


 情けない声が口から洩れ、心臓がキュッと締め付けられる。けど、その目の前に飛び出してきた人物は、そんな可哀想な姿の俺を、


「にっしっし」


 まるで楽しむかのように、ニヤニヤ見ていた。

 もちろんそいつの顔には見覚えがある。というより、そもそもこんなことやりそうな奴は1人しか該当しない。


 さっきに引き続き、またしてもやられるとは。


「おい! 朝からあっちの世界行くところだったぞ?」

「てへっ、ごめんごめん」


 やっぱり骨の折れる相手だよ。

 宮原湯花。


「おはようっ! うみちゃん」

「あぁ、おはよう」





「でねぇ? うみちゃんったら、ギャー! って言って走って行っちゃったんだよ?」

「そうなのー?」

「うわっ、だっせぇぞ? 雨宮」


 あぁ、ガチで折ってやろうかな? うん。小指とかどうかな?


「そんな弱点あんだな?」

「なんか意外」

「だから、俺はホラーは好きだって……」


「いいって強がるなよ?」

「うんうん。弱点の1つや2つ人間ならあるさ」


 山形を皮切りに、なぜかその他5名に慰められるという、謎の光景に見舞われたお昼の学食。もはやこんな流れになったのも、言うまでもなくあいつのせいで間違いない。


「気にするな。うみちゃん」


 なんだその顔。大体、なんで中学ん時の夏合宿の話をしてんだよ。話題提供か? そのくせ人のことを使うじゃないか。

 いいか? 誰だって真夏、夜中の学校、トイレ! その3つが揃ったらビビるもんなんだよ! それをお前トイレ目前で飛び出してくるとか、人間のやることじゃないだろ?


「仕掛け人がなに飄々と言ってんだよ」


 とは言え、やっぱこの人数での昼飯ってのは悪くはない。1対1だと話しにくくても、この状況なら場の雰囲気で言葉も軽くなる。それにそんな様子を見てると、その人の性格って言うか特徴も少しは感じる事もできるし。


 山形は、見た目通りムードメーカー的なタイプだ。よく話をするし、話も振る。まぁ湯花と似た感じだな。


 似ていると言えば谷地と間野さん。この2人は相槌タイプな気がするよ。まずは人の話を聞いて、それにすかさず反応してる。でもこういうタイプは、時々カウンターでとんでもない話振ってくる事あるんだよな? そこは注意。


 そんで最後は水森さん。彼女はその長い髪に少し大人びた見た目通り、落ち着いているお姉さんタイプ。すでに湯花と山形は何度やんわり声のデカさを注意されただろう。恐らく怒らせたらめちゃくちゃ怖いと思う。


 まぁ話しするようになってまだ日も浅いけど、とりあえずこんな感じかな? 意外とバランスも取れてて、会話も弾むし、この調子で高校生活上手くいけたらいいなぁ。


 ……あれ? そういえば、俺ってどのタイプ? ムードメーカーでもないし、そこまで話に食い付いてもないし、落ち着いた雰囲気もないぞ? あれ? もしかして、


 俺って……キャラ薄い?





 夕日を背に、自転車に乗る俺の足取りは重かった。自分のキャラの薄……いや、確立できていないことに対して少し焦りを感じているだけ。そう信じたい。けど、そうも言えない現状に顔も俯く。


 まずいな。今まで考えもしなかったけど俺ってどんなキャラだ? 中学ん時どんな感じだった俺? 普通に皆と話して、普通に皆の話聞いて……


 はっ! 普通!?


 いやいや、そんなはずはないさ。一応バスケ部のキャプテンだったからな? なんかあるだろ? ……あるだろ? 海。思い出せ! 中学ん時、中学の時、中学校……


 自分が一体どんなキャラで、どんな姿で見られていたのか。必死に中学時代を思い出しても、そう簡単には出てこない。でも確かに、具体的に自分の性格を言われたことなんてなかった。本当に、話したい時に話して、話し掛けられて笑って……そんな場面しか思い出せない。


 まじか? 1つくらいあるだろ? おもしろいねとか、明るいねーとか…… 



 優しすぎるんだよね



 はっ……


 その言葉は、ただ静かにただゆっくりと……どこからともなく俺の頭の中に現れた。


 自分がどう思われているのか、それを知りたい。そう渇望したからなのか、たまたまなのかはわからない。けど、その言葉は確かに……響いている。


 なんだよ。なんで今こんなの思い出すんだよ。くそっ!

 そんな思いを振り切るかのように俺は顔を上げた。あんな記憶、すぐにでも消し去りたかったんだ。でもさ、それは無理だったんだ。だって、その視線の先には……


 あの公園があったんだ。


 よく遊んだ、見慣れた、懐かしい公園。そして……叶に告白した公園。


 それが目に入った瞬間、俺は思わず自転車を止めていた。


 頭の中に響く、あの時の言葉。そしてその言葉に引かれるように、目の前に現れた公園。普通だったら偶然だと思って、気にはしなかったと思う。


 だけど……今は違った。昨日の出来事が鮮明に蘇る。


 体の奥底から滲み出る嫌悪感。

 体にまとわりつく悪寒のような寒さ。


 その瞬間、俺は覚悟を決めた。

 たぶんこんなことになるのは、決まっていた。全ては偶然なんかじゃない運命なんだ。だから俺をここでもう1度止めたんだろ? だから今日もここに居るんだろ? 


 でもそれが運命なら丁度良かった。どうせならここで腹割って話そうぜ?


 なぁ?



「おかえり、海」



 皆木……叶!



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