第9話 その姿

 



 辺りはすっかり暗くなり、顔を出す月の光が妙に明るく感じる。

 そんな中、俺は1人自転車に乗りながら帰宅の途についていた。


 にしても、相変わらず湯花の奴テンション高かったな。

 とはいえ、思い出してみると……あいつが言うストレス発散デート。最初こそちょっとした違和感や、不快感。それに恥ずかしさもあった。

 けど、そんなの一瞬。気が付けばいつもの通り。それこそ中学の時の部活みたいな雰囲気で……楽しかった。


 ……あいつなりに、俺のこと考えてくれてたのかもな。じゃあ感謝……

 なんて、そんなことを考えていた時だった。目の前に不意に見えたのは……1つの公園。


 なんで今、このタイミングでそこを見たのかは分からない。

 ただその場所は……いや、その場所を……


 直視したくはなかった。


 それは反射的な反応だった。

 そして明確な拒否反応でもあった。

 だってそこは、俺があいつに告白した公園だっから。


 胃から何かがこみ上げるような感覚に襲われる。そして火傷しそうな位の熱さに見舞われる。

 そんな体の異変。突然のことだったけど、原因は分かりきっていた。


 やばい。この場所は見たくない。

 早く……早く……


 足に込める力が強くなる。

 視線はただ真っすぐだけを見つめる。

 それは何かから逃げるような……そんな焦りにも感じた。


 けど、そんなの関係ない。そんなの……


「……い?」


 その瞬間、薄っすらと聞こえた声。耳に入ってきたそれは本当に微か。

 けど、俺にとってそれは……あまりにも聞き覚えのあるような気がした。


 無意識の内に、その微かな声の元へ視線を向ける。

 気のせいだ。誰も居ないに決まってる。

 そう思った。そう願った。


 ただ、そんな俺の願いは……


「海っ!」


 無残にも打ち砕かれた。


 丁度良く街灯に照らされ、ハッキリと分かる人影。

 ブランコに乗って、真新しい制服に身を包んだ髪の長い女の子。

 そして目が合ったその顔。


 それはまさしく……皆木叶だった。


 ……っ!!!

 それを認識した途端、頭の中に浮かぶあの日の光景。


 繰り返されるそれに、気持ちが悪くなる。

 心臓が苦しい。

 呼吸が上手く出来ない。


 さっきまで感じていた笑顔も楽しさも、全て一瞬でかき消される。


 それは苦しかった。

 それは怖かった。


 頬を伝う冷たい汗が、口へと入り……無意識の内に、脳が悲鳴を上げる。



 ―――にげろ―――



 後のことは覚えてない。

 ただひたすら、全速力でペダルを漕いだ。


 叶の声を、叶の姿を忘れようと……必死に。





 ガチャ

 あれからどれ位経っただろう。無事に家に到着した俺は、震える手をドアノブにかけ……ゆっくりと玄関を開けた。零れる電気の光に、少しだけ安心する。

 ……あぁ、なんか今日は色々あった。とっ、とりあえず、早くご飯食って風呂入って寝よう。


 ガラガラ


「ただいま。あっ、姉ちゃん」

「ん? あぁーやっと帰って来た。ちょっと海? あんたスマホどうしたのよ? 電話しても繋がらないし」


 あっ、そうだ。電源切りっ放しだったんだ。


「あぁ電池切れちゃってさ」

「電池切れ? ちゃんと充電しておきなさいよー」


「はいはい」

「ったく……叶ちゃん来てたよ?」


 ……は?


「結構待っててもらったけど、あんたなかなか来ないから今日は帰るって」


 家に……来た?


「あとでちゃんと連絡しなよ? わかった?」

「あぁ……わかった」


 家に来た? 叶が? 何で? 何の為に? ……あぁ今朝のあれか。まさか、あの公園に居たのは……家に来た帰りだったのか?


 まさか今日いきなり家に来るとは思わなかった。焦ってるのか? 不安なのか? まぁ正直、今となっちゃお前の本音なんて全然分かんない。


 ……けどさ? 今日の1日で改めて思ったよ。

 さっきの……自分自身の反応で思い知ったよ。


 どんな理由があったとしても、やっぱり俺は許せない。


 そしてもう1つ改めて確信した。


 なぁ叶? これから先、お前と一緒に居ても……



 俺は一生、心から笑えない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る