第8話 心の底から
県内で人口総数第3位の場所である
その駅前ともなるとそれなりの高さのマンションや、一目でわかるオシャレな建物がさも当たり前のように鎮座している。見慣れた地元にある
そんな場所に降り立った俺達は……
「へぇー、なんかこうしてみると高層マンションとか、ビルとか結構あるんだね?」
「だな。車で来る時と違って、こうやってマジマジと見ると……結構壮観だな。まぁ見慣れないってのもあるし」
「確かに。中学校の時とか遊ぶ場所って石白のショッピングモール一択だったもんね?」
「むしろそこしかないからな?」
なぜか地元トークをしながら、ただひたすら駅前通りを歩いていた。
「大体、列車でここまで来るっていっても50分は掛かるし、金もかかる。遊びに使いたい俺達には選択肢の中にも無かったな」
「わかるわかる。かといって自転車で来ようものなら……」
「行きは良くても、絶対帰りたくなくなるぞ?」
「にししっ。だね?」
……あれ? なんか変じゃね?
「うみちゃん! 変な置物があるよ?」
「ん? うおっ、奇抜なモニュメントだな。でもなんか……」
「芸術って感じ」
「芸術って感じだな」
いやいや芸術とか地元トークで盛り上がってる場合じゃ無くね。あれ? そもそもなんでひたすら歩いてんだ?
そもそも……ここどこだ?
「って、ちゃんと見たらめちゃくちゃ変な形だよー! ふふっ」
「どれどれ? ホントだ! ふははは……じゃないよ!」
危ない危ない。ぶらり散歩気分だった。なに昔話に花咲かせてる老人みたいなことしてんだよ。
「うわっ、急にどしたのうみちゃん? ついにこのオシャレ感漂うこの空気に当てられちゃった?」
「違う意味で当てられそうだったわ!」
普通に盛り上がってたけど、わざわざそんな事する為に黒前駅前来たわけじゃないでしょ? 目的はストレス発散! こんなモニュメント見てる場合じゃない。
「なぁ湯花?」
「んー? はっ! 具合悪いの?」
「どんな心配してんだよ。有り得ないとは思うけど、今日ここに来た理由忘れてないよな?」
「理由? そんなの忘れるわけないじゃん。うみちゃんのストレス発散デートでしょ?」
案外普通の反応だな。まぁ忘れてないってことが知れただけでも少しは安心したけどさ。
「その通り。でもさ、なんか俺ちょっと疲れたよ。あぁ、ほら見てくれ、あんなところに見た感じ大型商業施設のような建物があるぞ?」
なんか冷静になった瞬間、どっと体が重くなったんですけど? むしろどんだけ歩いたのかすらわからないし。
「うみちゃん、あそこ行きたいの?」
「まぁ、あれだけの大きさなら色んなテナントもありそうだしな」
「はい却下」
「えぇ?」
却下だと? てか、そもそも湯花が行こうって言い出したんだよな? こういう場合言い出しっぺがきちんと案内するものでは?
「じゃあ湯花。お前、何処か良い場所知ってんの?」
「ふっふっふ。もちろんだとも……うみちゃん!」
うわぁ、その自信満々な顔……やっぱ信用できねぇ。
「本当かよ?」
「信じなさいって、だってさ? そこ曲がったらすぐだもん」
曲がったらすぐ? やけにハッキリ言うじゃないか。
「なに? スマホで調べたの?」
「ううん? これに載ってる」
そう言うと、なにやらブレザーのポケット辺りに手を伸ばした湯花は、小冊子のようなものを俺の目の前に突き出す。それをよーく見て見ると、
黒前駅前おすすめスポットガイドブック?
可愛らしいフォントでそう書かれていた。
「なんだそれ?」
「さっき駅の中で見つけたんだ。地図もわかりやすいし、おすすめスポットも結構載ってるんだよ?」
駅の中? 全然気付かなかったよ。
「へぇ、そんなのあるんだな。ちょっと貸して?」
「だめー」
ガイドブックを掴もうとした瞬間、スッとそれを下げる湯花。その見事なまでの空振りが、妙に恥ずかしい。
この地味に嫌がらせをしてくるところも、そのやってやりましたって顔も変わんねぇな。
「なんでだよ。じゃあ俺の分は?」
「ありませーん」
「はぁ? 自分のだけ持って来たのか? くぅー、お前には優しさというものはないのか」
「私は常に優しさで溢れ返ってるつもりだけど?」
「その優しさを感じるにはなにか特殊な修行が必要なんだろ?」
「全ての人に平等だよ? それに気付かないうみちゃんはまだまだだね。修行してきなさい」
「結局必要なのかよっ!」
ったく、これじゃあまるで中学ん時の部活じゃねぇか。ストレス発散どころかストレス爆発しそうなんですけど?
「それにうみちゃん? あそこの商業施設に行こうとしてる時点でダメダメよ?」
さらにストレスを与えようというのか! もはやさっきと言ってることが真逆なんですけど?
「だってああいう所に行ったら、石白のショッピングモールで遊ぶのと変わらないじゃん」
まぁ……言われてみれば確かに。
「それに、これからどこに行くのかわからない方が……うみちゃん、楽しいでしょ?」
「おっ、おう……」
なんだよ。いつもみたいに小馬鹿にするんじゃないのか? てかそんな顔も出来るなんて聞いてないぞ。 ……卑怯だぞ?
「ついたぁ! 見て見てうみちゃん」
こうして俺達は、
「ん? ……タピオカ?」
湯花の独断と偏見で選ばれた、
「せーかぁい。遂にやって来た専門店だよ」
おすすめスポットを……
「ちょいタンマ、店内に女子しか居なくね? ちょっと? ちょっと湯花さん? 湯花ー!」
巡りに巡りまくった。
「ほらほら何にする?」
「なぁ、俺もここ居なきゃダメなの? 外で待ってても……」
「色々種類あるし、トッピングも多いの。ほら直接好きなの注文して? 今日は私のおごりだよ?」
「いやいやそれより……周りの視線が気になるんですけど」
世間のブームから数ヶ月。やっとできた専門店でタピオカミルクティー買ったり、
「でもブームだって騒がれてから結構経つよな?」
「仕方ないさぁ。こんな僻地にブームが届くのは早くても3ヶ月は掛かるってれんちゃん言ってたもん」
「いやいや、れんちゃんって誰だよ」
「東京のお友達だよ?」
「どこでそんな交友関係が繋がるんだよ」
「ん? 普通じゃない? ちなみに1つ年上だよ。でもまぁそんなことより……一口もらいっ!」
「あっ!」
これまた数か月前にテレビで見た飲み歩きなんかしてみたり、
「はぁ……なんて悪魔的なモフモフ。連れて帰りたい」
「警察のお世話になるんで止めてください」
「そんな事言わずにうみちゃんも抱っこしてみなよ?」
「大体、大袈裟な……」
はっ! この腕から胸に感じる毛並み。温かい体温。そしてこのつぶらな瞳……
「どう? どう?」
「確かに悪魔的だ」
「でしょー? ヤバいよね? このトイプードルの赤ちゃん」
「湯花。2人でやればイケるかもしれない」
「うんうん」
「となれば、そうだお前の鞄にこっそり忍ばせろ」
「鞄ね? ちょい待ち…………鞄、駅のコインロッカーでした」
「「…………」」
ペットショップで悪魔的な可愛さを堪能したり、
「もうちょいもうちょい……ストップ!」
「よぉし完璧……あぁもう! 全然取れないよぉ」
「やっぱデカ過ぎるんだよ。諦めろって」
「でもこのワンちゃんは私を呼んでる気がする。目が合うもん」
「そりゃぬいぐるみは誰とでも目は合うぞ」
「むー、実物が無理だからぬいぐるみだけは連れて行きたいのにー。もぅ、うみちゃんやって? はい100円」
「いやいや俺あんま得意じゃないぞ? いいのか?」
「私より3ポイントシュート得意だからイケるでしょ?」
なっ、なんだよそのトンデモ理論。あぁもう知らないぞ?
「よっと」
「おぉ、良い感じじゃない? 掴んだよ?」
「いやダメだ、アームがぬいぐるみの胴体から抜けた。これじゃ……」
「えっ! うそうそ、うみちゃん?」
「まじかっ! タグに引っ掛かって……」
「やった! 取れたぁ。うみちゃん凄い」
「奇跡的過ぎる」
「うー実物には勝てないけどモフモフー」
ゲームセンターで結構盛り上がったり、
「ハフハフッ。うんまぁ」
「確かに美味いな」
「外カリ中トロ最高ー」
「なんか物足りないな? 俺もう1つ買ってくるよ」
「あっ、待って? 私が……」
「お前お金遣い過ぎ。散々奢ってもらったんだから、ここは俺」
「えっ? いいの? じゃあ20個入りね?」
「はっ、はぁ? お前……」
出来立てのたこ焼きを食べたりして、最初はどこなく半信半疑で気分も乗らなかったくせに、気が付いたら……
「ふっ」
「ふふっ」
「「ふはははっ」」
めちゃくちゃ……楽しんでた。
ふぅ、なんか結構遊んだなぁ。空もいつの間にか薄暗くなってる。そういえば、
「なぁ、湯花はどっか行きたい所ないの?」
「私?」
俺はもう十分だ。楽しんだし、結構……笑った。
「俺はもう十分楽しんだし、折角ここまで来たんだ。次は湯花の行きたい所行こうぜ?」
「んーそうだなぁ。あっ!」
「おっ?」
「さっきチラッと見えたお店で可愛いブラジャー……」
「ブッ、ブラ!? ってお前、俺を何だと思ってんだよ」
「えぇ、だってうみちゃんが言ったんじゃん」
行ったところでまた俺が恥ずかしい思いするだけじゃねぇか。てかそもそも男と一緒に行く場所じゃないだろ!?
「そういう時は男女で行って成立できる場所を言うもんなんだよ。タピオカ以上に恥かくぞ?」
「タピオカ恥ずかしかったの!?」
「恥ずかしいだろ? 男俺だけだったじゃねぇか。ったく、他には?」
「んー、そうだっ! スポーツショップ行きたい!」
スポーツショップ?
こうして、湯花に付いて行くがままに到着したのは、とあるスポーツショップ。
「バッシュの紐買わないといけなかったんだぁ」
「そうなのか?」
「うん。じゃあすぐ戻って来るから、ちょっとだけ待っててね?」
なんてことを居ながら、当の本人はスタスタと店の中に入ってしまった。
あぁ、そういえば確か明日から始動って言ってたっけ。
靴紐かぁ。確か俺の奴もそろそろ切れそうだった気がする。そもそもバスケットシューズ自体、バッグから出さなくなってどのくらい経つだろ……覚えてもないな。
「よっと! お待たせー!」
「うおっ、早っ」
「だって紐買うだけだもん」
「そうだけどさ、気に入ったやつあった?」
「ふふふ、バッシュにピッタリな赤!」
「ほほう。赤って事はとりあえず中学ん時使ってたやつ高校でも?」
「だね。穴は開いてないし、馴染んでるし」
「そうだよなぁ」
「ねぇ、うみちゃん? 本当に高校でバスケやらないの?」
バスケットかぁ。やる気はあった気がする。じゃなきゃ引退してからも練習行ったりしない。けど、
「どうかな? でも今はそんな気にはなれない」
あの時のバスケに対する情熱は、今は消えちゃってる。
「そっか……」
「どうかした? まさか俺が居ないと寂しいのかな?」
「……寂しい」
「えっ?」
「嘘じゃっ! にししっ」
「あっ、このぉ……」
「あっ、でもさ? これだけは貰って欲しいかな?」
「ん?」
そんなやり取りの後、徐に湯花は手に持った紙袋を開け始めた。そしてあるものを取り出すと、俺の前へと差し出す。
えっ? これって……
「湯花。これって」
「うん。靴紐!」
湯花の手に握られていたのは、長方形の袋に入った靴紐。それも俺が今までバッシュに付けていたのと同じ……青色の靴紐だった。
「えっ、なんで……」
「ふふっ。何となくかな? 靴紐の寿命って意外と短いじゃない? 特にうみちゃんのプレースタイルだとさ?」
「いやっ、だから俺は……」
「でもいい。要らないなら捨てても良いからさ? 持ってて?」
なんて笑顔を浮かべながら、差し出した靴紐。正直、受け取るべきかどうか、悩んだ。
ただ、それでも……
「ん?」
いつものような表情で、真っすぐ俺を見ている湯花を目の前に……流石に断ることなんて出来なかった
。
「じゃあ……ありがとう」
「うんっ! そんじゃあぼちぼち……帰りましょうか?」
こうして、俺のストレス発散デートの幕は下りた。
黒前駅から列車に乗って、揺られること50分。まぁその間も湯花とは今日のことや、部活のことなんか話してあっと言う間だった。もちろん、他の人達の迷惑にならないように小声だったぞ?
「はぁ、すっかり真っ暗だねぇ」
「湯花大丈夫か? お前の家ここから更に時間掛かるじゃん」
「その辺は大丈夫! お兄ちゃん呼んだから」
おっ、お兄ちゃんって……いい迷惑だろうなぁ。
「おいおい、ぞんざいに扱うなよ? 知名度ではお前より遥かに上だからな?」
「大丈夫だって。何だかんだ言って来てくれるもん」
こりゃ大変な妹さんだな……。
「ねぇ、それよりうみちゃん」
「ん?」
「あのね? 今日……楽しかった?」
そう言って、少しはにかんだような表情を見せる湯花。それはどこか不安そうな、緊張しているような風にも見える。
なっ、なんだよ急に。もしかして本当に気にしてたのか? 俺が楽しんでるかどうか。
……でも自分が言い出しっぺだからとか、そういうの何気に気負うタイプだもんな湯花のやつ。まぁ結構おごってもらったし? 色々話もしたし? 靴紐も貰ったし。
「あぁ、めちゃくちゃ楽しかった」
それが本音だよ。
「ほっ、本当?」
「本当だよ」
「にししっ、うみちゃんの笑顔……見れて良かったぁ」
「おっ、おう」
笑顔かぁ。そういえばこんなに笑ったの久しぶりだな。いつ以来だ? いつ…………あぁ、もしかしたらそうかもしれない。あれから今まで俺が見せてたのは作り物の笑顔。心の底から今日みたいに思える事なんてなかったんだ。
そんな俺が、今日は笑えた。何もかも考えずにただただ笑った。それは言うまでもなく……湯花のおかげだ。
……1つ借りが出来ちゃったな。
「大丈夫か? 気を付けろよ?」
「気を付けるのはうみちゃんでしょ? 自転車で事故らないでよ?」
「事故るかっ!」
「ふふっ、あっ! うみちゃん?」
「ん?」
「このぬいぐるみ、本当にありがとうね?」
「だっ、大事にしろよ?」
「枕にするね?」
「そうじゃないだろ? ったく、じゃそろそろ行くわ」
「うん。バイバイうみちゃん」
「また明日ね?」
そう言っていつものように笑顔を見せる湯花。それはいつもと同じ、見慣れた顔……のはずだった。
けど、たった今見せたその顔は、いつものそれとはどこか違う気がした。
なんだ? なんだ? 今の顔いつもの湯花じゃなくないか? サイボーグか? 入れ替わりか?
ちくしょう。見慣れてるはずの笑顔のはずなのに、絶対有り得ないはずなのに、またしても……
可愛く……見えた。
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