第7話 染みる、いつもの雰囲気

 



 あぁ、こりゃまずい。


「あのー、宮原さん?」

「さて、うみちゃん。どこ行こっか?」


 聞いてくれます?


「おーい、宮原?」

「この時期の後黒公園も良いよね」


 お願いですから。


「宮原?」

「でもやっぱり黒前駅前かなぁ?」


 ちょっと聞いて!?


「ちょっとストップ! 湯花」

「えっ!?」


 再三の俺の声に、ようやくその足を止めてくれた宮原。振り向いたその表情は、どこか驚いているような気もするけど……今はそれどころじゃない。


 やっと止まってくれたよ……

 ようやく一息付けたのも束の間。俺の頭には何とも言えない嫌な予感が浮かんでくる。


 いや、宮原のおかげで急速にクラスメイトと仲良くなれたのは良かったよ。なんかお前すげぇみたいな感じで、引かれるままに付いて行ったよ?


 でもさ、よく考えてみ? 女子が男子のブレザーの裾を掴み、引っ張り回して廊下を歩く画。そんなの注目されないわけないじゃん? 今さっきすれ違った人もこっち見てたぞ? しかもその状況に気付いた時にはもう昇降口前っ! 実際にはもっと多くの人の目に付いたに違いない。


 あぁ、俺のバカ野郎。なにしみじみ感慨にふけってたんだよ。大丈夫か? 明日噂になってたりしないよな? しないよな? ……あり得ないよな?


「なんだようみちゃん。いきなり名前で呼ばないでよ」


 いやいや、気付くべきはそこじゃない。


「ちょい待ち、一旦落ち着こう。とりあえず袖引っ張るの止めてくれ」

「袖ー? 嫌だねっ」

「はぁ?」


 おい、何を言ってるんだ宮原。


「なんでだよ。それに今更だけど、この姿目立ち過ぎじゃないか。そんな状態で教室からここまで来ちゃったんだぞ? 俺もお前もまだ入学したての新入生。変な噂で変に目立つのは嫌だろ?」

「んー、別にそれは構わないけど?」

「えぇ!?」


 あぁ、どういう事だってばよ。


「だって人の噂も七十五日だよ? それに相手が自分の名前知ってる方が話しやすいじゃん」

「お前は良くても俺は嫌なのっ!」


 そのポジティブシンキングはどこから湧いて出てくるんだ。少なくとも俺には適合しないし、する気もないよ!


「とにかく、早く手を離せ」

「えぇー、じゃあさっきみたいに私の事名前で呼んでよ。それなら良いよ?」


「名前?」

「てか、そもそも中学校の時は湯花って呼んでたのに、何で名字呼びなの? ずっと気になってたんですけどー?」


 それはもちろん、お前と仲が良いってことを隠すための……保険だよっ!


「べっ、別にいいだろ?」

「良くない。こっちの調子が狂う。だから今後も、今まで通り名前で呼んでくれるなら離したげる」


 こっ、こいつ……何も考えてないようで、実は素晴らしい状況判断能力の持ち主なのか? この場で騒げばさらに目立つ、すなわち要求を飲まなければお前の考えている最悪の事態に陥るぞ? 

 そう暗に言っているとしか考えられない。くそ、流石は元バスケ部キャプテンのポイントガードだ……仕方ないか。


「わかった。今まで通り名前で呼ぶから、早く離しなさい」

「んー??」


 何てあざとい顔。本当にこいつのペースに嵌ると抜けられる気がしないよ。


「トウカサンテヲハナシテクダサイ」

「なんか随分無機質な感じするけど……仕方ない。はいっ」


 そうして、なんとか解放された我が身。だけどその代償は結構大きい。


「じゃあ改めて、うみちゃんどこ行きたい?」


 もはや、うみちゃんなんて呼ばれている時点で手遅れなのかもしれない。この一見すると可愛げのある笑顔も、悪魔の微笑みにしか見えないよ。

 なぁ湯花。その八重歯引き抜いても良いか?


「ん? なんか言った?」

「なっ、なんも言ってないよ。えっと場所だよな?」


 このよくわからない勘の鋭さも末恐ろしい。


「うん。うみちゃんの希望は?」

「いきなり言われてもすぐには思い付かないな」


「だよねー」

「とりあえず、駅向かいながら考えるってのはどうだ?」

「さんせー」



 


「ねぇうみちゃん?」

「なんだー?」


「なんで後ろ歩いてるの?」

「身長的に隣歩いたら歩幅が合わないだろ? 湯花に合わせる為の優しさだよ」


 隣を堂々と歩いてる姿なんて、なるべくなら見られたくないんだよ。どこで誰が見てるかわかったもんじゃないからな。油断は禁物。


「その割には近づいてないけど? うみちゃん意外と足みじ……」

「短くないっ!」





「よっとー、到着」

「んで? 駅まで来たものの場所については一切決まらなかったぞ? 湯花がくだらない事言うから」


「えぇ? コーラの素晴らしさを伝えただけだよ? あっ、もしかしてうみちゃんの足の……」

「短くないって言ってるだろ?」


 なんだよ。短いか? 足短いか? 絶対違う。あぁ、身体測定で座高がなくなって良かった。


「にししっ、まぁまぁ後でコーラおごってあげるから」

「要らないよっ!」


「じゃあ2本?」

「本数の問題じゃないだろ」


「あぁ、うみちゃんもしかしてペットボトル派?」

「容器の問題でもないからっ!」


「残念だぁ。私は飲むけどね?」

「おい、人の話聞いてるのか? ったくストレス発散の為に遊びに行って、なんでストレス感じなきゃダメなんだよ」


「そもそもうみちゃんが要らないって言ったんじゃん。コーラ1本でそれなりのストレスは軽減できるというのに」

「コーラ至高主義なのはわかるけど、そろそろ行先決めてくれる?」

「おっとそれじゃあ……」





 そんないかにも行き当たりばったりな状態のまま、列車に揺られて10分。

 俺達は黒前駅へと到着した。


「それで湯花? お前の一声で来たわけだけど、結構この辺来るのか?」

「んー全然」


 はぃ?


「ちょっと待て、結構自信満々な雰囲気だったじゃん? 詳しくないのか?」

「詳しくはないよ? あんまり来た事ないし」

「えぇ……」


 マジか? じゃあついて来いと言わんばかりに張り切ってたんだよ。


「湯花、大丈夫なのか?」

「まぁスマホで調べられるし……大丈夫だよっ!」 


 あぁ湯花、そのハツラツとした笑顔……



 全くもって全然信用できないんですけど?



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