第6話 コミュ力お化け

 



「はーい、じゃあ今日はこれでホームルーム終わるぞ。はい、さよならー」


 担任の佐藤先生の挨拶を皮切りに、少しずつ騒がしくなる教室。

 そして何とも言えない胸騒ぎに襲われる俺。その脳裏には、今朝の宮原の言葉が木霊していた。


『今日の放課後、一緒に遊ぼうって事だよ?』


 遊ぶ? 宮原と? 未だに整理がつかないんだけど。俺のストレス発散とか言って、さも俺の為みたいな雰囲気だったけどさ……絶対有り得ないだろ? 突拍子もないこと言うのはあいつの専売特許だけど、例に漏れずその本心は理解不能だ。

 しかもさ? 結構軽々しく言っちゃってるけど、これって見る人によっては……


「おーい、うみちゃん。迎えに来たよ」


 その時は何の前触れもなく、突如として訪れた。各々が席を立とうと騒がしい中、耳を突き抜ける聞き慣れた声。

 あぁ、なんか聞こえるよ。テンション高い声が聞こえるよ。なんか嫌だなぁ。今だけ俺の耳機能停止してくれないかな。


「ははっ! 湯花ちゃんがお呼びだぞ? うーみーちゃん」

「早く行ってやれよぉ。うみちゃん」


 そんな俺の願いは叶わず、近くから聞こえてくる野郎達の茶化す声。そして何やらニヤニヤ気持ち悪い顔で俺の方を見ている2つの顔。

 言っとくぞ? お前ら初めましてじゃなかったら、デコピンくらいはしてたぞ?


 俺の隣の席でニヤニヤしながらこっちを見てる。この坊主頭の名前は|山形やまがたのぼる。幸先の良く窓際最後列の席をゲットした俺が、最初に話し掛けた人物だ。その髪型のごとく野球をやってたらしく、高校でも入る予定らしい。


 そして、その前の席から山形に負けず劣らずのニヤニヤ顔で、こっちを見てる天然パーマの名前は谷地やち大夢ひろむ。山形と同じく、席が近いという事で2番目に話をした人物だ。見た目は若干チャラそうに見えるが、話によるとバドミントンでは少し名が知れてるらしい。俺はまだ信じてないけど。


 もちろんこの2人とは同じ中学校だったわけじゃない。むしろ山形と谷地も同じ中学校だったわけじゃない。

 にも関わらず、なぜこんなに息の合った行動をしているのか。なぜ出会って2日目だというのに俺をうみちゃんなんてふざけたあだ名で呼んでいるのか。その原因を作ったのも全て、教室の入り口で堂々と腕組みをしているあいつに他ならない。


「うみちゃんじゃねぇよ。大体そんな言葉口にできる顔でもないぞ?」

「ほほうっ! なかなか言うじゃないかうみちゃんっ! 昨日出会ったばかりとは思えないな」

「山形に同感だねぇ」


 明らかに今朝と口調が違うんですけど? 話はするけど、まだぎこちなさの残るあの雰囲気。今朝の俺の心情的にかなり丁度良かったのに……まさかお前達っ!


「何言ってんだよ! 湯花ちゃんがそう呼んでるんだから、俺達だって呼んでいいだろ? お許しは貰ってるし」

「バカっ、湯花様だろっ。俺は一生付いて行くぞ?」


 こいつら……完全に手駒にされてやがる! あれか? あれが原因か!? 


「お前ら……もしかしてまるで合コンのような昼食タイムに毒されたんじゃないだろうな?」

「なっ! 何を言ってるんだ! 失礼な」

「そっ、そうだぞ。俺は純粋に湯花様の人柄を……」


 やはり間違いない。この焦りようは間違いない。

 そうそれは、たどたどしくも何とか会話していた俺達にお昼がやって来た時だった。



 ――――――――――――



『なぁお昼どうする!? 雨宮は弁当?』

『いや、折角だし今日は学食で食べようかと思ってる』


『なんだ考える事は一緒かよぉ! やっぱ憧れるよな? 学食って』

『あっ、ごめん。俺弁当だ』


『そうなのか!? でも学食だったら別に弁当食っても良いんじゃないか?』

『だなっ。じゃあ谷地も行こうぜ学食』

『そだな』


 そんな新入生感丸出しの会話。でもそれはそれでなんか新鮮でさ? 良い感じだったんだ、良い感じだったんだよ? あいつが来るまでは。


『おーい、うみちゃん。お昼ご飯行こっ』


 その声に、教室に居た生徒の注目は1点集中。そしてその注目の的は颯爽と山形を追い越し、一直線に俺の目の前までやって来て、


『ん? どしたのうみちゃん』


 決定的な一撃をお見舞いしてくれた。


『うみ……ちゃん?』

『うみ?』


 そう呟きながら俺と宮原を交互に見ている2人の姿に、あいつは容赦なく襲いかかる。


『あれ? もしかしてうみちゃんの友達? おぉ、さすがのコミュ力だねうみちゃん。すでに2人も友達作っちゃうとは。私は3組の宮原湯花。うみちゃんと同じ森白中出身なんだ。名前聞いても良いかな?』

『やっ、山形です』

『やっ、谷地……』


『山形君と谷地君ね。よろしく!』

『よっ、よろしく』

『こちらこそ……』


 久しぶりに目の当たりにした宮原のコミュニケーション能力は、やっぱり凄いとしか思えなかった。でもその数秒、あいつの意識が2人に向いたのはでかい。おかげで、あまりにも衝撃的な登場に若干フリーズ気味だった俺は……息を吹き返したんだ。


『なっ、何がよろしくだよ!? てか声デカ過ぎ、それに俺の名前はうみじゃない!』


 しかも何気に躊躇なくここまで来たよな? まるで俺の席を知ってるように。


『大体、なんで俺の席知ってんだよ』

『まだそれ言うの? 中学3年間ずっとその呼び方だったじゃん? 今更恥ずかしがらないでよ。それに席だって、今朝一緒に来た時に教室近付いたらうみちゃん先に行っちゃったじゃん。そのあと中見たらさ、ここに座ってたし』


 うっ、そこを見られていたのか!?


『中学校3年間……?』

『今朝一緒に……?』


 はっ! マズい。お前絶対わざとだろ? わざとそんな言い回ししてんだろ? あぁ……誤解だ誤解!


『ちっ、違うぞ!? 何勘違いしてんだよ』

『はぁ……』

『まじか』


 信じきってるじゃねぇか! おいおい、頼むから俺の高校生活を乱すなぁ!


『お前なぁ……俺をからかいに来たのか?』

『んー? だからお昼ご飯食べに行こうって言ってるじゃん?』


 お昼だと? お前この状況理解してるか? 


『悪いけど、俺達今から学食行くんだ。だから宮は……』

『俺達って山形君と谷地君と一緒に?』


『そうだ。だからお……』

『なんだぁ、それなら早く言ってよぉ』


 そう言うと、宮原は颯爽と俺達の教室をあとにしたんだ。

 人の話最後まで聞けー! なんて声を大にして言いたかったけど……その諦めた様子に安心したのは言うまでもない。


 しかし、奴が残した爪痕は想像以上に深い。2人は完全に死んだ魚のような目で、じっと俺を見つめるばかりで……暗い雰囲気に覆われたこの場を、何とかできる自信なんて無かった。


 ヤバイ、非常にまずい。

 2日目にして教室を微妙な雰囲気にし、さらにまるで台風のようなやつと知り合いという事が知れ渡った。どうする……どうする……雨宮海!


 そんな時だった。またしても奴の声が耳を通る。

 その声に、瞬く間に反応したよ。けど、そこに居たのは奴だけじゃなかったんだ。


『お待たせー。すずちゃんにまこちゃんだよ』


 奴の後ろに立って居る2人の女子。そんな彼女達は名前を言われた途端、


『はっ、初めましてぇ。間野まのです』

水森真子みずもりまこです』


 それこそ可愛らしく、初々しい自己紹介をしてくれたんだ。

 誰だ? 少なくとも森白中の人ではない。それに、どこか緊張気味な気がする。となると……もしかして?


『私の友達だよ? ほらっ、行こう?』


 やっぱり3組の子かよっ! しかも行こう? 


『行こうってどこに?』

『だぁかぁらぁー、さっきから言ってるでしょ? お昼ご飯!』


 ……は?


『3対3なら問題ないでしょ? それにこの際だし仲良くなっちゃおう。だからさ? 皆でお昼食べに行こっ?』


 ……この為に自分の教室行ったのか? まさかお前無理やり連れて来たんじゃないだろうな? だとしたらいい迷惑……


『もちろんさっ! さあ行こうぜっ!』


 やっ、山形?


『こんな可愛い子達とお昼一緒に出来るなんて、僕は幸せだよ』


 やっ、谷地? ……はっ! こいつらキャラが……それどころか目の輝きを取り戻してるっ!



 ――――――――――――



 さぞかし楽しかったんだろうな? まぁ、どっちも確かに可愛かったし。


「んで? どっちが好みだったんだ?」

「なっ! まっ、まぁ俺はすずちゃんかなっ!?」

「俺は……真子ちゃん」


 はい。山形は巨乳好き。谷地はお姉さん系と言うか綺麗系好き。

 早々に好きなタイプまで知れるとはな。だが残念だな宮原、どっちもお前がタイプではないみたいだぞ? 


「ちょっとー、うみちゃん聞いてますかぁ?」

「うおっ」


 そんな少しの優越感にも、浸らせてくれないのが宮原湯花。またもや至近距離に現れたその顔に、驚かないわけが無い。


 だから、その音もなく現れるの止めてくれよ。てか、そういう事すると……あぁ、あぁ。ほら見ろ、そこの2人がまたニヤニヤしてる。


「おい、宮原? そもそも一緒に行くなんて言ってないぞ?」

「えぇ!? 今朝言ってたじゃん? わかったわかった! って」


「だから、あれはだな?」

「おっ! なんだデートか?」


 その頭、更に厘刈りにしてやろうか? 山形。


「リア充爆発しろ」


 お前の頭、さらに爆発させてやろうか? 谷地。


「んーと……そうだね。デートみたいなもんだよっ」

「全然違うだろ!」


 おっ、お前もなに言ってんだ宮原っ! そういう勘違いされそうな事を……


「それじゃあ、山形君と谷地君。また明日ね? じゃあ行こうかうみちゃん? ストレス発散デート」


 宮原はそう言って俺のブレザーの裾を掴むと、引っ張り上げる様に自分のところへ引き寄せた。そんな自分の右腕に感じるその動きに……なぜか反射的に付いて行ってしまう自分が居る。


 そのまま立ち上がり、宮原に誘われるように教室の入り口へと向かって歩いて行く。恥ずかしいはずなのに、嫌なはずなのに……なぜか不思議と悪い気はしなかった。


「早く帰るんだぞ!?」

「明日詳細な」


 そんな2人の言葉さえ例外じゃない。それどころか、心のどこかでこう思った。

 まだ出会って2日目なのに、昨日話をしたばっかりなのに……なんだか俺達めちゃくちゃ打ち解けてないか?


 その理由はなんとなくわかる。

 そうだ、変わったのはこいつが来てからだった。


「ふっ」


 まぁ、今は良い方向に進んでるから良いよ。けど……やっぱうみちゃんって呼ぶのは勘弁してくれ。


「あれ? うみちゃん、今笑った?」

「ん?」



「気のせいだよ」



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