第5話 カウンター

 



 スマホを俺に返した宮原の顔は若干俯いていて、朝とは全く違っていた。むしろ宮原には似つかわしくないと言ってもいいくらい、何か思いつめるような表情。


「悪い、変な思いさせちゃって」

「なっ、なんでうみちゃんが謝るんだよ?」


 けどそれも、一瞬だった。

 そう言って俺を見た宮原の顔は、いつも通りの宮原湯花。口元から見える八重歯がその証拠。


 正直、朝に遭遇しただけだった。声を掛けられた。宮原だから……だからといって、いきなりこんな重い話と、暗い動画を見せてよかったのか。自分の痛みを和らげる為だけに、巻き込んでしまっていいのか。

 今更、そんな後悔に襲われる。


「でもまぁ、なかなかの先制攻撃。まさかうみちゃんにやられるとはね」

「勢い任せのラッキーパンチだけどな」


「それでもこの湯花ちゃんにダメージを与えたのは名誉ある事だよ?」

「今はそんなに嬉しくないな」


 いつもはうっとおしく感じる宮原節も、今に至っては丁度良く感じる。他の奴だったら、もれなく無言で何とも言えない雰囲気が永遠と続いてたんだろうな。


「でもさ? うみちゃん、話戻るけど」

「ん?」


「さっきの動画はモノホンだと認定しよう。それでうみちゃんは今朝、叶ちゃんにストメで別れようって言ったんだよね?」

「あぁ」


 ストロベリーメッセージ(通称ストメ)今や誰もがダウンロードしてるだろうメジャーなメッセージアプリ。連絡のやり取りも楽で、俺と叶もよく使ってた。


「んー」

「どうかしたのか?」


「名探偵湯花の推理によると……ちょっと気になる点が」

「気になる点?」


 名探偵? 全く真逆のポジションじゃないか。むしろお前は最初の犠牲者だろ。

 ただ、一応話は聞いておこうか。


「動画を見る限り、チュッチュしてるのは間違いないよ? でもさ? なんて言うか……」

「なんだよ」


「えっとね? うみちゃん程じゃないけど、私だって叶ちゃんとの付き合いは長い方なんだ。その私から見ても中学時代のあんたらは見本みたいなイチャラブカップルだったよ? それはうちの中学全員が思ってたって」


 そう……だったのか? そこまで中学校でイチャイチャしてた記憶はないけど。


「だから尚更、叶ちゃんが他の人になびくなんて未だに違和感があるのよ。しかも相手は田川だよ? 風の噂ぐらい、うみちゃんだって知ってるでしょ?」 

「確かに噂は知ってる」

「私達の間でも話題になってたし、もちろんその中に叶ちゃんも居た。だからそんなの相手にする程、叶ちゃんバカじゃないと思う」


 そっか、宮原も叶も田川の噂は知ってた。だから叶がそんなバカな真似するはずがないって事か。

 確かに言われてみれば、そうかもしれないって可能性は……ある。けど、


「でも、それも可能性だろ? 現にあいつは……」

「そう。あくまで名探偵湯花の推測。心の内は本人しか分からないしね」


 まだ続いてたのかよ。そのキャラ。


「それにどんな理由があったとしても、うみちゃんが受けた傷の痛みと苦しみが消えることなんてない。現に証拠として……残ってるしね? それだけは紛れもない事実なんだ」


 傷が消える事はない……か。もう過去の話。あの光景とこの痛みは事実として永遠に残る。これだけは……変わらない。


「まぁどっちにしろ、俺達は別れた。これで終わりだろ?」

「……どうかな」


 どうかな?

 その湯花の言葉を聞いた瞬間、少しだけ胸が締め付けられる。自分自身、なんで湯花の言葉に体が反応したのか……その理由に心当たりはあった。けど、それを必死になってずっと心の中で誤魔化していたんだ。

 これが俗に言う図星を突かれたって事なんだろう。そうだよ、自分でも分かってる。お前にしちゃ随分と回りくどい言い方だけどさ、結局はこう言いたいんだろ?


 覚悟を決めて前に進んだ。でもそれは始まりに過ぎない。

 直接叶に会って直接言わなきゃ、これ以上前には進めない……ってさ。


「まぁどの道、今日の今日じゃ無理でしょ?」

「……だな」


 全くその通りだ。俺的には方法はどうであれ、叶に切り出したことですら結構な覚悟が必要だった。


「なんかごめんね? うみちゃんの覚悟に水差すようなこと言って。でも、知ってるでしょ? 私の性格」


 知ってるさ。空気は読まないし、女の癖にデリカシーの欠片もないことも平気で喋るし、嘘が大嫌いで自分にバカ正直なことくらい……嫌というほど知ってる。


「当たり前だ。その性格のおかげで俺やバスケ部、延いてはクラスの連中がどんだけ巻き込まれたと思ってんだよ」

「にししっ。そんなことあったかな?」


 訂正。速攻で嘘つきやがった。


「それにしても、うみちゃん凄いね」

「凄い?」


「さっきも言ったじゃん? ついさっきまでうみちゃんに言われるまで、私気が付かなかったんだよ? うみちゃんが苦しい思いして耐えてる間だって、2人の様子ってば全然変わってなかったもん」

「俳優いけるかな」


「ハリウッドレベルだね。でもさ、真面目な話。あの光景、あの動画を何回見ても……それでもどこか自分を疑ってたんじゃない? 心の中でずっとずっと叶ちゃんのこと信じてたんじゃない? でなきゃ、あんな状態で今日まで耐えれるわけないもん」


 何言ってんだよ。全然変化のない叶に、面と向かって言えなかったただのヘタレだよ俺は。勝手に美化すんなよ? 惨めになるから。


「何言ってんだ。どうしようもないヘタレだったからだよ」

「ヘタレかぁ。だったらそんなヘタレなうみちゃん……私は好きだよ」


 はっ、はぁ? 待て待て何言ってんだ?


「なっ、何言って……」


 パーン


 そんな焦る様な返事を、無理矢理口から出している最中だった。不意に感じる背中の痛み。

 そしてその衝撃は一直線に胸まで到達し、一瞬呼吸を停止させた。


「よぉーし」


 隣から聞き覚えのあるテンション高めの声が聞こえてた時には、若干前のめりになってた体も元に戻っていた。そして痛みと驚きでいっぱいだった頭の中は、怒りと恥ずかしさへと思考を変化させている。


 いってぇ。こいついきなり何しやがる! しかもそれなりに他の乗客もいるだろ! さすがにこのタイミングで、そのデリカシーの無さは有り得ないぞ。なんかお前に聞いて貰って良かったかも……なんて少し思ってた自分が恥ずかしいわ。ここはガツンと一発言ってやらないと。


「おっ、お前なに……」

「うみちゃん、君に朗報だ」


 朗報だ? こっちは悲報だよ。羞恥心で一杯だよ。ほらぁ、あの制服の子こっち見てるじゃん。


「はぁ?」

「実はね、バスケ部は明日から始動なんだよ」


「だから?」

「つまり、私は今日の放課後部活じゃない」


 なんだ? 良かったねーとか言って欲しいのか? こいつ。


「ヨカッタネー」

「うん。良かったねうみちゃん」


 ……?


「ん?」

「つまり、男子も休みってことだぞ?」


 男子? って、俺高校でバスケやる気は……ないぞ? いや、なくなったって言った方が正しいか。


「いや、俺は……」

「そんなに恥ずかしがるなって。にっしし」


 恥ずかしがる? あぁダメだ。その元気ハツラツ気味なお前の言うことは、大体がロクでもないし、理解不能なパターンが多い。過去3年間の統計学上その割合は98.0%は占めてるよ。頼むぞ? と言うより、まずこの場でさらに俺を辱めるのだけは止めてくれっ!


「放課後、気が済むまで付き合ってあげようじゃないか」


 ……はっ?


「うみちゃんの……ストレス発散にねっ!」


 あのさ、そんな弾けんばかりの笑顔で、そんな力強く親指付きあげられてもさ? 理解が追い付いてないんですけど?


「えっと宮原さん、ちょっと良いですか? 声小さめにお願いしたいんですけど、つまり……」

「ん? 分かんない? つまり……今日の放課後、一緒に遊ぼうって事だよ?」



 遊ぶ? 

 放課後? 

 ……宮原と?



「はぁ!?」



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