第4話 棘の道

 



 皆木叶とは、別に幼馴染とか家が近所とか……そういう関係じゃなかった。

 初めて出会ったのは小学校1年の時。でも、気が付けば6年までずっと同じクラスだった。


 そうなるとさ? かなり話もするし、結構仲良くもなるんだ。それに高学年になると、他のやつらは男女で隔たり出来たりしてたけど、俺と叶は全然そんなこともなくて……変わらず仲は良かったよ。


 叶は優しかった。学級委員長ってタイプではないけど、強いて言うなら副委員長タイプって感じかな?

 クラスの中心ってわけじゃない。けど、話しやすい雰囲気と性格のおかげか、常に会話の輪に居たり、相談事とかも結構受けてるみたいだった。まぁ俺もその1人で、気兼ねなくなんでも話してたんだけどね。


 でも、いつからだろう。そんな叶を異性として捉えるようになったのは。正直分からない。けど確実に6年生の時、バレンタインデーでチョコ貰った時には好きだった。いつも見せるはにかんだような笑顔が、めちゃくちゃ可愛くて仕方なくて、その仕草1つ1つにドキドキしてたっけ。


 だから中学に入ってすぐ、通り道の公園で……


『なぁ叶。おっ、俺お前が好きなんだ。付き合って下さい』


 思い切って告白したんだ。


『ほっ、本当? 私も、海のこと好きっ! 宜しくお願いします』


 その返事がめちゃくちゃ嬉しかった。


 俺は小学校から続けてたバスケ部。叶はお兄さんの影響でサッカー部のマネージャー。部活は違ったけど、毎日一緒に登校して、毎日一緒に帰ってた。


 手繋いだり、抱き締めたり……キスしたり。

 その先はお互い恥ずかしさもあってまだだったけど、たぶん高校生になったら……って、お互いに口に出さなくても感じてたと思ってた。

 そんな日々が楽しくて、楽しくて仕方なかったよ?


 あの日が来るまでは。


 あれは、中体連も終わった去年の9月。引退したとはいえ、俺は高校でもバスケやりたいって思ってたから、変わらず練習に参加してた。それは叶も一緒で、マネージャーとして出来る限りは顔出したいってことで放課後は部活。でも帰る時は一緒。それが当たり前だったある日、


『海ごめんね? 今日ちょっと遅くまで残るから先に帰ってていいよ。ボールとかかなり汚れててさ? マネージャーとして最後は出来るだけ綺麗にしたくて』


 叶はそう言って、サッカー部へと行ってしまった。ぶっちゃけ俺としては、最後までそんなことするのは叶らしいなぁなんて思ってさ? 何とも思わなかったよ。

 そして放課後、バスケの練習が終わった後に体育館から見えるサッカー部の部室を見たらさ、やっぱ電気付いてるわけ。そこで俺は思い付いたんだ。


 どうせなら叶を驚かせちゃおう。


 そんな事思い付かなかったら良かったのに。まぁ今となっては英断か。

 まぁそんな経緯で、俺はサッカー部の部室に忍び足で向かった訳だ。その時間とっくにサッカー部の練習は終わってるし、部員も皆帰っているはず。つまり、中に居るのは叶だけ。


 驚くかな? どうかな? そんな期待を込めてドアノブに手を掛けた瞬間、


『えぇ、そうなの?』

『そうだって』


 聞こえて来たのは、叶と……男の声だった。

 別に1人で残るって言ってた訳じゃない。他の部員と一緒にってのも十分考えられる。でも、その声を聞いた瞬間心の底から滲み出たモヤモヤした気持ち。

 今なら分かるけど、あれは嫌な予感ってやつだったんだと思う。その気持ちに飲み込まれる様に、俺はドアノブからゆっくりと手を離した。


 そこからは簡単だった。単純に叶は何をしてるのか。誰と居るのか。それを知りたかった。

 サッカー部の部室は小さなプレハブで窓は1箇所しかない。部室の入り口から丁度反対側。だから俺は、静かに部室の裏手に回り込んで……見つからない様に中を覗いた。


 結果的に明るい部室の中に叶は居たよ……サッカー部の田川と一緒にね。

 田川は1年の頃からサッカー部のスタメンとして活躍するほどで、そのルックスも相まって学校内での人気も高かった。俺は1年の時に同じクラスだったから、すれ違えば挨拶する程度の仲。

 けど、3年になる頃にはある噂もちょいちょい耳にするようになったんだ。いわゆる女泣かせ。うちの中学校でも何人か居たみたいだけど、主なターゲットは他の中学校の女子だったらしい。まぁ、あくまで噂。それに普段の奴は至って普通に皆と笑って話すような感じだったしさ。


 けど、それは一瞬で崩れた。長椅子に座り、楽しそうに話す2人。そんな2人の手は……触れ合ってた。


 重なり合う叶の左手と田川の右手。それが目についた瞬間俺は……居ても立ってもいられず、その場を走り去ってしまった。


 まさか? 嘘だろ? 見間違いだろ?

 そんな事が頭の中をグルグル回って、正直どうやって家まで帰って来たのかさえ分からなかった。


 そして次の日、いつもと変わらない様子の叶に……俺は何も言えなかった。


 それから少し経っても、叶の様子は全くと言っていいほど変わらなかった。

 普通にメッセージがきて、

 普通に話し掛けてきて、

 普通にデート誘ってきて。

 そんな叶に合わせるように、俺もいつもの様に接していた。変わったのは、まだどこかでモヤモヤしてた自分の心だけ。


 ……だと思ってた。


 そんなある日、そう……あの日。また叶に言われたんだ。


『海ごめんね? 今日もちょっと遅くまで残るから先に帰ってていいよ。今日で終わらせたいからさ?』


 その言葉を聞いた瞬間、心臓が張り裂けそうだった。だからその日、俺は……練習には行かなかった。

 ずっと、図書室からサッカー部のグラウンドを眺めて、練習が終わるのを待った。そして、終わった事を確認した後……向かった、ぽつりぽつりと帰って行くサッカー部員が誰も出てこなくなったところで、誰にも見つからない様に向かったんだ。サッカー部の部室へ。


 心の中で、あれは何かの間違いだった。

 そう信じる自分が居た。叶を信じる自分が居た。


 電気の付いた部室は静まり返っている。もちろん中に居るのは叶だけ。1人で道具を綺麗にしてる。そんな事を願いながら窓の近くに辿り着いた時だった。


『で? どうなの?』

『どうって……』


 俺の願いはあっけなく消え去った。


『雨宮だよ』

『うーん、海優しすぎるんだよね』


 優しすぎる? どういう事だ? 


『じゃあ強引な方がいいんだ』

『そんなこと……きゃっ』


 その叶の声が聞こえた瞬間、俺は急いで窓を覗き込んだんだ。でもそれは、一瞬でぼやけてしまったよ。


 だって、田川が叶を抱き締めてたんだから。


 頭がクラクラする。胃から熱い何かが飛び出してきそうな感覚に襲われる。

 でも待て、あれは叶なのか? 本当に叶なのか? 確かめなきゃ、何度も何度も……

 確認しなきゃ!


 そんな状況で俺の頭の中にあったのは、見間違いだったと確認できるように……少しでも安心できるように……何かに残して置く事。今思えば、あの手を触れ合っていた時に何も出来なかった後悔が、俺をとっさに動かしたんだと思う。

 そして俺はポケットからスマホを取り出すと、震える手で必死に……


 スマホを向けた。


 それからしばらく、叶達は抱き締め合ったまま。そして、ゆっくりと顔を離したかと思うと……なにか小声で話してるみたいだった。さすがに聞き取れなかったけど、そこで何かが起こったんだと思う。だってさ?


 その後すぐに、目と目を合わせて……2人は唇を重ねたんだから。


 それはどのくらいなんだろう。途方もなく長い時間に思えた。俺はさ、頭真っ白だった。目の前の出来事が、夢のようにも感じた。

 心臓の鼓動も、胃に感じる熱い何かさえ、何も感じなかった。ただただ……動けなかった。そう、その全てを理解できないようにする為に。


 けど、それすらやつらは許さなかった。

 長い長いキスの後、田川は……田川は……手で触れたんだ。


 叶の……胸に。


 もう無理だった。動画の事なんかどうでもいい、気付かれたってどうでもいい。

 逃げたかった。ただ逃げたかった。この場から……全てのことから。


 最後に残ってたのは、風の音と、砂利を蹴り上げる音、そして……


 俺の情けない息遣いだけ。





「どうだ宮原。見間違いか? 俺の勘違いか?」

「……いんや。今のスマホの画素数は凄まじいよ? まさに田川と……叶ちゃんだ」


 そう言って、スマホを手渡す宮原。その手に少し触れた瞬間、若干震えているのが分かる。

 でも、これでハッキリした。

 見間違いでも。

 勘違いでもない。


 あぁ、宮原。教えてくれてありがとう。



 俺は……間違ってなかった。



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