第2話 鳴り止まないスマホ

 



 鞄の中から聞こえる、バイブ音が鳴り止まない。

 恐らく、スマホに送られてきたメッセージの通知なんだろう。

 ただ、今は自転車の運転中につき、返信はおろか見ることも出来ない。そして、今まさに駐輪場へ自転車を止めて、駅に向かう為に歩いていたとしても……その動作をする気にはなれないし、しようとすら思わない。


 しかしながらさっきから鳴り止まないそれは、さすがにここまで来ると不快感で溢れ返ってくる。


「あぁ、ブロックするの忘れてた」


 俺の誤算は、あいつの返信速度を見誤っていたこと。

 登校の時間だと思って返信には時間が掛かると思っていたけど……それがどうだ? この速度は尋常じゃない。やっぱり授業中に送るべきだったかな?


 絶え間なく続く通知。その内容は見ずとも何となくは予想がつく。けど、そうなると余計にわからなくて、腹が立って仕方がない。


 なんでそこまで必死になる。

 だったら、なんであんなことを?


 思い出すあの光景。忘れたくても忘れられない光景。


 その瞬間、胃から何か逆流してきそうな感覚に襲われる。最近、滅多に現れなくなったその症状に俺はいても経ってもいられず、


 いい加減にしろ。


 内容なんてどうでも良い。

 ただ単純に消えて欲しくて……ブロックのタブをクリックする。


 するとどうだろう、さっきまで震えっぱなしだったスマホは、その体を取り戻したかのように落ち着きを見せた。不快な微振動がないだけで、ここまで気持ちが楽になるなんて思いもしなかった。


「ふぅ。意外と反応早くないか? こりゃ着拒も早い内に……」


 そんな事を呟いている最中、


 ヴーヴー


 繰り返すバイブレーション。そして画面に表示される、|皆木みなきかなの名前。

 正直、その名前は面と向かって見たくもなかった。けど、なかなか着信は鳴りやまない。


 だったらどうする? じゃあ一層のこと……


 俺はサイドボタンに指を伸ばすと、そっと押し続ける。

 暗くなる画面。そして音も無く静かになるスマホ。その静寂だけが、今の俺の心を落ち着かせてくれた。


 しばらく電源は入れない方が良いな。よしっ。

 そんなスマホを鞄の中に入れると、俺は足早に列車の中へと足を踏み入れた。





 おっと。

 腰掛けた列車の座席が、思いのほか柔らかく感じる。そう言えば列車って両手で数えるくらいでしか乗ったことがない。けど、今日からほぼ毎日お世話になるし、この座り心地もこの光景も慣れるんだろうな。


 慣れる……か。俺はあいつに慣れちゃってたのか? そんな態度だったのか? 違う。俺はずっと変わらず大事に思ってた。


 でも、あいつは慣れた……というより飽きたんだろうな俺に。だからさ、裏切ったんだろ? なぁ、優し過ぎるってなんだよ。優しいって……なんなんだろうな? あぁ嫌だ。気が緩むとすぐあの光景が目に浮かぶよ。あの……


「うぉ~い、元気ないなぁ。どしたのうみちゃん」


 そんな心も体も俯き加減だった俺の耳に、騒々しくて、馴れ馴れしい……キーの高い声が突き抜ける。その声は嫌という程聞き覚えのある声。だからこそ、今近くに居る奴が誰なのかは簡単にわかる。


 はぁ。嫌なタイミングでうるさい奴と遭遇しちゃったな。とりあえずシカトしとこう。聞こえない振りして……


「ん~?」


 その瞬間、目の前に現れた顔。覗き込むその顔との距離がめちゃくちゃ近くて思わず、


「うおっ!」


 変な声と一緒に顔を上げてしまう。そんな俺を見てか、うるさくて厄介で……馴れ馴れしいそいつは、


「ははっ、なにその動き~。朝から面白いねぇ、うみちゃん」


 ニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。


 傷心しきった心と体に、更に追い打ちをかけるのか? 全く、大した高校生活初日だよ。しかも最悪な事にこいつ、俺と一緒の高校なんだよな。


 頼むから厄介事、迷惑、その他諸々持って来ないでくれよ? 巻き込まないでくれよ? 平和でいさせてくれよ?



 宮原湯花みやはらとうか



「朝からうるさいって。他の人の迷惑だぞ?」


 それに……



「大体、俺の名前はうみじゃねぇ」



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