第39話 裏切りと出会い

 昼休みの学校で、沙菜たちは困り果ててしまった。

 あさみが、家族旅行のお土産を買って来てくれたのは良いのだが、それがよりにもよって饅頭なのだ。

 いや、それが嫌いという訳では無いのだ。しかし、30個入りの饅頭を、お昼を食べたばかりの沙菜たち3人で食べきるのは、いささか荷が重いのだ。


 あさみは、そんな沙菜たちの苦悩を知ってか知らずか、家族旅行で行ったという忍者屋敷の話を延々としながら、パンフレットを見せて魅力について語っていた。


 それを聞きながら、沙菜は思った。

 実際に、忍者にはあの身のこなしができたのだろうかと。

 実際に忍者がいたか否かについては異論はない。間違いなく存在したのだが、沙菜という人間の厄介なところは、どうにも実際に会ってみるまでは全幅の信頼はしないというところなのだ。

 なので、宇宙人の話もそうなのだが、こういう話というのには深く首を突っ込まないようにしている。

 でないと、あさみと喧嘩になってしまうのは間違いない。沙菜は、そのくらいの処世術は使いこなせる。


 そんな擦れた自分に嫌悪感を感じながら、家に戻ると、ちょっと怪訝な表情な祖父がいた。


 「すまないが、これから病院に行かなきゃならんので、車葬を頼まれてくれないか? 感謝の気持ちはチップで示すからな!」


 と言ったかと思うと、返事も聞かずに出かけて行ってしまった。

 何があったのかと思って祖母に訊いたところ


 「お爺ちゃんはね、病院で薬貰って来ないで帰ってきたのよ。『何のために病院に行ってるの!』って、私が怒ってやったの」


 と言われた。

 病院が嫌いな祖父らしく、確認もせずにさっさと帰ってきて、挙句もう一度行かねばならないという、ただの骨折り損のくたびれ儲けを演じたのだ。


 工場のいつもの場所に行くと、そこには黒の軽のハイトワゴン風の車が佇んでいた。


 「テリオスキッドかぁ、それじゃぁ、はじめるよ」


 沙菜は言うと車葬を開始した。


 ダイハツ・テリオスキッド。

 1990年代は、クロスカントリー4WDを中心としたRVが大流行したが、その波に乗り切れていないメーカーとして、マツダ、前半のホンダと並んでダイハツがいた。


 クロスカントリー4WD流行りの中で不人気を極めたラガーとロッキーに替わり、1997年に登場したテリオスは、コンパクトクロカンとハイトワゴンの折衷的なデザインで登場したが、その思い切りの悪さから、今一つ、人気には至らなかった。


 テリオスには同時並行で開発されていたもう1つのコンセプトモデルがあった。それは、登録車のテリオスのイメージをそのままに、軽自動車枠に収まるテリオスの軽自動車版ともいえるモデルである。

 このRVブームで、一強だったジャンルが軽自動車で、スズキ・ジムニーの市場に割り込むことを目論んでの登場であったと思われるが、'95年に三菱からパジェロミニが登場すると、3匹目のドジョウとなってしまった。


 テリオス登場1年半後の'98年10月に満を持して登場したダイハツの軽クロカンは、テリオスをそのまま縮めたデザインを身に纏い、その名もテリオスキッドと名乗って『毎日を活劇にする660』というコピーで激戦の市場へと登場した。

 クロスカントリーなのに、載ってるボディがハイトワゴンという、見た目のちぐはぐさはテリオス譲りのため、このテリオスキッドも、色者扱いのかませ犬か? と揶揄する向きもあったが、発売してみると爆発的ではないものの、安定した人気を誇るようになった。


 好評の理由は、1300ccのテリオスならば中途半端に映るなんでもありのコンセプトも、軽自動車ならば、使い易いと捉える向きが多かった事、そして、特に大きな理由は、軽クロカンの中で唯一5ドアボディだったという点だった。

 いまだに軽のクロカンは3ドアばかりで、悪路走破性と使い勝手をトレードオフさせているが、ダイハツは独自の切り口でこの市場にオンリーワンとしての存在を確立することに成功したのだった。


 その後も2WDや、女子向けにマイルドな外観と2WDのターボ無し仕様にした派生車種、テリオスルキア等を発売した。

 また、2WDの駆動方式がFRとなった事から、一部のチューニング雑誌等で『国内で最も安価に手に入るFRターボ車』として、想定外の注目をされたのも特色だった。


 ベースになったテリオスが2006年にモデルチェンジをして、ビーゴとなった後も、テリオスキッドは継続生産され、数々の改良を続けながら、2012年5月まで息の長いライフを全うすると消滅した。


 次にオーナーの情報が浮かんでくる。

 このテリオスキッドは3オーナーのようで、3つの画像が浮かんでくる。

 最初は50代後半の女性、家には夫のローレルがあり、主に彼女の近所の移動用として乗られていたが、5年乗ったところで転居のために売却する。

 2人目は30代前半の男性、家にはセレナがあるが、妻が子供の送り迎え等に使うために通勤用に購入。

 平日の移動がメインで同じルートの行き来だけで寄り道も滅多にせず、面白みのない映像ではあったが、テリオスキッド自身もそのように思っているような画像だった。

 その繰り返しのまま、やはり4年ほど乗ったところで売却。

 

 しかし、引き取った業者がテリオスキッドをはじめとした数台を山中に放置。

 山の持ち主が裁判をした結果、業者は姿をくらましたため、車の所有が山の持ち主に移動したが、処分に困って自治体の広報で呼びかけて貰ったところ、近辺に住む数人が引取りを希望し、テリオスキッドは、20代前半と思われる女性に引き取られる。


 そこまで見て、沙菜にはピンときた。

 このオーナーはの人だと。

 そして思った。一体この世の中にはどれだけのあっち側の人間が漂流してるのだろう……と。


 沙菜が車葬で関わっただけでこれで4人目だ。

 宇宙刑事、エルフ、戦国武士ときて、今度は一体どんな不思議人間と出会う事になるのか、沙菜には期待より不安の方が大きかった。


 沙菜はその後の彼女の映像を見ていくと、正体が分かった。


 「くノ一だ!」


 彼女の身のこなしの軽快さには、尋常ならぬものを感じていた沙菜だが、彼女の部屋に隠されている数々の道具に、確信へと変わったのだ。

 どうしたら良いのかが分からないが、とにかく沙菜は続きを見ていく事にした。


 彼女は、とある武将の情報を探る任務に当たっていた。

 元来、くノ一はそんな核心に迫るような任務をする事は無いのだが、合戦寸前で、本隊の忍びが戦に取られていくため、緊急の措置として彼女に回ってきた任務のようだ。


 任務には成功し、敵の内情を合戦前に手に入れる事に成功したのだが、こちらの内情が仲間の裏切りによって筒抜けになっており、捕らえられてしまい、自害を図れないように拘束され、地下牢に閉じ込められてしまった。

 その後、昼夜を問わずに三日三晩拷問を受け、いよいよ処刑されるかと思った時に、突然の大爆発が起き、気が付くと現代にいた……という、お馴染みのパターンだった。


 当初は、都内に飛ばされていたのだが、あまりにも馴染めずに困ったため、数日歩き続けて、郊外の山村に辿り着き、そこで生活を始めたそうだ。

 向こうの時代でもやっていたように農業をやりつつ、普段は近くにある工場で働く日々を過ごしていた。


 こちらでの生活には不満はなかった。

 文明も進んでいて便利だし、なにより、向こうでの生活は厳しいものだった。

 くノ一には進んでなった訳ではないのに、危険が伴う上に毎日が辛い修行の日々で、隠者として過ごさねばならない息苦しさに、これで良いのかと自問自答する日々だったという。


 なので、選ぶ事ができるなら、こちらで生活し、人生をもっと明るく生き直したいが、この生活がいつまで続けられるのだろうかで悩んでいたそうだ。

 そんなある日、彼女のパートナーとなっていたテリオスキッドのエンジンがブローしたため、廃車となってここにやって来た経緯が。


 沙菜は、心を落ち着けると車側からの思念を読み取った。

 この手のあちらの世界の人間とを結んだ車の場合は、抱えている事案がディープな事が多く、車側も困惑している事があって簡単ではないが、少しずつ、そしてすべてを読み取っていくと、ボンネットに手をついて


 「良き旅を……」


 と言うと車葬を終えた。


◇◆◇◆◇


 1週間後、オーナーの女性がやって来た。

 思ったよりも小柄な体格のため、沙菜より本当に年上なのかと思ってしまうほどの外観だったが、身のこなしや目力が、明らかに人生経験の積み重ねを感じさせるものだった。


 「車は……?」


 忍びという特性上なのか、彼女の持って生まれた性格なのか、物凄く口数が少なく表情を動かさない話し方は、以前の戦国武士の麗奈さんとは全く違ったもので、沙菜にとっては戸惑いが大きかった。


 「機関系は全滅なので、内外装が部品として他の車に活かされる事になります」

 「左様か……」


 沙菜の答えにも必要最小限の返しをするのみだった。

 この人の心を解すほぐすには、もうワンアクション必要だと思い、スマホをいじると、次の瞬間、奥のドアが開いて、入ってきた人が言った。


 「佐助!」


 そう言われて、彼女は驚いたように口を開けたまま、何も言葉が発せなくなっていた。

 入ってきたのは麗奈さんだった。

 テリオスキッドから受けた情報では、彼女の元居た場所が今一つ分からないため、麗奈さんに訊いたところ、その背景から、彼女と面識があるというので来て貰ったのだ。


 彼女は、城内の人間の中で、唯一麗奈さんを女性だと見破った事から、話すようになったとの事だった。


 「小次郎殿、何故ここに?」

 「私もこっちに飛ばされたんだ。他に誰が来ているかは分からぬが、合戦中に爆発が起こったんだ」


 麗奈さんの登場によって、ようやく彼女の重い口が開くようになった。

 やはり、テリオスキッドからの情報通り、彼女は現代で生きていきたいと思っているが、いつまた元に戻されるか分からずに思い切れない事、今までが隠者のような生活なので、今後どう人と接すれば良いのか分からない事、そして、現代の生活にどのように楽しみを見出せばいいのかが分からない事、更には、飛ばされる前に受けた命令を遂行しきれていない事に対する心残りなどを吐露した。


 麗奈さんは1つ1つにしっかりと答えていた。

 そして、これからは自分を頼ってくるように言って、連絡先を交換してから、沙菜にその後の進行を託した。


 「あのテリオスキッドは、貴女に、もっと世界は広く、人は思っているよりも温かいものだと知って欲しいと、強く願っていました」


 彼女は、黙って頷くと、沙菜の手を固く握ってお礼を言った。

 その気丈な態度に、沙菜はやはりあちらの時代で、厳しい環境に置かれていた人間独特の雰囲気を感じた。


◇◆◇◆◇


 2ヶ月後、サーキット帰りの麗奈さんがやって来て、その後の彼女の話をしてくれた。

 麗奈さんはあの後すぐ、彼女を訪ねて話を聞いたそうだ。

 すると、彼女は首都圏内の山村部に住んでいて、外部との接触がほとんどないという特異な環境で暮らしていたため、数ヶ月をかけて彼女の生活環境を変えたそうだ。


 電気と水道の無い借家から、麓の街へと引っ越させ、期間満了となっていた工場での仕事から、大きなショッピングモール内のスーパーでの仕事へと転職させた。

 とにかく、人と関わって、話す事に強制的に慣れさせたのだという。


 そして、何かしら打ち込めることを見つけさせようと、中古のゲーム機や漫画なんかをあげたそうだ。自分が、こちらに来た時に、周囲からして貰って嬉しかった事を、とにかくしてあげて、そして、しょっちゅう顔を出すようにしたのだという。


 結果、休日には水泳や畑仕事を楽しみ、また、麗奈さんについてサーキットにも来るようになったそうだ。

 確かに、沙菜は祖父が、彼女から次の車として、スカイラインの25GTターボを探してくれと頼まれ、売ったという話を聞いているので、恐らくそんな事ではないのかと思っていたが、そこまでアクティブに動き回っていたとは意外だった。


 「それじゃぁ、もしかして……」

 「さっきまで一緒だったんだけど、用事があるから、また今度一緒に来ますって。当人の前だと、その後の話なんてし辛いでしょ、だから、今日は私だけで」


 麗奈さんの話だと、彼女は最近、忍者の伝統を伝える会の存在を知り、その会のイベントにボランティアで出る事にもハマっているそうだ。

 向こうからも是非来て欲しいと言われて、毎回のように各地へと飛んで歩いているそうだ。

 

 中古車業者の裏切りで山中に放置されたテリオスキッドの前に現れたのは、向こうの世界で裏切りから敵の手に落ちたくノ一の少女だった。

 似た境遇の2人が共に暮らしていく中で、テリオスキッドは、少女の暗い影を払うべく、なんとか頑張ったものの、メッセージが伝わらずに力尽きてしまった。

 しかし、今こうして彼女が大きく生まれ変わるに至ったところに、テリオスキッドが大きく関わっていたのは間違いない事実であった。


 今、活き活きと生きている彼女の姿を、向かいの家の駐車場に止められたテリオスキッドが喜んで見ているだろう。

 何故なら、横転事故でエンジンだけ残ったオーナーに引き取られ、エンジンのドナーを得て生き返ったからである。


 彼女はテリオスキッドに出会ったことによって、願いが叶ったテリオスのである。

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