第18話 時空と想いの証

 人の思いは、常識では測り知れない力を持っているものである。

 それは、たとえどれだけ時空が離れていてもだ。


 「マジでいねぇから~!」


 昼休みの教室に、燈華の声が響いた。


 「そんなの言い切れるわけないじゃん! いたらどうするんだよ!」


 あさみが、凄い形相で喰い下がり、2人が睨み合った。

 お昼をいつものグループで食べていた時の話だった。

 あさみがネットニュースで見た宇宙人の話について、熱く語っていたのを、燈華が茶化したのだ。

 

 あさみは結構、遊んでそうな外観とは裏腹に、オカルトとか宇宙人とかを凄く信じていて、のめり込みがちなのだ。

 そこに、現実主義の燈華が、横槍を入れるというのがいつもの話なのだが、今日はちょっと2人共尋常じゃない。


 沙菜と里奈で2人を引き離して何とか収めようとしたが、あさみはそれを振り切って


 「今回のは、UFOだって目撃されてるし、宇宙人が集団で1人の宇宙人を取り押さえてるのが目撃されてるんだからね! この事実をどう説明するのよ!」


 とにかく、ヒートアップしたあさみを廊下まで連れて行って、落ち着かせるのが本当に大変だったのだ。


 「まったく、勘弁して欲しいよねぇ~」


 沙菜は頭を掻きながら、駅までの道のりを歩きながら言った。


 「ところで、沙菜はいると思う? いないと思う?」


 里奈が不意に訊いてきた。


 「やめようよぉ、その話。また、揉めたくないじゃん」


 沙菜が苦笑いを浮かべて言うと、里奈も


 「そうだよねぇ……」


 と言って、別の話題を振り始めた。


 家に帰ると、考え込んだような表情の祖父が、祖母と向かい合って座っていたが、ふと沙菜の帰宅した姿を見ると


 「沙菜、悪いんだが、明日、車葬を頼まれてくれるか? 失敗しても構わんが、上手くできたらボーナスをやろう」


 と言ってきた。

 珍しい。いつもは失敗しても良いなんて言わないのに、どういう事だろうと、少し不思議に思いながら、翌日を待った。


 翌日、帰宅して工場に入ると、そこには妙な気配を発する仰々しいハッチバック車が佇んでいた。

 あんなに難しそうに言うので、てっきり昭和30年代の車とかなのだろうかと身構えていたが、現代の車だったのでちょっとホッとした。


 「インプレッサ グラベルEXかぁ、また変な車だねぇ……はじめるよ」


 と言うと、いつものようにボンネットに手をついた。


 スバル・インプレッサ グラベルEX(エックス)。

 1980年代後半から90年代の日本では、RVと言われるジャンルが当たりに当たっていた時代だった。

 前半は、レガシィツーリングワゴンに代表されるステーションワゴンから始まり、徐々にパジェロに代表されるクロスカントリー、オデッセイやバネットセレナに代表されるミニバンへと波及していった。


 このクロスカントリーのブームの中に全く入れないメーカーが2社あった。

 1社はホンダ、そしてもう1社はスバルであった。

 この2社は小型トラックのラインナップを持っていなかったため、現在のように乗用車から手軽くSUVが作れるのとは違い、クロスカントリーを作るのには専用の工場から作る必要が出てきてしまう。

 当時財政難で、提携元の日産から膨大な支援を受けて経営の立て直しを図っていたスバルには到底難しい話だった。


 そこで、スバルが採っていたのは、当時、ミドルセダンのアスカの自社開発をやめ、レガシィをアスカCXとして供給していたいすゞから、クロスカントリーのビッグホーンの供給を受けてスバル・ビッグホーンとして販売したのだ。

 レガシィ発売以前の'88年から発売されていたスバル版のビッグホーンは、その間、バリエーションの拡充やモデルチェンジを受けたものの、ほとんど売れず、更には'93年にいすゞが乗用車からの撤退を発表すると共に、以後の乗用車のOEM供給元をホンダに変更したため、終了と相成ってしまう。

 ちなみに、この後、ホンダからもビッグホーンのOEM供給版『ホライゾン』が登場する。


 さて、せっかくのブーム時にOEM供給元を失ってしまったスバルは、この空前のブームに指を咥えて見ているわけにもいかずに、自社開発のクロスカントリー風乗用車(現在のSUV)の開発を始めると共に、その間を埋めるモデルを短期間で制作する。


 当時ヒットしていた、インプレッサスポーツワゴンをベースに、車高を3センチアップして地上高を稼ぎ、上がった車高に対応するべく乗降用のサイドステップを取り付け、更にフロントにはフロントガードバー、リアには背面スペアタイヤキャリアを取り付け、色はツートンカラーのみでイメージを変え、エンジンはターボエンジンのみとしたラインナップは、以前に車葬をしたギャランスポーツにも通じる商品構成だった。


 奇しくもギャランスポーツの1年2ヶ月後の'95年10月に登場したインプレッサグラベルEXだが、市場にはただのギャグとして受け止められ、ほとんど売れず、'97年2月には、スバル念願の自社開発のSUVであるフォレスターがデビュー。

 しかし、その後もインプレッサグラベルEXは継続され、翌'98年9月のインプレッサシリーズのマイナーチェンジ時に消滅する。


 そして、持ち主の情報も浮かんでくるが、沙菜にとって初めての経験だった。

 それは、浮かんでくる人間像が2つに見えるのだ。

 当時20代中盤の男性という点では共通している。しかし、何故かは分からないが浮かんでくる人物像は2つなのだ。


 2人での共同使用という事だろうかと納得させようとしたが、明らかに雰囲気がおかしいのだ。

 発されているオーラも、車から受け取るそれも同一人物を表しているのだ。


 「なんなの、これ?」


 沙菜は、まったく訳が分からなくなって、どうしたらいいのかが分からなくなったが、ある日の車の中での映像が浮かんできた。

 そこには、インプレッサのグローブボックスの中から出した、妙なバッジのようなものに話しかけているオーナーの姿があった。


 そして、沙菜には何故かそのバッジの表面に書かれている、見た事の無いはずの文字の意味が読み取れてしまった。


 「マジ……銀河連邦警察って書いてあるよ……」


 まさか……とは思うが、そう考えると、この浮かんでくる映像の不思議にも納得がいくのだ。

 更に進めていくと、彼の普段の仕事はパチンコ店の従業員だが、がくると、時間の流れを止めて、グラベルEXに乗り込むと、その場所へと急行する。


 そして、得体の知れない生物が暴れ回る前で、グラベルEXから降りて何かをかざしながらポーズを取ると、次の瞬間、光に包まれた先から、全身シルバーに光る妙な格好をした彼が、その、生物たちと戦いはじめた。

 沙菜は、あまりそういうテレビ番組を見た事は無いのだが、おおむねそんな感じで、得体の知れない生物たちを時には素手で、時にはビームを使ったりして倒し、そして、破壊した街に力一杯彼がブレスを吹きかけながら、手を当てていくと、驚くことに元に戻っていくのだった。


 そして、数年が経った時、全ての闘いは終わり、地球に送り込まれた侵略者たちはすべて倒され、侵略を企てたスペースギャングは、全員銀河連邦警察に拘束されたのだ。

 その後、宇宙人である彼にはへの帰還の命令が出たのだが、彼は、銀河連邦警察を辞め、日本で暮らしていきたいと望み、帰還を拒否し続けていた。


 その状態が、しばらく続いたある日、遂に本国から来たエージェントたちに彼は捕らえられて、本国へと強制送還されていく。


 そして、数ヶ月後、忽然と姿を消した彼の部屋も明け渡しとなり、その際にアパートの駐車場に置きっぱなしとなっていたグラベルEXも業者が引き取り、処分という事でここにやって来た経緯が見えた。


 「……マジ?」


 正直、沙菜は狐につままれた様な話に、驚くというよりも唖然としてしまったのだ。

 一応、浮かんでくる情報には嘘はないはずだ。しかしながら、あまりに沙菜の理解を超えた突拍子もない話なので、整理しきれていないのだ。


 「と、とにかく、車に訊いてみよう」


 沙菜は、再びボンネットに触れると、車からの思念を読み取っていく。

 ただ淡々と任務を遂行して、さっさと帰って出世したいと思っていた彼が、どのような心境の変化に至ってここに残ろうと思ったのか、そしてその間の苦悩なども、グラベルEXは、全てを見ていたのだった。


 「分かったよ。良き旅を……」


 と沙菜は言うと、初めての経験となる車葬を終えた。


◇◆◇◆◇


 翌日、事務所には30代前半の女性がやって来た。彼とはもう6年の付き合いになるという。

 グラベルEXの残留思念は、この人を呼び寄せたのだ。

 沙菜は車を見せて話を訊き出す。正直、どの程度知っているのかが分からないので、いきなり話して大丈夫なのかという懸念があったのだ。


 沙菜が説明を始めると、彼女は黙って聞いていた。

 そして、全てを聞き終えると


 「やっぱりそうだったんですね。何か得体の知れない事を隠してるとは思ってたけど、宇宙刑事だったなんて……」


 と、納得したように言った。

 沙菜には分からないのだ。彼氏が宇宙刑事だったなんて、どうやったら信じられるのか、正直、沙菜だって見えたものを、そのまま伝えているに過ぎないが、それでも信用できないのだ。


 「一応、車からは、彼が戻って来ることはもう無いから、全てを忘れて過ごして欲しいという思いを受け継いでいます」


 すると、彼女は口元に笑みを浮かべながら


 「だったら、6年も引っ張らないで、さっさとフッてくれればいいものを……ねぇ」


 と、沙菜に同意を求めるように言ってきた。

 そして、決意したように


 「あのセンス無い車、私に引き取らせてください」

 「ええっ!? でも、彼がいないので、名義変更ができないですよ」


 沙菜が慌てたように止めようとすると、彼女は沙菜にクスッと微笑むとウインクして


 「良いんです。あたしは、アイツにいつか言ってやるんです。『ここに宇宙人がいた証拠がある』って、あの車突きつけてね」


 と言うと、グラベルEXに半ば強引に乗って帰ってしまった。

 沙菜は、今回の車葬には心底参ってしまった。しかし、彼と彼女の間にどんなことがあったら、帰ってくる見込みのない彼の帰りを待つ気になれるのだろうと、不思議な気持ちになると同時に、少し温かいものを感じた気になったのだ。


 その半年後、グラベルEXは下取りに入ってきて解体された。

 誰が、どの車の下取りに入れたのかは、秘密である。

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