第28話 親愛なるものへ-28

 本日休業の札を掛けた静かな店の中で美生はぼんやりとしていた。そんな美生を見かねた高石は何かを話し掛けようとしたが、あまりに沈んでいる美生には何も言えなかった。小山もためらいがちに何かを言おうとして、やはりやめた。美生は、ふうっとため息を吐くと、ゆっくりと話し出した。

「店、どうしよう…」

「どうしようって」高石はすぐに反応した。「やめちゃう気?」

「そんなことはないんだけど、あたし一人じゃ昼間できないしね。夕方だけになっちゃう」

「ん、そうだね…」

「でも、折角、お客が来るようになったんだから、夕方だけでも開ければ」

「ん…、夕方からの方が儲かるんだよね……、だけど」

「だけど?」

「おばあちゃん、帰ってきて、また働いたら、倒れちゃうんじゃないかな」

「…そっか……そうだね」

「このまま続けていいんだろうかなって、そう思ってるの」

「元気出しなよ!」

勢いよく高石が言った。

「おばあちゃんはもう仕事しなくてもいい。あたしたちが手伝ってやるよ。だから、美生ちゃん頑張りな」

「ん。ありがとう。でも、受験生でしょ。こんなことしてていいの?」

「大丈夫、あたしの後輩紹介してやるよ。あ、それよりも先輩に声掛けようか。高校生なら、問題ないじゃない」

「ん。ありがとね」

「頑張んな。な」

高石の言葉の荒々しさが美生にとっては鼓舞するきっかけになった。

「ん。わかった。やるわ。働かざるもの食うべからざる。あたしが働かなくなったら、食っていけないもんね」

「そうそう」

「おばあちゃんの入院費も稼がないと」

「そう、その意気!」

 よし、やるぞ、と意気が上がった所で、扉をノックする音が聞こえた。美生が立ち上がって開けると、そこに緑川先生が現れた。

「あ、先生」

「大変なことになったんだってね」

緑川先生はそう言いながら入ってきた。

「あ、でも病院の方はなんとかなるんです」

「この店は?」

「それも、いまみんなでやろうって決めたとこです」

先生が見回すとそこにいた三人は会釈を返した。

「お友達?」

「上岡の人たちです。いつも世話になってるんです」

「あら、そう。わたし上岡の出身なのよ。後輩ね」

「あ、そうですか」

「それより、店の方はどうするって?」

「あたしたちで、夕方からやろうって」

「そう。そうね、昼間は無理ね」

「で、あたしと、ここにいる人たちが交代で手伝ってくれるって」

「そう。でも、一人くらい大人がいた方がいいわよ」

「でも…」

「時々なら、わたしも顔を出してあげるけど」

「ありがとうございます」

「いえいえ。あなたを合格するように推薦したのはわたしだから、責任はあるのよ。それより、できるだけ一緒にいてくれる人の方がいいでしょうから、一人探してきたの」

「え?」

「そこのバイク屋の長崎君って知ってる?」

「いえ、あたしはあんまり」

「彼ね、わたしと高校の同級生で、甲子園目指してたのよ。それでね、彼の奥さんが手伝ってもいいって」

「ホントですか?」

「ええ、週三日くらいだけど、それでもいいかって」

「歓迎します」

「じゃあ決まりね。お給料とかはあなたの方で決めてね」

「はい」

元気な美生の答えに先生は満足した笑みを浮かべた。そうしてぐるりと店内を見回した。

「きれいな店になったわね」

「あ、そうでしょ。あたしのセンスです」

「何か作ってもらえる?」

「はい!」

「あ、あたし、手伝います」

美生と小山が奥に入って支度を始めた。

「あなたたちも、よろしくお願いします」

優しく微笑む緑川先生に高石と増田は恐縮しながら頷いた。

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