第29話 親愛なるものへ-29


 慌ただしい日々が過ぎると、案外店はうまく行き始めた。高石の先輩の藤堂と長崎さんが手伝ってくれるおかげで、美生自身も経営者としての責任を感じざるを得なかった。それがいい緊張となり、今まで和枝任せだった部分もきりもりできるようになった。そうなると店がどう回転しているかもわかるようになり、学校の勉強より熱が入るようになった。

 ようやく和枝も退院して来たが、もう美生は一人でも店をやれる状態になっていた。

「あたしの居場所がなくなったね」と嬉しそうに言う和枝に、

「店に座っていて、お客さんの相手をしてよ。ホステス役」と言うと、和枝ははにかみながら、

「えらく、くたびれたホステスだこと」と目を細めて言った。しかし、その笑顔は決して喜んでいないようではなかった。

 夕闇の迫る薄暗くなった風景の中で暖簾を片づけ、空を見上げながら美生は思った。そろそろだと。





             *


 昼休みに理奈を呼び出した美生は、非常階段の踊り場で話し始めた。

「あのね、そろそろ、家に行こうと思うんだけど、いいかな」

理奈は美生の顔を見、そして俯いた。

「今度の土曜か日曜ぐらいに。いるかな、あいつ」

「……ん。お姉ちゃん」

「心配しないで。あたしは、あんたのお姉ちゃんだから。それだけは変わんない」

「違うの……」

「どうしたの?」

「あのね、ずっと、言おうと思ってたんだけど、言えなかったの……」

「何、どうしたの?」

「…あのね……、…お父さんとお母さん、離婚するの」

「え?」

「ちょっと前からそういう話になって、もう本決まりなの……」

「……そう」

「それで、あたしたちをどっちが引き取るかで揉めてるの」

「お父さんは何て?」

「お父さんは、お姉ちゃんも一緒に二人とも引き取るって」

「お母さんは?」

「お母さんは、一人ずつ引き取るべきだって言い張ってるの」

「ま、あんたの取り合いね」

「……そんな風に言わないで」

「ごめん…。でも、そうか、離婚か……。……それでね」

「え?何が?」

「あたしが、ここに通ってることは知ってるはずなんだ。少なくともあいつはね。なのに、何も言ってこないのは、離婚の話が決まるまでは放っておくつもりなんだ」

「そんな……」

「だって、結局は離婚するんだろ。だったら、あたしがいないうちに話を進めた方が楽じゃないか」

「でも……」

「よく考えてみなよ。お父さんは二人を引き取るって言ってるんだろ。あいつは、理奈だけ。あたしがもしそこにいたら何て言うと思う?理奈と離れ離れになるのは嫌だ、なんて言われたら、あいつには都合が悪いじゃないか。だから、あたしがいないうちに、決めちまおうっていうことだったんだ」

「……お姉ちゃんは、どうするの?」

「あたしは、前に言った通り里子に出してもらう」

「本気?」

「吉田さんは引き取ってくれるって。養子でもいいって」

「……お姉ちゃん、幸せそう」

「…あんたは?」

「……わかんない。どうしていいか、わかんない……」

「お母さんについて行くの?」

「わかんない」

「お父さんについて行くの?」

「……どうしたらいいんだろ」

ふうっと息を吐いて美生は言った。

「いつ?離婚は」

「もうすぐ。あたしがどっちにつくか決まったらすぐみたい」

「誰が決めるの?」

「……わかんない」

「今度の日曜はいるの?」

「たぶん、どこかで話し合うはずだと思うけど」

「あたしも行くわ。だから元気出して」

「…お姉ちゃん」

「時間と場所、教えてよ。あたし、行くから」

「……でも」

「大丈夫。きっと大丈夫」

 倒れそうな理奈をぐっと抱き寄せて美生はそう言った。理奈は美生の腕の中で咽び泣いていた。美生はそんな理奈がかわいそうで一層強く抱き寄せた。

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