第16話 親愛なるものへ-16


 翌日、昼過ぎに一人の女の先生がやって来た。和枝は丁重に歓迎していたが、まだ半信半疑な美生はぼんやりと立って迎えた。

 奥の座敷に迎えられて先生は、静かに挨拶をした。

「初めまして、緑ヶ丘学園の教員をしております、緑川由起子といいます。学年主任の山元のかわりに伺いました」

「これは先生、ご丁寧に。それで、この子のことなんですけど」

「はい。長崎さんのほうから一応伺ってきましたが、もう少し詳しくお話していただけませんか」

和枝は美生が口を挟む間もなく話し続けた。一通り聞きおわると緑川先生は素直に頷いた。

「こういう場合は、正式な編入ではないのですが、仮編入という一時的な編入制度があります。不登校の生徒や帰国子女の受け入れと同じようなケースです。以前いた学校に馴染めないとか、まぁ、何らかの理由があって今まで通りの学校に通えないという場合、学力低下が一層学校嫌いに拍車が掛かることもあります。そんな生徒たちを積極的に受け入れることをわたしどもの学校では行っております。ただし、人数に制限はありますが、幸い二年生はまだ余裕がありますから、受け入れは可能だと思います。もちろん、うまくいけば、そのまま正規の編入に変えることもできます。彼女、美生さんの場合は、家出中という特殊なケースですが、吉田さんが身元保証をしていただけるという条件で、問題はありません」

美生は唖然としたまま聞いていた。和枝は、身を乗り出して頼み込んだ。

「どうか、この子を学校に入れてやって下さい」

「吉田さん、わたしが編入の決断をすることはできません。一応、試験は受けていただきます。簡単な学力試験と、適性判定試験です」

「はい?」

「不登校の場合ですと、学力が劣っていることは当然ですから、通常の学力試験では不合格にならざるをえません。しかし、社会生活、学校生活に対して適性を持っていると判定されれば、学力の遅れはいずれ取り戻せると判断して合格を許されるのです」

「はぁ、よくわからないんですが」

「誰でも彼でも受け入れることはないということです。学校として秩序を乱す者は受け入れることはできません。いまここで伺っていますと、美生さんには問題がないように見えます」

「そうですか」

「あ、あの」美生はたまらず問い掛けた。「見ただけでわかるんですか?」

「あなたは姿勢正しく、わたしの言うことをきちんと理解しながら聞いています。非常に聡明な印象がありますから、たぶん大丈夫でしょう」

美生は凛とした先生の態度に圧倒されながら頷かざるをえなかった。

「じゃあ、先生よろしくお願いします」

「とりあえず書類を作成してください。ここに用意しました。それを、そうですね、明日持ってこられますか?そうですか、では明後日に持って来てください。その時に試験の日程をお伝えすることになると思います」

和枝は深々と頭を下げて、お願いしますと言った。それにつられるように美生も頭を下げた。しかし、美生の頭の中ではまだ先生の言葉が引っ掛かっていた。

 先生が帰った後、美生は書類を前に悩んでいた。本当にこのまま編入していいんだろうか。誰が聡明だって?美生はためらいつつも書類を書き始めた。

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