第6話 ファイト!-6
美亜が学校を出るとまだ陽は高かったが、もう夕暮れの気配が漂っていた。試験が終わった満足感で見る太陽は、ここしばらく忘れていた輝きを湛えていた。美亜は急に眠気に襲われて大きく伸びをしながら歩き出した。ここしばらくはほとんど寝ていなかった。寝る時間も惜しんで勉強を続けた。その甲斐もあって、試験のできはまずまずどころか、ほとんど完璧と言ってもよかった。それに美亜が予想したよりも受験者の数が少なかったことも安心できる理由だった。原武先生に脅かされたことがいい緊張感を生み出して勉強に集中できた。感謝しなきゃと思っていた。かなり上位に食い込めそうな気分だったが、三番以内となるとさすがに自信はなかった。それでもやれるだけやったという満足感が美亜の足取りを軽くしていた。
上機嫌で家に辿り着くと、扉が開いていた。変だと思った瞬間、あいつだと察して美亜は飛び込んだ。勢い込んで家に入ってきた美亜に驚くように、靖が振り返った。血相を変えて睨む美亜に、靖は呆然と立ちすくんでいた。みづえは、内職の衣類に囲まれたまま、驚きの表情を美亜に向けていた。その表情が、まるで、「どうして、帰ってきたの」、と言っているようで、一層美亜は激昂した。
「なんだ、ナニしに来やがった!」
怒りをあらわにした美亜の声に靖は怯んだ。
「なに…って、ここは、私の家じゃないか」
「ナニ言ってやがんだい!ずぅっと帰って来ないくせに!」
「な、なぁ、美亜。落ち着いて」
「うるさい!今日も、金か!」
靖の右手に封筒があるのを見つけた美亜は、ずかずかと土足のまま家に上がった。そして台所へ行くと包丁を握って靖の前に立った。
「置いてけ!その金は、置いていけ!」
あまりの剣幕に靖は慌てて取りなすように美亜に語り始めた。
「美亜、待て、落ち着け。実はな、お父さん、ある人にちょっとお金を借りててな、それを返さなきゃいけないんだ。急いでるんだ。だから、な、今日のところは、貸しといてくれ」
「ナニ言いやがる!このドロボウがぁ!そのお金を稼ぐのに、どんなに母さんが苦労してんのかわかってるのか!」
「いいのよ、美亜」
「ほら、お母さんも、こう言ってるし、今日のところは、な、貸しといてくれ」
「バカヤロウ!置いてけ、このドロボウ!」
「美亜!やめなさい」
母の声に一瞬美亜の動きが止まった。美亜には信じられなかった。こんなに苦労して疲れている母がどうして父を庇うのか。そうして一瞬怯んだ美亜の様子を見計らって靖は玄関に向かった。それに気づいて美亜はまた怒鳴った。
「待て、コノヤロウ!」
「美亜、待ちなさい」
母の声も今度は制止できなかった。靴を掴んで裸足で飛び出した父を追って美亜は外に飛び出した。裸足で階段を下りる靖に向かって美亜は包丁を振りかざして追い掛けた。そして、階段を降りた所で躓いて倒れた靖に追いついた美亜は包丁を振り下ろした。靖は辛うじてかわし、美亜の包丁は空を切った。靖ははいつくばりながら逃げた。美亜はそんな靖に襲い掛かるように追った。靖は路上にへたばりこんだまま封筒を差し出して、
「返す、返すから…」
と叫んだが、臨界点を越えた美亜の目には封筒は見えていないようだった。ただ、靖をじっと睨み据えて、包丁をかざした。その瞬間、背後から近隣の人たちが美亜を抑えた。離せと叫ぶ美亜の腕から包丁が取り上げられ、靖は安堵の表情を浮かべた。それを見て取った美亜は一層怒りを覚え、暴れて飛び掛かろうとした。しかし、大人数人で抑え込まれた状態では、もう何もできなかった。宥め押さえられている美亜の前に呆然と立つみづえを見てようやく美亜の気持ちも萎えていった。そして、完全に感情が鎮まった頃に、警官がやって来た。
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