第5話 ファイト!-5

 いささか暑くも感じられる穏やかな陽射しは美亜の眠りを誘っているようだった。しかし、美亜は必死に自分を鼓舞して頭を叩きながら教科書に見入った。

 不意に教科書とノートを見比べている美亜の手元に影ができた。美亜が顔を上げると、一年担当の原武ひろみ先生が覗き込んでいた。美亜はどきりとして思わず教科書を落としそうになった。サボリ生徒の巡回だった。原武先生は、怒ることもなく、にっこりと微笑むと、「サボリね」と確認してきた。美亜はこくりと頷かざるを得なかった。

 「何年何組?」

「…三年G組」

神妙に答えると、原武先生は美亜の横に腰を下ろした。そして、にっこりと微笑みながら、美亜に話し掛けてきた。

「勉強してるの?」

「……あぁ」

あまりに屈託のない笑顔に美亜は戸惑いながら答えた。どんどん相手のペースに引き込まれてしまうと思いながら、答えないようにしようと思いながら、この華奢な女の先生に反抗する気にはなれなかった。

「サボって、お勉強、って、なんか変ね。いま、何の授業?」

「…体育」

「運動嫌い?」

「んん、そんなことないけど」

「あたし、嫌いなの。運チだから」

屈託なく微笑みながら話してくる原武先生に、美亜は妙な気分になってきた。

「ね、勉強は好き?」

「…んん、あんまり」

「そう。でも、勉強してるのね、授業サボってまで。…なにか、理由でもあるの?」

美亜は、原武先生につい引き込まれてしまい、奨学生の話をしてしまった。


 「そうなの。家の事情があるのね」

「…今度の土曜日、試験なんだ」

「何人だったかしら」

「三人」

「じゃあ、三番までに入らないといけないのね」

「うん」

「大変ね。この学校で三番なんて」

「でも、奨学生目当てに試験受けるやつなんてそんなにいないはずだから」

「どうして?」

「だって、そんな、奨学生なんて、金がないやつが受けるから、自分ちは貧乏だなんて言ってるみたいじゃない」

「でも、みんなお金が余ってる訳じゃないでしょ。それに、実力テストのつもりで受ける人もいるのよ」

「そうなんだ」

「そう。毎年結構受けるのよ」

「…そう。でも、受かりたいんだ」

美亜がぽつりと呟いた台詞に原武先生は頷いた。

「まぁ、気持ちはわからないでもないけどね、サボリはいけないわね」

「試験までなんだ。そうしたら、ちゃんと授業に出るよ」

「はいはい。頑張ってね」

「え…?あたい…見逃してくれるの?」

「人聞きの悪い。見逃すなんて。今回は大目に見て上げるだけ。次からは知らないわよ、他の先生に見つかっても」

「ありがとう」

「一応、訓戒を与えておきます」

 そう言うと原武先生は立ち上がり、美亜に向き直ると小さく、メッ、と言いながら頭をコツンとこづいた。美亜はこづかれた頭を抑えながら、手を振って「頑張ってね」と去って行く原武先生を見送った。

 美亜はしばらく頭を抑えていたが、今度は自分で頭を叩き気合を入れると、また勉強を始めた。

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