第66話 七夕
それからしばらくして、抱介は姉妹に愛されているような都合の良い男扱いされているような日々を送る。
そんな中で、ちょっとだけ嬉しいイベントが起こった。
姉妹の試着した水着を見れるという、イベントだ。
「七夕か……」
とある夏の昼下がり。
近所の家の軒下から、笹の葉がたくさん生えているのが見えた。
最初は若い竹が生い茂っているのかと思ったら、そこには色とりどりの紙細工で化粧を施された、笹が一本、そっと設置されている。
それを見て、抱介は「そういやもう夏だもんなー」と小さく呟き、爽快に冴えわたる夏の空を見上げた。
これから問題児たちと一緒に水着を購入しに行くのだ。
学校の授業をさぼって昼から抜け出し、一度帰宅し、それから目的地で合流する。
それは市民プールであり、その前に「水着を試着購入するから付き合え」という、槍塚姉妹の命令が待っていた。
俺の願いはたった一つ。
あの小悪魔たちに翻弄されないことだけ。
抱介はそう願い、帰宅したら短冊に書くことを脳裏で考えながら、ショッピングセンターに向けて歩き始めた。
☆
「プールに行きませんか」
「まだ寒いだろ。七月頭だし」
「市民プールなら屋内で温水ですよ」
「この後に?」
「ええ、先輩と。お姉ちゃんと、ウチと三人で」
槍塚牧那がそんな提案をしたのは、昼休みのことだ。
抱介たちの学校では、学年にもよるが六月末に期末試験がある。
それをどうにか乗り越えたら、二年、三年は大学受験に向けた模試を受けさせられて、否が応でも自分の成績と向き合うことを余儀なくされる。
どうにかこうにか良い成績で終わった……と思ったら、そんな提案がきた。
しかし、まだ木曜日。
週の終わりまであと二日もある。
基本的に平日は平日のことを。
休日はのんびりと余暇を過ごす。
それが抱介のポリシーだったから、出る返事は決まっている。
「土曜日にしないか」
「今日が、いいんですよ。七夕だから」
「……意味が通じないんだが」
「市営プールの隣にあるイオンがセールやってるんです」
「はあ。何を購入しようと考えてるんだ、お前」
「分かんないですか? 嫌ですね、先輩。本当に鈍感なんだから」
「……」
何を察しろというのか。
場当たり的に始まったクイズゲームに付き合わされること数分。
うまいこと回答を導き出せない抱介を前に、牧那はやれやれ、と肩を竦める。
ずっと黙って二人の様子を眺めていた、槍塚季美が、「実はね」と口を挟んだ。
「今年の新作水着の販売って五月ぐらいからやってるんだけど」
「え?」
「あそこって三階建てでしょう?」
確かそうだった気がする。
いや、ショッピングモールが三階までだったんじゃないか?
「吹き抜けになっている通路のど真ん中で、水着を販売してるのよ」
「え……ええ?」
「建物の真ん中が吹き抜けになっていて、ところどころ、両側の通路とつながってる場所があるでしょ」
あった気がする。
そこにはソファーが幾つか配置されていて、土日に訪れると、いつも家族連れで買い物にきて、子供たちの面倒を見るのに疲れ果てた父親たちが、身体を休めているイメージが強い。
そんな場所で水着を販売しているってどういうことだ?
しかも……二階、だよな?
上から見えたりするんじゃないか。
「上からは見えないわよ。そういう風に衝立でちゃんと仕切ってあるから」
「そんなこと考えてないよ……」
脳内を読んだかのように季美が抱介の考えを的確に言い当てると、それを聞いた牧那がにへらっ、とした笑みを顔に浮かべた。
「先輩ー、もしかして私たちの水着姿見たいんですか? 着替えてるとことか上から覗こうって思ってます」
「思ってねえよ、どっかの変態と一緒にすんな」
ちらっと思い浮かべたよ。それは間違いない。
ついでに俺以外の奴に見られたくないとも思った。
それは、牧那でも季美でもなく、槍塚姉妹、二人に対してそう思ってしまった。
あの一件以来、いつの間にか、姉妹と共にする時間が長くなりすぎたのかもしれない。
独占欲が、ゆらりっと心から顔を覗かせていた。
「本当に? まあ、牧は見せてもいいですけど」
「こんな場所でやめろ。まじでやめろ、俺が誤解される!」
「季美も別にいいけど?」
「ちょっ、おい……っ?」
『だって、プールで泳ぐんでしょ?』
姉妹の声がハモった。
いやそうだな。確かにそうだ、プールで泳ぐぶんには普通に見えるよな、うん。
てっきり売り場で試着した水着姿を披露してもらえると思って、心が舞い上がってしまった。
しかし、現実はそう甘くはない。
「じゃあ今日はさっさと帰りましょう」
「まだ午後からの授業があるだろう」
「見たくないんですか?」
「だから何を――」
疑問点を姉妹が懇切丁寧に解説してくれた。
「一緒に買い物に行って」
「水着売り場で、私たちに合う水着を抱介に選んでもらって」
「それから市民プールに行くんです」
「夜の20時までやってるから。ゆっくりとできるわよ」
「残念ですね。午後の授業を受けてからだと、ウチらの水着を購入する姿が見れない」
「違うわよ、牧那。試着する姿を見れないの間違いでしょ」
「あ、そうそう。季美の言う通り」
「お姉ちゃんと言いなさい」
「はーい」
……。
この仲良し姉妹は!
仲良しっていうよりまるで悪魔のささやきじゃねえか。
そして今、水着売り場の前にいる。
試着ブースの向こうからは、姉妹のどちらかが出てこようとしていた……。
NTRするなら、お姉ちゃんより私の方がいいですよ、先輩? 和泉鷹央 @merouitadori
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