第57話

 教師二人のうち、国語教師は授業があるからと戻っていき、池山教諭とこちらは学年主任が交代して事情を聴いてくる。


 けれどそれは例えば警察で物を失くしたときに取られるような面倒くさい聴取とかではなく、「なんでやったんだ」とか「どういう考えをしているんだ、情けない」とか「学年始まって以来の一大事だ」とか、まあ、散々に好き放題、抱介を感心できない生徒として罵るだけの内容だった。


「僕だけじゃなくて、前田君にも質問してもらっていいですかね」

「あれは保健室に行かせた! お前があれの腕を痛めつけるから、あいつはひどく呻いていたぞ!」


 嫌味を込めてそう言ったら、即座にそんな返事がきた。

 首謀者は保健室で、こっちは職員室で聴取ですか、酷いですね。差別もいいところだ、僕も殴られているのに。とか言ってやりたくなるくらいだ。


 少なくとも、救急車を呼ぶくらいはしてもよかろう。

 乃蒼が保健室で安穏と休めるくらいなら、こっちは一発もらっているのだ。

 割が合わないではないか。


「そうですか。なら、僕もここ」


 と、抱介はわざと大きな声で伝えてやる。

 奥にいる季美の耳に届くように。


「前田君から思いっきり殴られたんですよ、ほら、ここ。見てくださいよ、腫れている! 青黒くなっている……ああ、見ていたら気分が悪くなってきた。痛い。先生、痛いよー……」


 喧嘩の最中には興奮して痛みなど忘れるものだ。

 腕が折れたとしても、それは後から忘れた頃にやってくる。教師が集まってきたのを見計らって呻きだすなんて、乃蒼もなかなか役者だな。


 そう感心するも、それならこちらももう少し派手にやらなければ、いろいろと損というものだ。ついでに、この環境からも逃げ出したい。


「おい、聞いているのか?」

「あ、はい。なんでしょうか」

「あの録音とやらを、すぐに消しなさい!」

「あー……嫌です」

「貴様! 大人を馬鹿にするのか!」


 これは恫喝だ。

 教師による暴力行為そのものだ。

 今どき、不良だってもう少し頭を回すだろう。

 そう、スマホを踏みつぶしたり、叩き折ったりして壊すくらいには。

 でも、教師たちにはそれができない。


 公務員だから。

 因果なものだなー大人って。

 抱介は「早くこの暗証番号を解除しなさい」と叫ぶ学年主任からスマホを受け取ると、画面をさっとスライドさせて、番号を押す。

 それはもちろん、暗証番号などではなくて。


「ああっ! 今度はどこにかけている」

「え? 緊急通報。119番です」


 そう、しれっとした顔で「腹が痛いので」と告げると、「ああ、痛い。今度はめまいまでしてきた」と弱気な顔つきでここがどこかを、相手に告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る