第33話
「本当?」
と、牧那は不安そうな声で訊いてくる。
「本当だよ。嘘は言ってない」
「それなら……はい」
「うん。まあ、食べようぜ? せっかくのご飯が冷めてしまうだろう」
何かを納得したのか、「いただきます」と手を合わせてそう言うと、彼女は割り箸をパキンっと音をさせて割り、かつ丼の蓋を開けて目を輝かせる。
「うわっ……すごっ」
「これは量が多すぎだろ」
感嘆の声と、呆れがそれぞれの口から同時に漏れた。どうやら、調理を担当したおばちゃんの誰かは、かつ丼を抱介が食べるものと勘違いしたらしい。
確かに年頃の高校生ならば、これくらいの量はペロリと平らげてしまう。その気遣いを、今はちょっとだけ困ったなと感じてしまう抱介だった。
「食べられるのか、それ?」
「んー……」
目を瞑り考え込むこと数秒。 「無理ですね!」 と、明るく少女は答えた。しかし残すのはもったいないと、後に付け加える。
「ならどうするんだよ」
「へへっ。だめですか?」
食卓の上から、さらに上目遣いで見つめてくる。まるでおねだりをするワンコのようだ。そんな目で見つめられたら、断れるものも断れない。
「どうすればいいんだ」
数秒間のじーっと見つめられるおねだりタイムの後、抱介は根負けして彼女のやりたいようにやらせてやろうと質問する。牧那は、やったあと、小さくガッツポーズをして喜んでいた。
「じゃあ、こうして――こうっ」
かつ丼の蓋の上に、かつがまず一枚。それから、添えられていたスプーンでご飯を数回、彼女はよそってくれる。相手には通常のかつ丼一杯分ほども残らない。
半分。ミニかつ丼と評してもいいほどの量だ。普通とは逆の、かつが下で、ごはんが上。さらに、とじられていた溶き卵が、そこに追加され、三つ葉もついてきた。
「じゃあ俺は、それをもらったらいいんだな?」
「へ? 違いますよ。これはうちの分です」 「は? だって、お前。大盛りにトッピング……」
牧那の言葉の意図が分からない。何言ってるんだこいつ。そんな風に問い返したら、彼女は当たり前のように言った。
「だって、男の人はたくさん召し上がるじゃないですか。足りなかったら申し訳ないですよ」
「誰が申し訳ない……?」
「一緒に食べている、牧が、です」
「すまん。全くもって意味がわからん」
はい、どうぞ。突き出されたかつ丼は、普通サイズのものになっていた。大盛りとトッピングの意味は一体何だったのか。複雑怪奇の気分になっていく抱介は、牧那に説明を求めた。
「意味が分からないですか? おかしいですねー……季美。ああ、お姉ちゃんとお付き合いされていましたよね?」
「だからなんだよ」
思い返したくない古傷を、ぐりっとえぐられたような気がして、思わず腹の底から太い声が出てしまう。怒ったわけじゃない。だけどそれは不機嫌であることを相手に伝えるには十分だった。
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