第26話

「これなんですよ」

「えっと‥‥‥」


 文庫本。

 一冊が普通のそれより倍の厚さがあるような、鈍器のような分厚さだ。

 その二巻を取り出して、牧那は抱介に表紙を見せた。


 題名は、「エルムド帝国年代史」。


 どう見たってライトノベルの題名じゃない。

 戦記モノ? 

 それにしても、題名からして堅くて読み進めるだけでも苦労しそうだ。

 眠気を誘い込むことは間違いない、鈍器だった。


「……これを読むのか?」


 ペラペラと二巻のページをめくってみた。

 中は女性の一人称で、意外と読みやすい。

 語りかけるような口ぶりで、キャラクターたちも、珍しい名前で覚えやすく設定されている。


「そうですよ。かなり昔の作品ですけど、私は好きなんです」


 今から一巻を読むというのに、何をして好きだって言えるんだ?

 その疑問は、すぐに消え去った。


「中学生の頃からこの作者の他の作品が大好きだったんです」

「へえー」

「お姉ちゃんが、教えてくれたんですよ。先輩知らないんですか?」


 元彼なのに?

 親の目を盗んで部屋の中であんなことをしていたのに?

 そう言われたら馬鹿にされているようで、面白くない。


 作者の名前は、音羽一人。

 おとはね、かと思ったら、おとは、らしい。

 この人名に、抱介は心当たりがあった。

 四年ぐらい前に刊行され、昨年アニメ化されて、今年の夏には映画が公開されるという、有名作の著者だ。


 奥付を確認する。

 最初の出版年度は平成時代。

 もう、十年以上前だ。

 自分が生まれた頃と変わらない。

 そう思うとどこか懐かしい感じがして親しみが湧いた。


「それの一巻、あまり出回ってないんです。ネットとかで買おうとしてもプレミアがついていて買えなくて。出版社が倒産して、新しく続刊が出ることもないんだとか」

「よく知ってるな」

「調べたんです。他の作品で好きになったから、全部続いてるんですよこの作者さん作品。同じ世界で、これの一巻がその最初。ターニングポイントらしいんですよ。それを知らないと、後に出た作品のいろんなストーリーの分岐点が、本当の意味で楽しめないんだとか。だから探してるんです」

「この高校の図書室にはあるって?」

「市村先生。あの司書の人に、調べて貰ったから」


 市村。そういえば、押印してもらった名前もそうだったっけ。

 一年間ここに通っていながら、毎日顔をあわせているのに、初めてあの人の名前を間接的に知った。


 そのことにちょっとした驚きを覚えて、それから、なんとなく手伝ってやってもいいかな。そんな気分になる。


 ライトノベルの棚は、抱介の身長より高く、横にも長い。

 それだけで数千冊くらいありそうなイメージだ。


「題名は分かりましたね? じゃあ、うちはこっちの左側から探していくので、先輩は後ろ棚を探していただけませんか」

「おっ、おう‥‥‥」


 いきなり、指示された。

 この中から探すのはそもそも時間がかかりそうだ。

 最も、そんなに数は多くはないのだろうけれど。

 抱介も高校生だから、インターネットで有名になった噂になった作品や、アニメになった作品、マンガ化された作品なんかはよく読むことがある。


 しかしこの、牧那が読みたいという、題名は知らない。

 ただ、有名シリーズの原点でそれを読んだら、その後に刊行された作品の秘密がたくさんわかると聞けば、胸アツなものがある。

 男の子はみんな、宝探しが大好きだ。


「あ、ッと‥‥‥その前に。せーんぱいっ」


 何か思い出したかのように、牧那がもってきた脚立をそばに置くと、その上に立って抱介の顔をがっしりと掴んだ。


「手伝ってくれる、ご褒美。前払いですよっ!」


 と、はじけるような笑顔で‥‥‥彼女は、襲い掛かってきた。

 

 

 

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