第25話

 牧那は猛獣だ。

 獲物の隙を見つけると、容赦なく全力で襲い掛かり、モノにしてしまう。

 ……図書室でそれは起きた。

 簡潔に言うと、唇を奪われた。無理やり、顔をしっかりと抱え込まれて、視界がぼやけそうになるくらい顔が近づいてきて、そして――キスをされた。


 軽く唇を摂食するようなものではなく、深く喉奥に相手の舌が侵入してくるような、ディープキス。


 舌の上を這い、左から右へと、右から左へとそれぞれ上下の歯をまんべんなく、舌先で舐め取ってから、舌を絡ませてくる。吸いだされて‥‥‥かぶり、とやられた。


 姉のときのように血は出なかった。でも、やり口はおんなじだ。まさしく狂気。


 槍塚姉妹は、名前の通り、ヤリ過ぎなんじゃないのかと思わせるほどに、牧那は本日も強烈に平常稼働していた。


 牧那の側を通ったら、何か悪さをされるんじゃないかなと警戒しながら、抱介は昨日と同じ場所に着席した。いたずらはしてこなかったけれど、彼女が「探してる本が見つからないんですよ」とぼやいていた。


「あーあ、あの本があったら今日一日もっと楽しく過ごせるのになー」


 なんてうそぶく彼女の口ぶりは、明らかにこっちを探っているようだった。静かにするようにと注意を受けていたので、とりあえず無視をする。


「ねー、先輩ー?」


 やっぱり小さく問いかけてきた。関わるとやっかいなので、言葉を聞き流して、知らん顔をした。


「構ってくださいよー」


 と、実害のありそうな発言をする。


「めんどくさい奴だな、槍塚さん。頼むから静かにしてくれないか。俺がまた叱られる」 というと、フフンっと彼女は口角を上げて、にやりとする。


「言うこと聞いてくれたら、静かにしますよ」

「くっ……」


 男と女がひとつの場所にいて、男の方が年上で、さらに一度注意を受けていたとしたら、次に叱られる際に、最初に槍玉にあがるのは抱介の方だ。


 槍塚ならぬ、槍玉。なんて理不尽な世の中なんだろうなーと、ぼやき、観念する。


「探すまで付き合ったら、静かにしてくれるのか」

「その本を読み終えるまでは。約束します」

「……」


 それが薄い本とか、絵本とか、ライトノベルとかで、彼女が読み終えるまでに早くて一時間。遅くても午前中で終わりそうな気がする。その後、二巻目とか続巻を探しに出てくれたらいいのだけれど。


「どんな本なんだ?」


 ちょっと理解を示してやったら、牧那は遊んでくれるとわかった忠犬のように、嬉しそうな顔をする。


 犬……牧那犬。一瞬、牧那の頭頂部とお尻から、犬耳としっぽが生えて見えたような気がした。忠犬なら言うことはない。だけど、こいつは間違いなく駄犬の部類だ。


 それも構って欲しいときにだけやってきて、満足したらどっかに消えていってしまう。単独で野良。まさしく、野生の駄犬。


 まあ、どうでもいいか。牧那が笑顔で立ち上がったので、抱介もその後に続く。行き着いた先はやはり、ライトノベルの棚。


 てっきり女性が読むような恋愛系かな? と思ったら、違った。

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