第24話
職員室を出ると抱介は許可証を手に、図書室へと向かう。約束した通りに、牧那はそこで待っていた。
前回会った時と同じ場所。同じ位置。同じテーブル。同じ椅子に座り、こちらに向かって背中を向けている。
彼女に悟られずに近寄ることはできるだろうか。なんとなくそんな悪戯心が生まれてきた。前回、驚かされたそれの仕返しをしてやりたくなった。いや、ついさっきも驚かされたし。それについても、何の謝罪も受けてはいない。
こちらがやり返したところで、何の文句を言われる謂れもない。そろりそろりと足音を忍ばせてそちらに進んでいったら、後ろから呼びかけられた。
「君、自習じゃないの?」
「あ……、はい。そうです」
司書さんが、カウンターの後ろにある書架の入り口から顔を覗かせていた。図書室に足を踏み入れたとき、最初にカウンターを確認した。というよりも、それがまず目に入るから、人影がなければ誰もいないと思うのは当然のことだった。
抱介は、司書さんの問いかけと共に、後ろを振り向いた牧那と目線が交錯する。へええ?と、こちらの思惑を見抜かれてしまったようで、彼女はニヤリと笑顔を作る。
抱介も、面白くなさそうな表情をしてから、司書さんの方へと振り返った。
「すいません。誰もいないように思ったので」
「ああ、いいのよ。中に入っていたから分からなくて当然だと思う」
この司書さんとはもう一年以上、ほぼ毎日のように顔を突き合わせている。抱介が一年のあの日から、ずっと、この図書室に通い詰めているからだった。
「彼女、知り合い?」
職員室でもらった許可証に印を捺してもらう。そのとき、司書さんはちょっと不思議そうな顔をして小さく質問した。
「あ、はい。そうですね。昨日、知り合ったんですけど。一年生、かな」
「そうなんだ。まあ、ここでは静かに自習してね。もうわかってると思うけど」
昨日はちょっとうるさかったわよ、なんて注意を受ける。すいません、と一言残して、自分と同じくらい背が高い司書さんに頭を下げる。顔を上げた時、司書さんの肩口で切りそろえられた黒髪がさらりと胸元の方に流れてきて、その仕草を見たらふと彼女を思い出してしまった。
二年に進学してクラスが変わり、顔を付き合わせることも少なくなった季美のことだ。最近の彼女は今の男の趣味なのか、髪の毛を胸元ぐらいまで伸ばしていて、以前よりも明るく茶色に染め上げていた。
この半年で彼女の印象はガラリと変わってしまったように思う。まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど。その妹と今から一日中同じ時間を過ごさなければならないと思うと、ちょっと憂鬱になる。
司書さんは、踵を返して牧那の元に行こうとする抱介に、「静かにね」と再度、忠告していた。
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