第20話
「あー……嬉しくないわー。マジ、嬉しくないわ」
「そうか? お前、まだ好きなんだろう、季美のこと。槍塚のことさ」
「……嫌いじゃないよ。友達でもない、恋人だった期間の記憶すら消し去ってやりたいくらい、嫌いじゃない……」
「それはな、おい。大っ嫌いだって言うんだよ……」
返事を聞いて呆れ返ってしまう友人は、抱介にそれを渡したのをやってしまったと後悔しているようだった。
「大っ嫌いか。それは当てはまるかもしんないな、でも……もらっておくよ、ありがとう」
最後の一言はどこか機械的になったかもしれない。
昨年の夏。
高校一年生の夏休みが終わる前まで、風見抱介と被写体の彼女、槍塚季美は付き合っていた。
単なる思い込みとか、友人関係とかじゃなくて。
友人以上恋人未満とか、そんな中途半端な関係ではなくて。
互いに両親が共働きで家を空けることが多かったから、どちらからそうしたわけでもなく、なんとなくどちらかの家で一緒の夜を過ごすことが幾度かあった。そんな仲だった。
「ごめんな? お前、アルバイトに誘ったらいつも彼女のこと見てるからさ。余計なことしたかもしんない」
「俺が?」
「そうそう」
意外な一言だった。
確かにそうかもしれない。
あの場所に行けば季美がいたから。無意識のうちに彼女のことも視界の中におさめていたのかも。
だけどそれは好きとか恋とか愛情とか、そういったものよりも、どちらかといえば憎しみとか怒りとかやるせなさとか、後悔とか……。そっち系の感情の方があなたを占めていたかもしれない。
誠二の髪色よりも明るくて長い栗色の髪の毛をポニーテールにしていて、すらりとした長身にあまり出っ張りの少ない体型。目もと涼やか、という表現がよく当てはまる。そのくせ、唇が小さくて薄いものだから冷たい印象を他人には与えるかもしれない。
写真の中にある笑顔はどれも屈託がないもので、誰にでも優しく、自分には厳しくて甘いものには目がなく、どこかおっとりとしたところもあって、強気で迫ったら拒絶することができない。そんな彼女の弱さも、抱介はよく知っている。
「どうでもいいよ。中古品だからさ」
「おい、中古ってお前、なかなか辛辣だね」
「別に関係ないし」
「まあ、そうだけどさ」
「新品を勝手に壊された身になればわかるよ、お前もさ」
だから許せなかったのだ。
去年の夏。
人生は一度きりで同じことは二度とできないから、後悔はしたくないという理由だけで自分を捨てて……いや、一時期は二人の男に抱かれて良い方を選んだ槍塚季美という女を。
そして、怒っているはずなのに恨んでいるはずなのに、季美のことをどこか憎みきれず、吹っ切ることのできない甘い自分にも、抱介は苛立ちを感じてこの半年間を過ごしてきたのだった。
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