第19話
「アルバイト代を出す」
その一言は、みのりがいたら頭の中が彼女でいっぱいになってしまい、何もすることができなくなる誠二が思いついた、彼女に近づくための方法なのだろう。
抱介がいることで、誠二は写真部として堂々とカメラを女子陸上部に向けることができるし、彼にとって一番大事な存在であるみのりの『生』にも、カメラのレンズ越しにだが触れることができる。
そんな彼にとって、千円や二千円というお金など、その価値を持たないのだろうと、抱介は二枚の札を後から貰い、誠二に礼を述べた。
「誠二さー……俺から伝えてやろうか?」
アルバイト代を財布にしまいながら、余計なこととは思いつつ、抱介は誠二に問いかける。
「そんなことしたらお前との縁を切って、これまでやってきたバイト内容を全部ばらしてやるからな。お前に脅されてやるしかなかったんですって言ってやる」
どことなく恨みがましい目つきで、そう言う誠二は本当に怖かった。
なんだか野に放たれた聖獣、いや性獣か。そんな感じだった。思わず危険を感じて、「悪かったよ」と、抱介は誠二に謝っていた。
「お前にはその……本当は、感謝しているんだ。すまない……これ持ってけよ」
「なんだよそれ?」
「お前にも、必要だろう」
「それ」と言われて手渡されたのは、つい先ほどコピー機から印刷されてきた写真が数枚入った封筒だった。
中身を確認してみたら、どこかで見たような普通の男子高校生が八津ヶ原高校の制服を着て写っているではないか。それも証明写真を撮った時のように、一枚が八つほどに分割されていて、そのどれにも同じ彼が写っていた。
「俺じゃん!」
抱介は思わずそんな声を出してしまう。
ぱっと見はどこにでもいる男子高校生。ほんの少しだけ髪の毛が茶色で、それでも遊んでいる風には見えなくて、多分、見えない。それとコンタクトを入れるのが面倒だった日のものだろう、いつもはかけていない黒縁のメガネが目の周りを飾っている。茶色い髪に黒い瞳、どこにでもいる日本人。誠二並みのルックスの良さがあればまた別だったのだろうけれど、ないものはないのだから仕方がない。
いつも通り髪を後ろに整髪料で撫でつけてスプレーで固めた自分がそこにはいた。
「アルバイトの面接を受けるって言ってたろ? 証明写真撮るの、金かかるからさ。それとその次も見てみろよ」
「その次ー?」
なんとなく嫌な予感がして二枚目、三枚目と写真をめくっていくと、そこには見たくもない顔が。
同じ顔がたくさん映っていた。陸上部のユニフォームを着ていたり、女子生徒としてのスカートとブルゾンジャケットにリボンの冬服姿だったり。
どこから入手してきたのか体育の時間に屋内のプール場でスクール水着を着て楽しそうに友人たちと語らう一人の女子生徒の姿がそこにはあった。
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