第18話

 高校二年生にもなって、まだアルバイトを始めていない抱介にとって、同級生の友人の一言は何よりも拒絶しがたいものがあった。


 誠二は何を思ったのか、最初にいた場所から数歩離れて、抱介に手にしているカメラのレンズを向けてきた。


「お、おい。何やってんだよ?」

「動くなって」

「はあ?」


 心なしかズィーと機械音がして、誠二の持っているカメラのレンズが長細くなっていく気がする。抱介はそれを耳にして、ははあん、と理解する。

 彼女がいるのだ。


 この変態部長が密やかに思っていても、声をかけられない相手。

 女子陸上部短距離走のエース、君塚みのりが。


 秒間に何回撮ることができるのかは知らないが、それでも少なくない枚数をフィルムの中……いまでは記憶装置の中かもしれない……に収めてから、誠二はカメラをそっと下ろした。


 ほうっと大きなため息が一つ漏れ出るのを抱介は耳にする。それは変態の性癖による恍惚としたものではなく、純粋な高校生男子の恋愛感情によるものだった。


「……ありがとな」

「撮れたんかよ?」


 「ああ」と言い、誠二はファインダーに画像を表示して見せる。

 それを目にしながら、視界の端で確認したところでは、みのりは百メートルを全力で走りきったところだった。


 身長百七十センチ、のっぺりした顔に眠たそうな瞳。どう見ても普通の日本人男子を片隅に、みのりはこちらに向かって全力で走りきっていて、その瞬間を撮影したように見える。そして、これまで見てきた写真と同じく、そこには一片のいやらしさも含まれていないのが、抱介には不思議だった。


「俺が入ってたんじゃ、記念にならんだろ?」

「後から編集するからいいんだ、これで」

「あ、そう」


 みのりが話題に触れただけで誠二は子供のように顔を赤くして視線をそらしてしまう。そこまで惚れているのなら、さっさと告白すればいいのにと抱介は思うのだが、どうやら二次元しか愛せない男にはそれができないらしい。


 難儀な性癖だね、と友人に同情の声をかけるも、余計なお世話だと跳ねのけられて、抱介はやれやれとなる。


 それからしばらく女子陸上部と、申し訳程度に男子陸上部の練習風景をカメラに収めて、二人は写真部の部室がある文化部の部活棟へと足を運んだ。

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