第15話


「好きだよ、抱介君」


 彼女のベッドの上で、二人は全裸になり、相手を腹の上に乗せながら……月並みな告白を受けた。

 月並みな表現で言うなら、抱介の一部は彼女の体の中に吸い込まれていて、ぬるま湯の中にいるような感覚と共に、いつまでもそこに吸い付かれているような気がした。

 放してもらえないんじゃないだろうか、と。

 そんな恐怖心もどこかに芽生えていた。


「俺も好きだよ」

「なにそれ、心がこもってない。身体は元気なのに」

「うるさい……」


 少しだけ身体を動かすと、季美が切なそうな吐息を漏らした。

 学校では絶対に耳にすることがかなわない、そんな甘い声だった。


「動かないで。まだ――そのままがいい。抱介を感じたい」

「ばかっ」


 抱介はゆっくりと動き始めた。

 彼女が望むように、目の前に揺れる二つの白い張りのある物体の動きに合わせて、彼女を堪能するように。

 楽器を演奏するように、それに合わせて季美が鳴く。

 その声を聞くと、逃げられない罠に落ちてしまったと、心のどこかで誰かがぼやいた。


「だめっ……」


 と、季美が小さく叫ぶと身体を収縮させ、それからありとあらゆる力から解放されたような、得も言われぬ顔をして、抱介の胸に顔を寄せてきた。


「大丈夫?」

「うん。ちょっと、ね」


 へへっとかわいらしく彼女は応えて瞳を閉じた。

 抱介の目に、今までに見たこともない、まるで見知らぬ他人のような顔が飛び込んできた。

 思わず、ため息を漏らした。


 純真な天使のような寝顔がそこにはあった。

 寝てはいないが、そう形容してもいいように見えた。


「今夜、どうする?」

「どうって。戻らなきゃ、だめだろ」

「うちはさー」


 親、帰らないよ。

 と、季美が抱介の耳元にささやいた。

 爆弾をそこに落とされたような衝撃だった。


「そう。だから?」


 興奮して、いきり立ち、そのまま彼女を押し倒すのが、世にいう正しい行動なのかもしれない。

 かもしれないけれど、認めてしまうのはなんか違う気がした。

 だから、素っ気ない返事をしてやる。

 思った通り、季美は「何よ……」と水を差されたような顔をした。


「泊っていかないの?」

「いかない。親が心配する。高校一年になったばかりだぞ」


 言えるわけないだろ。

 しかも、すでにその部屋に入り込んでいて、彼女のベッドの中で抱き合っているなんて。

 絶対に言うことはできない。

 できるはずがない。

 おまけに――。


「何よお? その不満そうな顔。面白くない」

「不満はないけど」

「けど?」

「お前、言わなかったじゃん」


 遠回しに体育館のあれ、と言ってみる。

「あー……」と、季美は遠い目をして視線を逸らした。


「不満?」

 と、こちらに戻って来たその顔には悪戯っぽく小悪魔的な笑みが浮かんでいる。

「そりゃそうだろ」 

「でも、いま――どこで何してる?」

「悪魔かよ」

「ミニデビ?」

「言ってろ」


 うやむやにされそうだった。

 いや、こちらからうやむやにするような行動を引き受けていた。

 季美からの誘いを受けたときに、「ふざけんな!」と言い、無視して帰宅すればよかったのだ。

 本当に怒っていて、彼女との不仲を生んでも問題がなければ。

 でも抱介にはそれができなかった。

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