第13話

 それからどこをどう通って、どんな道順で帰宅したかを、抱介は覚えていない。

 多分、いつものように校門を出て、通学路を通り、帰宅したと思うけれど、自信がない。


 もしかしたら、どこかで叫んだり、何かを殴りつけるような行為をしたかもしれなかった。

 いや、手にした缶コーヒーの空き缶を捨てようとして、自販機の側面を思いっきり蹴ろうとして‥‥‥その下にある台石を蹴飛ばしたのかもしれない。


 それなら、誰にも文句は言われないし、機械も傷つくことはなかっただろうから。

 



 家に戻り、二階の自室に戻ると、制服から部屋着に着替えて、それをハンガーにかけた。

 制鞄からもうじき行われる予定の校内模試に合わせて勉強も、したと思う。

 親が階下から夕食だよ、と声をかけてくれても、まるで気にならないように問題を解くことに没頭した。


 忘れたかった。

 夕方のこと‥‥‥を。


 自分よりはるかに進んだ性の体験をもつ相手に翻弄されたことを。

 大事にしてきた心の一線を軽く踏み越えられた衝撃を。

 他に恋人がいるのに、それ以上に大事だ、とか言われたわけでなく。

 ただ、二番手として欲されたことに、苛立ちも覚えた。


 自分から季美のことを好きになっていたら、心の弱い所がそれを認めるかもしれないけれど。

 相手に望まれたのは‥‥‥誰でもどうでもいい、浮気相手だった。


 中学時代に憧れた先輩の彼女が、そんなまともじゃないことを言いだしたことも許せなかった。

 何よりも一番腹立たしかったことは、終わり際に自分がした発言の内容だった。


「何だよ、俺が欲しかったら全校集会とか‥‥‥」


 俺自身が、先輩を裏切ってるじゃないか。


「何やってんだよ。俺はー」


 季美への想いを言い訳にして、他人からの信頼を裏切るような行動をしてしまっている。


 その事実が、脳裏を占めていて何度頭を振ってもどこかに去ってくれない。

 想いも散ってはくれない。

 一度、口から飛び出て言った言葉は消え去ることはない。


 苦しかった。

 逃げ出したかった。

 あの唇の柔らかさと、肌の感触と、口の中に広がった血の味すらも‥‥‥どこにも消え去ることはなく、抱介を苛立たせ、苦しめ、そして季美への想いを確信させた。


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