第12話

 ただの季美が抱介のことを気に入って手放したくないと言うのなら、それなりの誠意は見せて欲しかった。

 だから言ったのだ。


「今の彼氏さんと、きちんと別れてくれたら。それをあそこ」


 と、抱介は校庭に隣接されてある体育館を指さした。

 そこで明日の朝、全校集会が行われる予定があるはずだった。


「あそこで……何をさせるつもり?」


 ここまでくると季美はほんのちょっぴり、恐れを含んだ返事をしてきた。

 もうひと押しすれば自分はこの狂気じみた環境から解放されるかもしれない。

 そう思って最後のひと押しを抱介は口にした。


「全校集会の最中に、俺を愛していることを明確にしてくれ。それを死ぬまで永遠に続けると、他に誰も愛することはなく浮気することも肉体的にも、精神的にも俺だけのものになるという。そういう確約を、あそこで槍塚自身の言葉で語ってくれよ。それが出来ないなら、俺たちの関係は終わりだよ」


 さすがにこんな要求は予測していなかったのだろう。

 どことなくショックというか、想像していたものと違うというか、理解の枠を超えた何かに出会ったように、季美は抱介からその身を離そうとした。


 なんだかめんどくさいので、そちらに行かせまいと抱介は彼女の腰に回していた手をぐいっと抱き寄せた。

 抱き寄せると、季美に顔を近づけて大袈裟な感じに告げた。


 俺はそんなに軽い存在じゃない。

 欲しいならそれなりのことをしろ。

 そう言いたかったから、そうした。


「いいか、槍塚。俺には恋人がいない。でも誰が好きかを告げる時くらい、自分で決める権利はあったはずだろ。それを槍塚は自分が好きだからっていう理由で勝手に奪った。許されない事をやったんだよ。だけどさ、誰かを誰かから奪いたいと思ったら、血が流れるぐらいの大問題になる時もあるだろ。だから俺からは言わない。お前から今の恋人に別れを告げろよ。生涯をかけて俺一人だけを愛すると全校生徒の前で誓うくらいはしろよ。それができないなら、その画像をばらまけばいい。困るのは俺で槍塚じゃない。許可するから……ご自由にどうぞ」


 我ながら長いセリフを詰まらせることもなく息が止まることもなく、言ってのけたものだと思う。

 抱介ははあ、と大きく息をついた。

 相手よりも、優位に立っていたと思っていたはずの季美は、茫然自失としていた。


 そして、戻ってきた返事はたった一言だった。


「それであなたが信じてくれるならそうするわ」


 そう言って彼女は荷物をまとめるとさっさとその場から消えてしまった。


「なんだってんだよ……。ゲリラ豪雨に遭遇したみたいな感じゃねーか……」


 抱介はこれまでないくらい大きなため息を一つついてから、自分の荷物を持ち上げて教室を出た。

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